26.ポメラニアン、履歴書を読む

頭を下げた勢いのまま、一枚の紙が突き出されてくる。これは……日本語……履歴書……!?


「そ、その。面接の場には必要だと思って書いてきたんです。間違っていましたか?」


 自信なさげに体をぷるぷる、うるんだ瞳でこちらを見てくる。まんまるの瞳……整った鼻……大きな耳……でもシルエットはポメラニアン……


 うん、間違いない。


 この子にはポメラニアンだけではなく……チワワの血が入っている……!

 その名もポメチー、あるいはポメチワ。かわいいにかわいいを正面衝突させた、最終兵器のようなミックス犬である。


「それにこの文字、この書式……もしかして、きみは日本の出身なの? それも、もしかして2000年代の?」

「はいっ! あなたもそうだと聞いて、会ってみたいなと思って、それでここに来ました!」


 元気のいいお返事に、ぐっと目頭が熱くなる。まさかこんな……現代日本を知っている人に会えるなんて……


「……いやでも、俺のいた時代、俺のいた国には戦いなんてなかったはず。それなのに、きみも神の座にいるんだよね?」

「それはその……履歴書を見ながらお話させてください」

「おっとそうだ……いえ、そうですね。それでは拝見しますね」


 言葉遣いをただしながら、出された履歴書を確認する。上質な紙にきれいな文字、これだけでポイント高いなあ。

 A4いちまいにまとめられた、その内容はというと。




 ――――――――――――――――――


【     】 年齢:14歳

 ■ 技能・適正 ■

 ・体力C ・戦闘力C

 ・知力A ・精神力S

 ・魔力S ・成長性B

 ・聖属性 ・光属性


 ■ 所持資格スキル・特殊能力 ■

 ・意思疎通【会話】 ・快癒【毒】

 ・快癒【病】 ・快癒【呪】

 ・再生【欠損部位】 ・移替うつしかえ【傷病】

 ・祈祷【まがばらい

 

 ■ 加護・称号 ■

 ・せいひつの器 ・無垢なる献身


 ■ 趣味・特技 ■

 映画鑑賞・音楽鑑賞・読書


 ――――――――――――――――――




 ステータス画面だよ! 書式と雰囲気にだまされかけたけど、これは間違いなくステータスだよ!

 ……いやでも趣味・特技欄は見知った感じだ。だったらこれは履歴書……りれきしょ……? 履歴とは……生命とは……にゃーん……


「も、もしかして、おかしなことを書いていましたか!? 神様に教わったとおり、きちんと書いたつもりだったんですけど、すみません!」

「ああ、なら大丈夫です、元凶がアレならしかたないです」


 思わずアレって言っちゃったけど、原因がわかれば問題ない。これまた俺をからかうために、わざとこの子に妙なことを教え込んだんだろう。


 さっと目を通すに、なんだかすごそうなことがたくさん書かれているけれど。


「そもそも、お名前は? 空欄だけど、書き忘れってことはないよね?」

「ええと……ないんです、名前。戸籍もありません」

「……はい?」

「必要なときは『器』とか『癒やし手』みたいに呼ばれていました。赤ちゃんのころに捨てられていたぼくを『組織』が育ててくれたんですけど、それはぼくに『器』としての適正があったからで……逆に言えば、それ以外の個は必要ありませんから」


 待って? 組織? 組織って?


「正式名称は『せいひつしゅかん』で、『魔』を滅することを生業としています。一般人に知られること自体が禁忌だから、そう呼ぶことはほとんどありませんでしたけど」

「……ごめん、俺のいた世界ときみの世界は別だったかもしれない。いちおう確認するね、昭和、平成とくれば」

「令和、ですよね?」


 きょとん、と返事をしてくれるポメチワくん。だめだ合ってる、つまりあれかあ……実在したんだ……孤児を引き取り育てあげ妖怪と戦う組織的なあれ……


「ということは、あなたはその組織で働いていたんですか? まだまだ子供なのに?」


 ぽかんとしてしまった俺にかわって、ハルナさまがそう質問する。そうだよ、この子はまだ14歳。少年少女が戦う! みたいなものは、物語の定番ではあるけれども。


「働いていたというか、必要なときだけ呼び出される感じです。履歴書に書いたとおり、毒や病を癒やし、呪いを解除する力が僕にはありますから。あと、幽霊や悪魔……不浄なるものを祓うのも得意です」

「それ以外の時間は?」

「組織の施設で暮らしていました。外には出られませんけど、必要なものは用意してもらえましたから。勉強だって教えてもらっていましたし、不便を感じたことはありません。似た境遇の子供だって、ほかに何人もいましたしね」


 さらっとそう言う彼を見て、ハルナさまが絶句する。聖櫃守護機関……だいぶヤバい組織では……?

 それに、もうひとつ気になることがある。こうして俺と話している――神の座にいるということは。


「こんなことを聞くべきなのかはわからないけど……組織に戦わされて、きみは亡くなったってこと? たくさんの人間を救ってきたから、それで神の座に?」

「ああ……ええと、それはなんというか、ですね」


 すこしきまりが悪そうに、後ろ足で顔をゴシゴシするポメチワくん。どんな言葉が飛び出すのかと、ゴクリとつばを飲んで待つ。


「ぼくの力は希少な奇跡らしくて、組織のシンボル的な役目もさせられていたんですよね。なので身の安全がいちばん、勝手に戦闘に出ちゃダメなんですよ。ダメなんですけど、大規模な『魔』の侵攻があって……去年の夏ごろ、大規模な火災が頻発したのはご存じですか?」

「ええと……全国五カ所で爆発事故が起こったやつ、かな。事件性のない、偶然の事故が重なったものだって、ニュースでずっとやってたけど……え、もしかして」

「その想像で合ってます。組織は情報操作をしていましたけど、たくさんの人がケガをしている、呪われていると知って、いてもたってもいられなくなったんですよね。だから施設を脱走して、たくさん力を使ったんですけど……使いすぎちゃって限界突破、あっさり死んじゃったんですよね、あはは」


 ほがらかな笑いを聞きながら、記憶の糸をたどっていく。主要都市で火災が相次いだんだけど、奇跡的に死傷者はゼロだった、そんな事故だったはず。そうかー……そういう裏があったかー……にわかには信じられないけど、ポメラニアンになった俺がいるくらいだもんな……そういうこともある……いやいや……ないわー……

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