31.お嬢様の事情

「……っと、どうされました? 俺の顔になにか付いてます?」

「そうではなく……ええと……」


 なにやら言葉にしづらそうに、もごもごと口を動かすお嬢様。そんな彼女を見ていたハルナさまは、ああ、となにかに気づいた顔で。


「……どうぞ! 銀一さん、とってもあったかふわふわなんですよ」


 遠慮なさらずといったふうに、俺の体を彼女に渡す。最初こそ遠慮していたお嬢様だけど、受け取ってしまえば慣れた手つきで体をなでなで。きゅっと顔を寄せられるうち、彼女のにおいが伝わってくる。


「とても可愛らしく……癒やされる毛並みですね……これは癖になりそうです……」


 なんとか言語化するのなら、「まじめ」「緊張」「ほっとした」の合わせ技。この世界では成人とはいえ、16歳の女の子。貴族としての振る舞いやお仕事は大変なんだろうなあ。今日だって、大事な用事があってここに来ていたんだろうし。

 つらく忙しい日々には癒やしが必要不可欠……こんな俺で良かったら、好きなだけリラックスに使ってくださいね……税金の代わりですよ……


「うらやましいです」「われわれはおおきくなりすぎたので」「だっこしてもらえません」「なのでかまってください」「なでてもらいたいです」

「あの……アデルさんとバデルさんもなでなでを要求していますよ? 大きくなりすぎて抱っこしてもらえないから、せめてって」

「……! もしかして、ギンチチさまは動物や魔物と会話ができるのですか!?」


 こくんと頷いてみせると、お嬢様の表情が変わった。うらやましいような、欲しいけど手に入らない玩具を前にしたような、子供っぽくもかわいい笑顔だ。

 この表情、ふたりを撫でる手つきの優しさ、俺を抱きたがったこと……なるほどわかった、フルルお嬢様はかなりの犬好き、いや、動物好きなのだ……!


「説明はしづらいのですが、私の『祝福』にその機能が含まれていまして。もしも必要があるのなら、遠慮なくお声がけください!」

「ギンチチさまは、村を荒らしたバレットモールとも平和的に和解されましたから。かわいらしきお姿ですが、頼りになる御仁なのですよ」


 さらなる声に耳を立てれば、家から出てきた村長さん。ヤクザみたいな見た目だけれど、優しい人なのは俺も十分に知っている。なによりにおいでわかるしね。


「どうでしょう、外はもう暗いですし、皆さまでお泊まりになられては? ご存じのとおり、部屋だけはたくさんございますし、うちの婆さんも話し相手に飢えております」

「いえ……ですが……」


 俺をハルナさまに返しつつも、歯切れの悪いお嬢様。アデルさんの頭に手を置きながら、なにかを言おうと言葉を探しているけれど。


「もう、マクロイさんは鈍いんですから。お嬢様はもう大人です。くわえて、この村には恋人がいるんですよ?」

「まっ……!? ハルナさまっ!?」


 その言葉が聞こえた瞬間、ぼん! と真っ赤になってしまったお嬢様。ぽかん、と見ていた村長さんだけど、ああ、とすぐに笑顔になって。


「これはこれは、老人のお節介が過ぎましたな。馬車を待たせていない時点で気づくべきでした」

「お嬢様はね、トトくんとお付き合いをしているんですよ。銀一さんと最初に出会った、若者代表のトトくんです」

「へええ……! でも、身分違いの恋ですよね? 大丈夫なんですか?」

「現領主であるアリラト様も、平民からの婿養子ですから。ひとりの父親としては大反対なさったみたいですが、お嬢様もトトくんも、それはもうがんばって」

「今ではこうして、時折通う関係となったのです。若さとは羨ましいものですなあ」


 そうしてにんまりお嬢様を見る、ハルナさまと村長さん。見られたほうは涙目で、なんだかぷるぷる震えている。お貴族様である前に、ふたりにとっては孫娘みたいなものなんだろうなあ。


「おふたりの考えているようなことは起こりえません! ただ食事をして、寝床を借りるだけですから! アデルとバデルだってずっと一緒にいてくれますし! ふたりもほら、そう言ってくれています!」

「そのようなけはいをさっしましましたら」「ねたふりをするときめています」「かわいいあかちゃん」「はやくみたいですね」

「……ね! そうですよね、ギンチチさま!」


 ……おたがいの認識にズレがあるけど、通訳しないほうがいいですね。ポメラニアンは空気の読める犬なのです……


「……それでは、今日は失礼いたします。近日中に調査隊が到着するはずなので、初期対応のほど、どうぞよろしくお願いします」

「よくたべてよくねむるのですよ」「おおきくそだってくださいね」


 人間とそれ以外で挨拶を交わし、ここでこの場はお開きに。地震の件に調査隊という言葉、お嬢様の後ろ姿を見送りながらも、ハルナさまに聞きたいことがたくさん浮かんでくるけど。


「それでは、せめてお食事だけでもいかがでしょうか? よい酒を手に入れましたので、ぜひ」

「お酒の味はよくわからないのですけれど……そういえば、銀一さんはお酒を?」

「好きなんですけど、すぐに酔ってしまって記憶をなくすんですよね。こんな体になってしまいましたし、当分の間は我慢したほうがいいのかなと」

「まあまあ、それじゃあ、お言葉に甘えましょうか。今夜は飲み明かしましょうね?」

「……あの、聞いていました?」


 素敵な笑顔を俺ではなく、村長さんに向けるハルナさま。やめて、村長さんも「がってん承知!」みたいな顔するのやめて。


 そうして今夜は、お酒を片手にあれやこれやと迫ってくる、ふたりの相手をすることになったのでした。俺は一滴も飲まなかったけど、ハルナさまは酔うとけっこう……いやいや、俺はなにも見てませんからね、はい。

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