番外編
番外01.いぬのひ いぬまつり、そのいち
「と、いうわけで。もうすこしで犬の日犬祭りなんですよ」
「いぬのひいぬまつり」
開口一番そう言われて、おうむ返ししかできない俺。目の前にいるのは、この世界で初めて俺と出会った人間――
くつろぎの午後を過ごしていたところで声をかけられ、話があると村の集会所に連れてこられたんだけど……
「ここが村として定められた日を記念して行われる、100年続く祭りのことなんですけど……その反応だと、もしかしてご存じなかったですか?」
「初耳も初耳なんだけど、そもそもなんでいぬの日なの? 名前はルリハルナ村だし、このあたりにいぬはいないし、なんの関係もないよね?」
「村を立ち上げたときに、当時の村長がなにか記念になることをと考えていたところ、ハルナさまがご助言なさったんだとか。昔のことで恥ずかしいと、詳しいことは語ってくださらないんですけど、きっと理由があるんでしょうね」
「そのころはハルナさまもいぬを飼っていらっしゃったとかかなあ……飼っていたのか……俺以外のいぬを……」
その可能性に至ったとたん、嫉妬心がもやっとメラメラ。いやいや落ち着け、存在していたのかもわからない、シュレディンガーの犬に嫉妬するのはいい大人のすることじゃないぞ。
「ええと……それはどんなお祭りなの? いぬ祭りっていうくらいだし、それっぽい飾りつけをするとか?」
気を取り直すべく話を続ける。そもそも俺は飼い犬じゃないし。同居人だし。ペットよりはうえの立場なはずだし。戦わずして勝利だしわふんわふん。
「飾り付けられた犬の像を、村の若者たちで担ぎ上げながら練り歩くんです。そのあとはまあ、料理とお酒で大騒ぎ、ですね。農業が一段落する季節でもありますし、ご神像に祈りを捧げるという名目でみんなけっこうハメを外して……おっと、これは関係のない話でした」
なるほどなるほど、収穫祭や打ち上げを兼ねるという側面もあるのかな。ご神像を担ぐというのは、お神輿みたいなものなんだろうか。
「内容はわかったけど、それでどうして俺を呼んだの? もしかして、今年は俺自身を担ぐとか言わないよね?」
「そんな恐れ多いことしませんよ! いえ、ギンチさまが望まれるのであれば、村のみんなも喜んでそうさせていただくとは思いますけれど!」
「わふんっ!?」
マジな目をしたトトくんに、へんな鳴き声を漏らしてしまう。そういうのいいからね? 何度も言ってるけど、俺はただの犬なんだからね?
「……そこはまた話し合うとして、今日はこれを見ていただきたいんですよ。おれたちが毎年奉っていた、犬のご神像なんですけど……」
言いながら、奥の扉に手をかけるトトくん。開け放たれた扉のさきに、おおきく鎮座しているそれは……
「……い……ぬ……?」
顔。ドーベルマンみたいな顔つきだけど、サーベルタイガーみたいに、とがった牙がむき出しになっている。
足。くっそ長い。足の先には立派な
胴体。ここだけ妙にふっさふさ。でも毛の色は極彩色で、1680万色に見えて目がチカチカする。見え隠れする体の部分はムッキムキのバッキバキだ。
しっぽ。なんで三本あるの??? さきっぽが焦げてるように見えるけど、もしかして燃やすの???
「同じ犬であるギンチさまに確認しておきたかったんです。犬という生きものは、これで間違っていませんよね? 御使いさまであるあなただけが、特別な体をお持ちなんですよね?」
「いえ、ばけものですねこれは」
「なっ!?」
あっごめん、ストレートに言っちゃった。でも化け物だよこれは。百歩譲っても妖怪かモンスターだよ。これを奉って練り歩く……ここは邪教の村だったのか……?
「……やっぱりですか。実は薄々感づいてはいたんです。この村に戻られたハルナさまが初めてこれを見られたとき、曖昧な表情をなさって……それから一切、村の祭りには関わってこないものですから……」
「よかった……このばけものはハルナさまが生み出したものではなかったんだ……」
この村が作られたあと、すぐにハルナさまは旅に出られたんだと聞いている。そこから考えをめぐらせてみるに。
・ハルナさまがみんなの知らない「犬という生きもの」のことを伝えた。
・それを聞いた当時の村の人が「たぶんこうだろう」とご神像を作った。
・それが歴史を重ねていくうち、雄々しさを増すべく何度も魔改造をされて。
・それが村の人にとっての「犬」という生きものになってしまっていたが。
・時すでに遅し。信仰対象として完成されていたため、戻ってきたハルナさまはなにも言えなかった。
……と、そういうことなんだろう。
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