32.ポメラニアン、噛み癖がつく

 目覚めてみたら、朝だというのに外はまっくら。窓の外をのぞいてみれば、バケツをひっくり返したような大雨が降っていた。


「うわあ、これじゃあ外には出られないなあ。今日は大人しくしていようっと」


 スマホどころか、テレビすらないこの世界。正直ヒマを持て余すけど、特にやることもないしなあ。二度寝するかあ……わふぅ……


「ふわぁ……おはようございます。すごい雨ですねえ」

「おっと、おはようございます! その……お体は大丈夫ですか?」


 ハルナさまはいつも早起き。なのに俺より遅かったということは、昨日のお酒が残っているんじゃと思ったんだけれど。


「むっ。私は立派な大人なんです、次の日に響くような飲みかたはしませんよ」


 むっ、とか口に出してる時点で、やっぱりいつもと調子が違う。それでも顔色は悪くないし、足取りだってしっかりしている。

 ならばこれは、単に寝起きのハルナさま……! めったに見られない貴重なものですね……拝んでおきましょう……なむなむ……


 そうして朝ご飯の支度を始める彼女を、俺は机の上で見ていることしかできない。犬のわりには器用に動くこの体、成犬サイズに成長できれば、台にのぼってお台所の手伝いもできるようになるのでは……いや毛が入るか……衛生面……保健所の立ち入り検査……なやましい……がじがじ……


「こーら。銀一さん、それは食べ物ではありませんよ。いくらお腹がすいていても、もう少し我慢してくださいね」


 ハルナさまにそう言われて、籠のベッドのはしを噛んでいたことに気づく。確かにお腹はすいているけど、どうして俺はこんなものを……はむはむ……かみかみ……


「もう、言ったそばから。いったいどうしちゃったんですか?」

「えっ!? いやあの、えっ!?」


 今度は机のはしをがじがじ。夢中になっていたらしく、あたりがよだれでベトベトだ。しょせんは子犬の力だから、大きな傷にはなってないけど……


「すみません……将来的に稼げるようになったら、きちんと弁償しますから……」

「そんなことを求めてはいませんが……そうですね、そこにおすわりしてもらえますか?」


 手を止めて向かってくるハルナさまを、姿勢を正しながら待つ。これは……お説教……! この歳になって……なさけない……


「そのまま上を向いて、口を開けてください」

「はひ……はわわ……」


 どんなおしおきが待ってるんだろう。虫歯の治療を待つ気持ちで、大口を開けてはみたけれど。


「失礼しますね……もう少し奥まで……口の中を触りますからね……」

「あがががが」

「……やっぱり。何本かですが、歯が抜けそうになっていますね。それで口が気持ち悪くて、なにかを噛まずにはいられなかったんじゃないでしょうか」

「はがが……えっ……えっ!? 俺の歯、もう抜けちゃうんですか!? そんな……子いぬの身で入れ歯なんて……ごはんのあとはきちんと歯みがきしてるのに……」

「子犬だからですよ。赤ちゃんの歯、乳歯が生え替わろうとしているんです」


 そこまで言われて、やっと意味を理解する。言われてみれば口がムズムズ……ずっとじゃないけど、突発的に変な感じがくるみたいな……


「この時期に噛み癖がついてしまうのは、子犬にはままあることだそうですよ。気をつけてほしいのは確かですが、気にしすぎないでくださいね」

「それなら俺も聞いたことがあります。今さらですけど、この体って何歳くらいなんでしょうね?」

「ああ、そうでした。ええと……これを読んでもらえますか?」


 そうしてハルナさまが取り出したのは、何度見ても違和感しかない『琴吹銀一の説明書・基礎編 ver 1.5』で……


「……ver 1.5?」

「眠る前にこれを読むのが私の日課なんですが、昨日の夜にこうなっていたんですよ」


 なにそれ初耳。小説でも写真集でもないのに毎晩読んでるのこれ……じゃあなくて。

 言われたままにページをめくる。そこに書かれているのはステータス。空中に画面を出して見られるものと同じだったんだけれど、冒頭に数値が追加されていて。


 ――――――――――――――――――


【琴吹銀一】 年齢 4ヶ月

 ■ 種族/犬(ポメラニアン)■ 


 ■ 技能・適正 ■

 ・体力E ・戦闘力E

 ・知力C ・精神力C

 ・魔力D ・成長性SSS

 ・犬属性 


 ■ 祝福 ■

 ・スキル獲得

 ■ 被呪 ■

 ・獣化(犬)


 ■ 所持スキル ■

 ・意思疎通【会話】 ・帰還【宿り】

 ・透過【陽炎】

 ・統率者の器 ・神の座よりの使者

 ■ 魔物特性 ■ 

 ・バレットモール 【念話】【視覚共有】【土適正A】

 ■ 所持神具 ■

 ・説明書(基礎編) ・無限カメラ


 ■ 解除済み実績(後ろのページを開いてね!) ■

 ■ ???????? ■


 ――――――――――――――――――


 ざっと、こんなふうに変化していた。


「……癒四朗いやしろうくんの履歴書に書いてみたのが面白かったんでしょうね、神様は」


 そして数値がひくい。この手の基準からして、平均はたぶんCだと思う。まあでも成長性はすごいから……まだ子犬なだけだから……というか犬属性ってなんなの……


「4ヶ月の赤ちゃんだったみたいですね、銀一さんは。とってもちいさくて、かわいらしいのも納得です」

「いえいえ、いぬは1年で立派な大人になると言いますし。それなら4ヶ月はほぼ大人と言っても過言ではないのでは?」

「過言ですねえ」

「そうですね!」


 わはは、とふたりで笑いあう。さてと、そうとわかれば気を引き締めて。心は立派な大人なんだし、本能なんかに惑わされず、きちんと我慢をしませんとね!

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