24.ポメラニアンと子供たち

 というわけで、みんなと一緒に近所のひろーい原っぱへ。天気はほどよい薄曇り、絶好のかけっこ日和である。


「わふ……わんわん……わふわふっ!」


 季節は夏の真っ盛りだけど、さわやかな風が心地いい。夜中になっても死ぬほど暑い、現代の日本とは大違いだ。だから楽しくなって駆け回ってもしかたないよねやむないね。


「よーしよし、えらいぞぎんちち。次はちょっととおくに投げるぞー!」「えー、つぎはわたしたちとあそぶのー!」「ふかふかさせてよ、ぎんちちー!」「かくれんぼしよー!」


 ボールを取って戻ったところを、子供たちに囲まれる。完全にペット扱いだけど、それが嫌なわけでもない。なでる手つきは優しいし、俺の存在を屈託なく受け入れてくれている、それだけで十分ありがたいのだ。


「あらあら、ギンチチさまに遊んでもらっているのね。迷惑をかけちゃあダメよ?」


 それは子供だけじゃなく、通りすがる村の人たちみんなも同じ。そのありがたさに比べれば、いつの間にかギンチチで定着してしまったことなどささいな問題である。わふん。


 そんなふうにしてしばらく経って……ええと、そろそろ時間かな?


「なにしてるのー?」「おそらに手をふってるー」「へんなおどりー」


 こっそりステータス画面を開いていたところを、目ざとい子供たちに見つかってしまう。俺にしかそれは視えないので、この反応もやむなしである。

 興味深げに俺を見る子供たちに手を振りながら、ぽちぽちとそこを操作する。魔物特性……バレットモール……【念話】開始っと。


(お仕事は一時間くらいで終わるということでしたが……そろそろでしょうか……?)

(さっき学校を出たところです。西の野原でしたよね? 迎えに行きますね)


 スマホのないこの世界では、連絡手段にとっても便利。了解しましたと念を送って、スキルを外そうとしたけれど。


(無茶はしないと思いますが、気をつけてあげてくださいね。そこには大きな木があるでしょう? 子供はどうしても、高いところに登りたがるものですから)


 心配そうなその言葉に、顔を上げて確認する。とはいえかなりの高さになるし、さすがに好きこのんで登るような子はいないと思うけど……


「へへー! どうだ、ここまで登れるようになったんだぞー!」

「おれはぶらさがれるもんねー! おまえにはできないだろー!」

「ここからジャンプするからなー! おれがいちばんすごいんだぞー!」


 いたわ。りっぱなお猿さんが3人もいたわ。


「こらー! そんなところに登ったら危ないでしょ! 降りてきなさい!」

「なんかいも登ってるからだいじょうぶだよー!」

「そういうのをフラグって言うの! 本当に危ないんだから……って、わふふっ!?」


 声を張り上げたその瞬間、ぐら、と大きく地面が揺れた。これは……地震……!?

 突き上げてきたのは一瞬だけで、揺れはすぐに収まったけれど。


「わ、わあっ!」


 大きな揺れに驚いたんだろう。木に登っていた子のひとりが、枝から足を滑らせてしまった。

 あわててそばに駆け寄るけれど、犬の体じゃ受け止められない。いまの俺にできること……これだ!


「……わんっ!」


 叫びながら、前足の肉球を地面につけて念じる。


(土よ……掘りやすいようにふかふかでやわらかくなれ……!)


 バレットモールにもらった魔物特性に含まれている【土適正A】。それは地面を掘り進みやすくするため、土そのものをさまざまに変質させることができるのだ……!


