21.神の啓示
その日の夜。いろいろ確認しておきたいなと、ステータス画面を開いてみると。
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■ 魔物特性 ■
・バレットモール 【念話】【視覚共有】【土適正A】
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所持スキルのすぐうしろ、【???】だった項目が、こんなふうに変化していた。
「みんなが言ってたやつだよな……? スキルとはまた別に、魔物の能力を受け継いでいけるってことなのかな、これは」
ハルナさまは入浴中で、部屋の中には俺ひとり。うかつな神様の返事を期待して、わざと声を出すけれど……残念ながら、今回は乗ってこないみたいだ。
「説明書にも載ってないか。まあでも、その解釈で間違いないでしょ」
思えばたったの数日で、ふしぎなことにもすっかり慣れてしまったなあ。そもそも俺自身がふしぎのかたまり、もしかしてすべて夢なのでは……? ちょっとほっぺをつねってみよう……もふもふしてる……現実かあ……
気を取り直して画面を見つめる。【念話】というのは、みんなが使っていた会話方法で間違いない。【視覚共有】も、これを使って土の外を見ていたんだとしたら納得できる。俺の視界を使っていたから、俺にしか視えないはずのステータス画面も読めていたんだろう。
「【土適正】は……地面を掘りやすいとかそういうのかも。まとめてみっつのスキルみたいだけど、これもタップで使えるのかな」
ぽち、と文字を押してみる。ええと、みんなはたしか「念じて話す」って言ってたっけ。
(ハルナさま……きこえますか……いま俺はあなたの心の中に……直接話しかけています……)
と、冗談まじりに思い浮かべた、その瞬間。
(ふんふんららら~♪ って、えっ、銀一さんっ!? どうしてっ!?)
返ってきた。返事が。
しかもそれだけじゃない。まるでパソコンを使っている時みたいに、視界のはしにちいさなウインドウが現れたのだ。俺の意思で自由にサイズを変えられるそれには、この家の浴室が映っている。あわてたように上下左右にぶれる視界、飛び散る水しぶき、わたわたと振られるほっそりとした腕、ちらちらと見え隠れするおおきくてまっしろな――
「最小化ァ!!!」
しゅぱっ! とウィンドウが下のほうに消える。俺はなんてことを……故意ではなかったとはいえ、恩人のお風呂を覗いてしまうところだった……! 視覚共有こわい……!
(あ、あの、いまなにか叫びましたか!? というか、これはいったい?)
(す、すみません! 念話のスキルをバレットモールからもらったみたいで、試していたら突然繋がってしまって)
(なるほど、そういうことでしたか。ふふ、これからは、離れていても銀一さんとお話しできるんですね)
(使えることがわかればいいんです。失礼しました、切りますね)
(えっ、ま、待ってください! 私はこのままでもかまいませ――)
ぽちっと押してスキルを停止。ごめんなさいハルナさま、俺の心臓が持ちません。あとでもういちど謝らせてください……
「便利なスキルなんだろうけど、使いどころは考えないとなあ」
『いいじゃあないか、黙っていれば。聴き放題の覗き放題だよ?』
「中学生くらいのときならヤバかったですけどね。さすがにもういい歳なので、理性も分別も……って、このタイミングで話しかけてくるんですか。今回も録音なんです?」
振ってきたのは優しげな声。周りをキョロキョロしてみても、うさんくさい姿は見えないけど。
『いーや、今回はきちんとしたお仕事さ。ステータス画面の解除済み実績を開いてごらん』
言われてそこを見てみれば……うわっ!? たくさん達成してる!?
