22.恋のお話にしましょうか

 ――これまでのあらすじっ! わたしを心配させた謝罪と賠償を、琴吹くんに請求することに成功したッ!!!!

 とはいえちょっと脅したみたいに、彼の自由を奪うつもりなんて毛の先ほどもなく。彼の弱みにつけ込んで、ちょーっとだけわたしの欲望をね?


「ふふ、それじゃあ今日は、私のベッドで一緒に眠りましょうね? どちらかが眠ってしまうまで、ゆっくりおしゃべりしたいです」

「は、はい……それで許してもらえるのなら、はい……」


 と言うわけでっ! 同衾ッ! 同衾の許可をッ! ついにッ!


 ……ハアハア落ち着けあわてるな、死ぬほどテンションが上がっているけれど、いまのわたしはハルナ=コトブキ。優しく落ち着いた彼女であれば、興奮なんてありえないので。


「はあ……すう……もふもふ……やわらかくて、暖かくて、安らぎますねえ……」


 そうっとゆっくり抱きしめて、顔をうずめる程度にとどめておく。前世の記憶をたどってみれば、猫を吸う文化があった気がする。だからこれはおかしくない……スハスハ……お腹も背中もお日さまみたいなにおいがしますねえ……スハー……


「はあ……寿命が延びる……生命力があふれる……赤ちゃんできちゃう……」

「あの……ハルナさま?」


 おっと危ない、また化けの皮が剥がれそうになっていた。なごり惜しいけどしかたない、琴吹くんをそっとベッドに下ろしてあげて、自分はとなりに寝転んで……


「ええと……腕まくら、でいいですか?」

「よくないです! 俺は適当に丸まっていますから!」


 ちっ……好きな人との腕まくら、乙女の憧れなのに……いや違うわ、逆だわこれ。うんうん、どうにも舞い上がりすぎていて、ちゃんとした思考ができていませんね。

 すぅ、とちいさく深呼吸。胸の高まりを押さえつけながら、あらためて琴吹くんを見る。借りてきた猫という表現がぴったり、落ち着きなく丸まっている姿がとってもかわいらしい。


「女性の寝室だからって、気にすることはありませんよ。見られて困るようなものはありませんし、そもそも私はおばあちゃんなんですし」

「そうは言われても……女のひとの部屋に招かれたことだって、数えるくらいしかないんですから」

「あらあら、それはもしかして、元宮さんのお部屋に?」

「………………そう、ですね……」

「もしかして、ほかの女性の部屋にも?」

「ないです……彼女だけです……数えるほどというのも嘘で……いちどだけです……」


 ふうう、と胸をなで下ろす。妙な沈黙にはビビったけど、恥ずかしかっただけの様子。わかるんですよ琴吹くん、ゆっくりピコピコちまちま揺れる、ふさふさしっぽを見ていればね!


「ふふ、それじゃあ、今日の話題は定番の、恋のお話にしましょうか。元宮桜子さんのこと、たくさん聞かせてほしいです。銀一さんはいったい、彼女のどんなところに惹かれたんですか?」


 なのでズバっと切り込んでみる。「両思いだったらうれしいなあ」とは思っていたものの、それを確かめたことはない。これだけの時を待ったんだもん、少しはわがままになってもいいよね。


「えっ……いやあのそれは……さすがに恥ずかしいというか……」

「どんな、ところに、惹かれたんですか?」


 わたしが異世界生活で得たもの。押しの強さ。


「や、優しいところ、とか?」

「嘘ですよね?」

「はい……」

「無難な答えで済ませようとしてはだめですよ。きっちりと、自分の言葉で伝えなければ、元宮さんも嬉しくないと思います」

「いやあの、それはちゃんと、再会できたら伝えるつもりですから」

「じゃあ、今日はその予行演習だと思って! ほら、私と元宮さんは似ているって、そう言っていたじゃないですか! 練習にはちょうどいい相手だと思います!」

「いやでも……はい……ええと……」


 てれてれ、と両手で顔をごしごしする琴吹くんかわいい。よしよし、これはもう一押しだ。


「私を彼女だと思って、思いのたけをぶつけましょう! さあ! さあさあ!」

「…………あーもう! いくらハルナさまでも、それはできませんって! すみません、もう寝ますね! おやすみなさい!」


 ……あ、やっちゃった。調子に乗りすぎました。

 ぷい、とおしりをこっちに向けて、毛玉になってしまった琴吹くん。モフモフのそこがベリーキュート……いやちがう、いまのはわたしが悪かった。こういう暴走しがちなところ、長く生きても治らないなあ……


 気まずい沈黙が降りる。きちんと謝らないとなと、言葉を探していたところで。


「……知り合ってから一年くらいは、ただの友達だと思ってたんですよ」


 おしりを向けたままだけど、ぽつん、とそう話してくれる。しっぽもゆらゆら動いていて……どうやら怒ってはいないみたい?