「わわ、ひゃあっ……あれえ?」


 今回はその力を使って、地面をすごく柔らかくしてみた。効果はてきめん、落ちた子供は少しも衝撃が無かったことに目を丸くして驚いている。


「大丈夫!? ケガはない!?」

「なにこれ……土のプールだ! すごーい!」

「はあ……大丈夫だな、よかった……」


 ぴょんぴょん跳ねる姿を見るに、どこも痛めたりはしてないだろう。そうだ、あとのふたりは……


「おもしろそー!」「わあっ! 本当にやわらかい!」

「うわあっ!? こらっ、危ないだろ!」


 ためらうことなく飛び降りてきたふたりが、そのまま地面で遊び始める。恐れを知らない子供は……これだから……


「なになにー?」「なにこれ、すごーい!」「きゃあきゃあっ!」


 ほかの子供も集まってきて、跳んだり跳ねたり泳いでみたり。あっという間に始まったのは、スーパー泥んこ大会である。行動力というか……適応力というか……!


「まあ、元気そうでなによりだけど。それでももう、危ないことをしちゃだめだよ? ケガをしたら自分は痛いし、おうちの人は悲しいんだから。どうしても木登りがしたいなら、いぬじゃない、きちんとした大人と一緒にすること」

「……はーい」「ごめんなさーい」「ごめんね、ぎんちち」


 こちらの心配が伝わったのか、謝ってくれる子供たち。こういう素直なところを見せてくれるから、あまり強くは出られないんだよなあ。なので、この件はこれでおしまいとして。


「よっしじゃあ、これからのことを考えようか――みんなね、そうやって楽しそうに遊んでるけど……」


 言葉の後半、露骨にトーンを落とした俺に、子供たちが動きを止める。察しのいい子は気づいたんだろう、やっべ、という顔で俺を見ている。


「服も体もドロッドロで真っ黒だよ! 帰ったら絶対怒られるでしょ!?」

「ど、どうしよう!?」「おかーさん、こわいんだよ!?」「ぎんちち、たすけて!」

「わんわん……わふーん?」

「いぬのふりしないで!」「ずるい!」

「あはは、ごめんごめん。まずはきちんと謝って、それでもダメなら俺を呼んでくれたらいいよ。一緒に謝るしかできないけど、少しは気が楽になるでしょ」


 というか、俺の監督責任もあるんだし。この村の人たちはさっぱりしてるし、ガツンと怒ってそれでおしまい! な気もするけどね。

 ちょうどお昼も近いので、子供たちとはここでお別れ。おうちに戻る彼らを見送りながら、ふわふわになった地面を元に戻そうとしたところで。


「あっ、ハルナさま! お仕事、お疲れさまでした!」

「銀一さんこそ、子供たちのことをありがとうございました。でも……ええと、この地面はいったい?」

「色々ありまして、ちょっと柔らかくしてみたんです。いますぐ元に戻しますね」


 見た目で異変に気づいたんだろう。ハルナさまは土を手に取ると、不思議そうに何度かその感触を確かめたあとで。


「……えいっ!」

「ぼふっ!? ええ、ちょっと!?」

「ふふ、あまりにもふかふかで気持ちよかったもので、つい。子供のころによくやった、泥んこ遊びを思い出しちゃいます」


 ちいさな泥団子を作って、えいっとこっちに投げてくる。当たっても痛くはないんだけど、的確に俺の顔を狙って……わぷ、わぷっ!


「この土、農地にも使えるかもしれません。次の作付けの時は、銀一さんが大活躍です……えいっ、えいっ!」

「わっふ! 泥だらけになっちゃったじゃないですか、やめてくださいよ!」

「あとでお風呂にいれてあげますから。ふふ、大人になってからも、なんだか楽しいものですね」

「もう……そっちがそのつもりなら、俺だって負けてませんよ! けりけり……おりゃー!」

「きゃあっ!? もう……そっちがそう来るのなら、大きなお団子を作っちゃいます! 投げますよー……ほーら、取ってきてくださーい!」

「そっち!?」


 と、なぜか泥遊びを始めてしまったハルナさまに、お付き合いをしていたんだけれど。


「あらあら、ギンチチさま、あんなにも駆け回って。とっても楽しそうじゃない」

「御使いさまとは言っても、やっぱりお姿どおりの無邪気さね。かわいらしいわあ」


 それを見ていた村の人たちには、なぜかそう思われていたのでした。解せぬ……

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