『【魔物特性をもらおう】あたりはそのうち来ると思っていたけど、【魔獣を退治しよう】【神獣と
「いやまあ……ぜんぶ偶然みたいなものですけど……」
『とはいえ、報酬を渡さない理由にはならないからね。
声とともにステータス画面が切り替わる。どうやらスキルが追加されたみたいだけど……
・
『難しいミッションを達成したご褒美に、どんな質問にも神が答えを与える。平たく言えば、そんなスキルだね。説明通り使えるのは一度だけ、質問もひとつだけ、なんだけど……使わないまま塩漬けにされても困るし、もう使っちゃうね。えいっ!」
「いやちょっと待って……うわあ手が勝手に動く!?」
ぽち、とスキルを選択させられた瞬間、ふしぎな空間に飛ばされて。
「ここ……最初に神様と話したとこですね?」
目の前には、信用できないを擬人化したような神様がいる。死後の世界とか神の座とか、そんなところに連れてこられてしまったんだろう。
「というわけでボーナスタイムさ! ひとつだけ、どんなことにも答えてあげるよ!」
「いきなりそう言われても! なんかカウントダウンが始まってますけど、これって制限時間じゃないですよね!?」
にっこりと笑う神様の隣では、わざとらしいデジタル表示の数字が勢いよく動いている。待って、なんで1分切ってるんですか待って。
……落ち着け、焦るな。俺の知りたいことなんて、最初からひとつしかないだろう。
意を決して顔を上げる。真正面から、神様の顔を見る。
「元宮はこの世界でも、明るく元気に過ごせていますか? 辛い思いをしていたり、悲しんだりはしていませんか? ひとりでさみしい思いをせず、誰かと笑って暮らせていますか?」
そう、俺が言葉にしたとたん。
驚いた、というように。神様の表情がすこし変わって。
「……安心していいよ。彼女はいま、とても幸せそうだから。これは嘘やごまかしじゃない、間違いのない真実さ」
まるで子供を見ているような、優しい瞳を俺へと向けた。
「そう……ですか。それなら、よかったです。安心して彼女を探せます」
「というか、それを答えさせられるとばかり思っていたんだけどね。スキルの性質上、聞かれたら答えないわけにはいかなかったんだけど」
「それって?」
「彼女の居場所だよ。それ以外にあるかい?」
……あ。あっ、あああああっーーー!!!!!!!!!
「残念、質問はひとつだけだよ。それじゃあ、機会があれば、またね!」
「ちょっと待って! しっかり考えさせないよう、揺さぶってきたのはアンタでしょうが!」
にっこぉ! といやらしい笑顔になって、神様の姿がゆらりと消える。待てやと伸ばした俺の腕は、ふよん、となんだか気持ちのいいものに当たって。
「……あらあら、起こしてしまいましたか? 机の上で眠っていたんですよ、銀一さん」
気がつけば俺は、ほかほか湯上がりハルナさまの胸の中に収まっていた。
「いやその……ちょっと神様に遊ばれていまして……今回の報酬だとかで、ひとつだけ質問に答えてくれるって、向こうの世界に連れて行かれていたんですよ」
「まあ……! それではまさか、元宮さんの居場所を聞いて……!?」
「それを思いつく前に、彼女が元気にしているか、辛い思いをしていないか、そんなことが真っ先に思い浮かんでしまって、そっちを。幸せに暮らしていると聞けたので、そこは安心したんですけど……失敗しましたよね、これって」
しょんぼりと眉毛を下げながら、ハルナさまの顔をうかがう。うう……情けないなあ……
そんな俺にハルナさまは、困ったように笑いかけて。
「神様がそうおっしゃったのなら、なにも心配することはありませんよ。失敗だなんて、そんなことは言わないでください」
「わっぷ! ちょっと、ちょっと苦しいです!」
ぎゅう、と強く抱きしめられて、じたばたと暴れてみるけれど。
「……やっぱり、銀一さんでよかった。元宮さんも、きっとそう思っているはずです」
それでもハルナさまは、俺を離そうとはしてくれなかった。
だから俺も力を抜いて、されるがままに身を任せる。ちいさく震えるハルナさまは、涙をこらえているみたい。強く抱きしめられているのは、きっとそのせいなんだろう。
そんなふうになった理由は――においから伝わる感情は、複雑すぎて読み切れないけど。
俺に寄り添ってくれている、それは疑いようもないから。
「……すみません、なんだか感極まってしまって。まったくもう、歳を取るといけませんね」
「いえいえ、好きなだけそうしていてください。自分で言うのもなんですが、ふわふわした子いぬを抱くと、問答無用で癒やされますから!」
今さら言うまでもないけど、俺は重度の犬好きである。ポメラニアンの子犬なんて、俺が俺じゃなかったら、モフってずっと離さないのに……!
「ふふふ、言われなくてもそうするつもりです。前に言いましたよね、今度危ないことをしたら、もうお外には出さないって。あんな怪我をして帰ってきたなら、もう見逃してはおけません。これはからはずうっとこのお家で、私と一緒に暮らしましょうね?」
きらり、とハルナさまの目が光る。ええとあの、いつもの優しい笑顔はどこへ? その笑顔、獲物を見つけた暗殺者のやつですよ?
ひええ、と縮こまっていたら、ふわ、と表情が柔らかくなった。よかった、さすがにいまのはなにかの間違いですよねそうですよね。
「もう、冗談ですよ。お散歩の時だけはお外に出してあげますから。首輪は何色がいいですか? まっくろできれいな毛並みですし、白やピンクが映えると思いますよ?」
「ひええ……」
「うふふふふ……」
危ない笑顔を浮かべながら、震える俺をもふもふもふ。この人を心配させてはいけないと、骨の髄まで染みこまされた夜になりましたとさ……わふん……
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