番外02.いぬのひ いぬまつり、そのに
「でも、ちょっと納得した。これがあるなら、俺を見たところでいぬだとは思わないよなあ」
「その節は本当に……すみませんでした……」
「それは気にしないでってば。でもうん、はっきり言っちゃうけど、これはいぬじゃないです。百歩譲ってこれと同じ生きものがいたとして、それは魔物だと思います。とはいえ、ご神像だってことを否定するつもりはないけどね。村の歴史が積み重なった、大切な像なのは間違いのない事実だよ」
「おお……さすがギンチさま……お心が広い……!」
だから俺はただの犬だからね? そんなキラキラした目で見られても困るだけだからね?
「それで、ですね。ギンチさまにお願いがあるんです。新しい、きちんとした犬の像の、モデルになっていただけませんか?」
「どうして? これがこの村にとってのご神像なんだし、このままでいいじゃない」
「ハルナさまも戻られたことですし、像を新調しようという話は決まっていたんです。そこに現れた、本物の犬であり御使いさまであるギンチさま。これはもう、神のご意志が働いているとしか思えませんよ!」
「そんなことは……」
ない、とも言い切れない。あの神様のこと、この像があったからこそ、犬である俺をこの村の近所に捨てたんだとも考えられる。もちろん、奇祭に触れた俺を見て面白がるために、だ。
「自分で言うのもなんですが、器用さには自信があります。意見のとりまとめと、新しい像の作成はおれに任されているんです。これは村の総意でもあるので……ぜひ!」
熱意を持ってそう言われれば、断ることは難しい。村の人たちがそう望むのなら、俺を受け入れてくれた恩返しにもなるだろう。
「それじゃあ、ひとつだけ。恥ずかしいから、名前は残さないでもらえるかな。名もなきいぬの像とか、そんな感じでお願いします」
「了解しました! 雄々しき御使いさまの像、ということにしますね! それではさっそく、モデルになっていただいてもよろしいでしょうか! 何枚かお姿を描かせていただき、それを元に作成していきますから!」
テンションが上がってきたんだろう、前のめりになっているトトくんは、俺に言葉を挟ませない。モデルって絵だよなあ。それならけっこう時間がかかるのかな……今日だけじゃすまないかも……?
「ふふふ、話は聞かせてもらいましたよ。トトくんの絵の腕はじゅうぶんに知っていますが、今回はこれを使うべきだと思います」
「その声は……ハルナさま!?」
「えっどこから……わふっ!?」
ひょい、と後ろから持ち上げられて、お腹と背中をもふもふわふわふ。あったかいようなこのにおい、間違いなくハルナさま……!
「最初からですよー。ふたりでどこへ行くのかと、こっそりあとをつけちゃいました。目的地がわかれば先回りをして、ずっとそこに隠れていたんです」
マジで? とトトくんと視線をかわす。そこって俺たちがいた机でしょ? 気配とか一切なかったよ? 忍者なの? ハルナさま忍者なの?
「写真のことはトトくんも知っていますよね? これは銀一さんが神から賜った、とても高性能な写真機です」
「それを使わせていただければ……ギンチさまの雄姿を短時間で、かつ大量に……!?」
「理解が早くてなによりです。銀一さんも、かまいませんよね?」
「もちろんです。じっとしたまま長時間を覚悟していたので……そうか、カメラがあったんだ」
「でも……うん、撮影はハルナさまにお願いします。そのほうがギンチさまも、いい表情をされると思いますし。おれは観察に集中したいですから」
「わかりました。それじゃあ銀一さん、かわいいポーズをたくさん取ってくださいね」
ちゃき、とカメラを構えるハルナさまと、真剣な顔を向けるトトくん。かわいいポーズと言われても……三十代男性にそれは無茶ぶりですけど……?
とりあえずはスッとおすわり。キリッと表情を整えて、ふたりのほうへ振り向くと。
「かわいいです! ペロッと舌が出ているのがたまりませんね!」
出してたつもりはないんだけど……これだからポメラニアンは……
続いてぺたんと伏せのポーズ。今度はちゃんと舌をしまって……どや!
「いいですよー! しっぽがぶんぶん、幸せですね!」
振ってるつもりもないんだよなあ……これだからポメラニアンは……これだから……
いっそ人間に寄ってみよう。二本足で立って……モデルさんみたいなポーズを……わふうっ!?
「すってんころりん! お尻がもふもふ! ふっかふかのパンみたいです!」
無様をさらしてしまった……わふん……
そんなふうに、撮影会は半日ほど続いて。
「これはまた……たくさん撮りましたね……」
「銀一さんがかわいすぎるのがいけないんですよ。ほらほら、これを見てください! お耳がぺたんって、ぺたんって! お目々も! キリッとして! かしこそうで!」
「ほかのいぬならかわいいと思うんですけど……なんせ自分ですので……」
ハルナさまのテンションも高い。もしかしてこれ、自分が撮影会をしたかっただけなのでは……?
「それでは、この写真は資料として頂いていきますね! 完成を楽しみにしていてください!」
満足そうなトトくんと別れ、おうちに戻る帰り道。ぽってぽってと歩きながら、そういえば、と口を開いて。
「どうしていぬ祭りなんですか? 収穫祭を兼ねるのであれば、それこそ神様を奉るべきかと思うんですけど」
「それは……」
口元に手を当て、ハルナさまは一瞬だけ、考えるそぶりを見せたけれど。
「ふふ、そうですね。いつか銀一さんに出会えると、そう思っていたからですよ。実はですね、私には未来が視えているんです」
「またまたそんな、やっぱりはぐらかすんですね」
「本当ですよー? 犬という縁があるこのお祭りをきっかけに、銀一さんは村の人たちともっともっと仲良くなります。この村にいる間は、健康で楽しく暮らせることでしょう」
「むむ……だったら、そのあとの未来はどう視えているんですか?」
「それはもちろん、決まっています」
ハルナさまは立ち止まり、くるり、と俺に振り向きながら。
「銀一さんは、元宮桜子さんと再会し……末永く幸せに暮らしました、です!」
屈託のない笑みを浮かべて、嬉しそうにそう言った。
※ ※ ※
ちなみに。
お祭りの当日、トトくんによる新しい像――つまり、俺をモチーフにしたご神像が大々的にお披露目されたんだけれど。
「形は合ってるけど……だからなんで、毛の部分だけ極彩色なの!?」
高々と掲げ上げられたそれは、光り輝くゲーミングポメラニアンなのでした。どうして……
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