20.ことのてんまつ、そのに
「魔獣と化すほどの力を秘めた魔物を、余計な傷を与えることなく仕留めたのが功を奏したんだろうね。とにかく、これは置いていくから。魔法触媒にするもよし、豊穣の効果を期待するもよし。狩られた獅子猪のためにも、有意義な使いみちを考えてほしいな」
「りょ、了解です……善処します……」
とりあえずはそう言うしかない。そんなに高価なもの、どうするべきかは庶民の俺には見当もつかないし、あとでハルナさまに相談しましょうね……
「さてと。僕の用事は済んだし、日が暮れる前に戻ろうか。すまないけどギンチチくん、うちのお姫さまを起こしてあげてくれるかい?」
「むにゃ……おきてるよ、かあさま……」
ハスキーの子犬にしか見えないこの子は、眠たそうにまぶたをにゃむにゃむ。くりくり顔をこすったあと、ぼーっと俺の顔を見て。
「……ぎんちちの、おうじさまだ! おきたんだね!」
ぱあっとにっこり笑顔になって、そのまま俺へと熱いタックル。おおっとこれは、すっかり懐かれてしまいましたかねえ。
「俺を心配して来てくれたの? ありがとう」
「そうだけど、そうじゃないの。えっとね、えっとね」
口をもごもご、足はいじいじ、視線はうろうろ落ち着かないけど。
「あのね、あのね、おうじさまにいいたいことがあるの。きいてくれる?」
その子は俺から離れると、ちょん、と真面目におすわりをして。
「かあさまにね、おなまえをつけてっておねがいしたの。おなまえをもらったらね、かみさまのおしごとをするために、からだがおとなになっていくんだよ。だからね、そうしたらね」
ちら、とゲイリさんを見る。愛おしそうに、嬉しそうに、彼女は娘にうなずいて。
「りっぱなおとなになれたら、けっこんしてください!」
……おおっと、そうきたかあ。親戚の女の子にも言われたことあるなあ、これ。次に会うときにはすっかり忘れられてるけど、それでもちょっと嬉しいんだぞ。
「ありがとう。りっぱなお姉さんになっても、気持ちが変わってなかったらね」
もふもふと頭を撫でてあげると、くすぐったそうに震えてくれる。うんうん、子供は無邪気でかわいいなあ。今のうちから「結婚するって言ってくれたのに……」ってスネる練習をしておかないとね。
「……その子だって神獣です。うかつなことを口にすれば、神との契約として物理的な意味を持ってしまいますよ? 銀一さんがいいのなら、私が口を出すことではありませんけど」
そんな俺に降り注ぐのは、冷凍庫よりもひややかな声。えっあの……えっ、えっ……!?
「ははは、大丈夫だよ。その子が言っていたとおり、神としての成長が始まるのは僕が名前を授けてからさ。いまのその子は力を持たない、ただのかわいいお姫さまだね」
「それじゃあ、いまのはノーカウントで……?」
「ずっと気持ちが変わらなければ、後付けで契約を成立させることもできるだろうけど。僕にべったりだったこの子が、自分から成長したいと言い出したんだ。そんなに愛しているのなら、僕からはなにも言えないさ」
「ははは……アリガトウゴザイマス……」
ま、まあ、大人になるのはもっと先だろうし……だいじょうぶだろう、うん、たぶん。
「それじゃあ、今度こそ失礼するよ。ほら、母さまの背中に乗って」
「はーい! おうじさま、またね!」
「次はきちんと連絡してから来てくださいね? おもてなしの準備もできませんし、単純に村の人たちが驚きますから」
はあ、とため息をつきながら、裏戸を開くハルナさま。そこから庭に出たゲイリさんは、もういちど俺に振り向いて。
「それなら、ギンチチくんにも祝福を授けておこうかな。
「ほかの神様まで毒さないでくれませんかねあのひとは……じゃなくて、ええと、光栄です。よろしくお願いします」
「だったらハルナ、彼を持ち上げてもらえるかい?」
「はいはい。銀一さん、驚かないでくださいね?」
俺を抱いてたハルナさまが、ゆっくりと空へ腕を伸ばす。ちょうど小さい子がされる、たかいたかーい、の状態だ。
「それでは……神の姿のお披露目だよ!」
ゲイリさんがそう言ったとたん、ぱあ、と光がきらめいて。
「わーい、かあさま、おおきいね!」