「でもあるとき、いろんな偶然が重なって、ふたりだけで遊びに行くことになったんです。そうしたら、それがすごく楽しみで、誰かに邪魔されたくないなって。彼女はたぶん、友達みんなで遊びたかったんでしょうけどね」


 ……あのときかあ!!! ごめんその通り! わたしそのとき、ふたりだけは気まずいなあって、そう思いながら待ち合わせ場所に行きました!


「でも、元宮はちゃんと来てくれて。残念だなんて顔にも出さないで、一緒にいてくれたんです。うん……今思い出せば、それが決定打でした」


 恥ずかしそうにしっぽを巻く。そんな彼を見ていると、わたしまで恥ずかしくなってくる。

 だって、わたしも同じだったから。

 来れなくなった友達のぶんまで、なんとかわたしを楽しませてくれようと。ずっとニコニコ笑っていて、いろんなことを気遣ってくれて。

 それが、私にも決定打。いっしょにいると嬉しいって、特別な人なんじゃないかって、そうう気づかされた日だったから。


「それからはもう、転がり落ちるみたいにですね。どこが好きって、ぜんぶです、ぜんぶ。そうでなきゃ、こんな姿になってまで追いかけたりなんかしませんよ」


 ちょっと投げやり気味だけど、そんな風に答えてくれる。出会ったばかりのわたしハルナになんて、話してあげる義理はないのに。

 そういう気づかい屋さんで、優しいところ。

 そこがまさに、わたしが好きなところ、なんだよ。


 ……いやまあ、ほかにも好きなところはたくさんありますけども。わたしがあなたを好きな理由? 正座して100個くらい言えますけど?


「と、まあそんなところです! 俺は話しましたよ! だから次はあなたの番です!」


 そんな言葉にドキッとする。え? ええ? なんで、わたしが桜子だって、琴吹くんを好きだって、バレて……!?


「俺の気持ちがわかるって、この間そう言ってましたよね。ハルナさまこそ、その人のどこが好きなんですか? 告白したりはしないんですか?」


 ……思わぬ角度からの反撃ッ! だが慌てるな、わたしは数百年を生きた女ッ! この程度を誤魔化すくらい、赤子の手をひねるようなもの……!

 とはいえ嘘はつきたくないし、ここは正直に話すしかない。相手が琴吹くんだとはボカして、事情があって告白はできないと、さらりとそう言ってしまえば。


 そう、軽く思って口を開いたのに。


「こくっ……はく、なんて、できません……よぉ……」


 出てきたのは、か細いそんな声だった。

 続いて感じる頬の熱さと、爆発するような胸の高鳴り。

 だめだ。

 琴吹くんに、好きだと告げる。被呪もなにもかも関係なくなって、自分の想いを伝えられる。

 それを想像してしまっただけで。目の前の彼に。少しでも気持ちがバレるんじゃないかと思っただけで。


 めっちゃくちゃ、はずかしい!!!!!!!


「そのあの、わたしはほら、普通じゃないですしおばあちゃんですし。そんな人間に好きだなんて言われても、相手が困惑するだけだし、だから、できません!」

「どうしてそんなことをおっしゃるんですか。ハルナさまみたいな素敵な女性に好かれるなんて、男としてはこれ以上ない幸せだと思いますよ?」

「すてっ……っき……!?」

「いえ、ステッキではないです」


 わかっとるわそんなこと! なんなの? 素で言ってるのそれかわいいなおい!


「優しくて、包容力があって、頼りになって。村のみなさんに信頼されているのも納得ですし、もちろん俺もすごく感謝しています。ハルナさまに出会えなかったら、今ごろどうなっていたことか」


 そうしてめちゃめちゃ褒めてくる。琴吹くん、そういうところあるよねえ! しかも計算とかじゃなくて、素でだよ!? そういうところも大好きだけど! だけどね!?


「なので、自信を持ってください! 万が一にも不誠実な返事だったら、俺が吠えて噛みつきますから! わふわふ!」


 すっかりこっちに向き直って、ほがらかに吠える琴吹くん。くもりなきそのまなこ、仕返しでわたしをやりこめようとかは、ほんの少しも思ってなさそう……!


「って、きっとハルナさまは恋愛経験も豊富でしょうし、俺の応援なんて必要ないですよね。そうだ、それなら経験の乏しいこのいぬに、ぜひともお話を聞かせてください!」


 どうしてそんな結論に至った……!? やめて、目をキラキラさせながら近寄らないで! わたしだって彼氏いない歴数百年+前世なんやぞ……!


 そうして。


 恋愛経験ゼロの女が、知ったかぶりと捏造で恋愛経験を語るという、地獄のような一夜が幕を開けたのでしたとさ。人の弱みにつけ込んで、面白がろうとしちゃだめってことですね、はい……

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