大きかったその体が、もっともーっとさらに大きく。成人男性が見上げてもまだまだ足りないくらいの、輝く巨大な神獣へと変化していた。うん……これなら……子犬が背中に乗ってても気づかないわ……気づけるほうがすごいわ……
「動かないでね……はい、失礼」
俺の全身と同じくらいある鼻を、ちょん、と軽く押しつけられる。どうやらそれで終わったらしく、ゲイリさんは離れていった。
「それじゃあ、また!」
大きさ重さを感じさせない、見事な跳躍でひとっとび。神の親子は一瞬で、山のほうへと姿を消した。
「今日はなんだか……大きなひとたちに縁のある一日でした……」
「お疲れさまでした。まったくあの子は友人ながら、自由で困っているんですよ。子供が生まれていたのも知りませんでしたし、言ってくれればお祝いしたのに」
「楽しそうなハルナさまを見れて、俺は嬉しかったですけどね。あんな顔もされるなんて、ちょっと親しみがわいちゃいました」
「どんな顔ですか、それは。私はいつでも落ち着いた、みんなのおばあちゃんですよ?」
ぷんすこ、と怒る彼女を見て、ちいさな笑いがこぼれてしまう。そんな俺を見たハルナさまは、さらに眉毛をつり上げようとするけれど。
「……? 銀一さん、あそこを見てもらえますか?」
「なんだか土が盛り上がって……揺れてます……?」
もこもこもこ、と土の揺れ。それと一緒に、すっかりなじんだこのにおい。
「ばれたかー」「こっそりさくせんー」「しっぱいー」
「バレットモールのみんな!? どうしたの、もしかして、また森が!?」
あわてて腕から抜け出して、みんなのところへ近づいていく。そうしている間にも、どんどん土は盛り上がってきて。
「おれいにきたのだー」「はたけをなおしー」「おくりものをするー」「なかまだからなー」
ぽこん、とそこから飛び出したのは、ちんまりとした生きものたち。
しゅっと伸びた鼻、垂れた耳、長い胴体に短い手足――つまりは胴長短足の、特徴のあるその姿は。
「ミニチュアダックス!? みんな、そんな姿だったの!?」
「私も、明るいところでは初めて見ました……」
「みにちあなんとかはしらんがー」「われわれはこんなすがたー」「あなをほるためのこのからだー」「ほこらしきちからー」「うけとるのだー」
中でも大きな体をしたひとりが、ちょん、と小さな石を出す。えっと……これも……魔石なのかな……?
「ぐっとのみこめー」「さっさとのめー」
「えっなにちょっと待っ……むぐっ!」
囲まれ、押しつけられたその石を、反射的に飲み込んでしまう。力を受け取る……? 俺もダックスになってしまう……?
「ねんじてはなすちからやー」「たにんのめでみるちからなどー」「たくすのだー」「つかっていけー」
よかった、胴が長くはならないみたいだ。ダックスフンドはかわいいけれど、長いポメラニアンはちょっとこまるからね……
「それではかえるのだー」「もりをなおすからなー」「はたけとはわけがちがうー」「たくさんじかんがかかるがー」「やりとげるわれわれー」
「そうだ、ちょっと待って! ハルナさま、さっきの魔石なんですが、ひとつを彼らに渡してもかまいませんか? 豊穣の効果があるのなら、彼らの森をいい環境に戻せるかなって」
「そう……ですね。あの魔石塊があれば、飛躍的に早まるとは思います。とはいえ、とても価値のあるものです。銀一さんが構わないのなら、ですが……」
「もちろん! 彼らは大事な仲間ですから!」
「ふふ、わかりました。それではすぐに持ってきますね」
いくら貴重なものだとしても、使いどころを間違えちゃいけない。情けは人のためならず――もし元宮がここにいたら、絶対にそう言ったろうしね。
「……と、いうわけで。俺からも渡すものがあるから。もう少しだけ待っててね」
「おれいがー」「おれいにー」「おれいのれんさー」「おわらないらせんー」
「なんだよそれ。今さらだけど、みんなってちょっと変だよな?」
「ぎんちちにいわれたくないがー」「へんないぬにいわれたくないがー」「しんじゅうとたいとうにはなせしー」「すごきへんないぬー」
「変でもいぬでもない! いやごめん、いぬはいぬだけど、中身は違うから!」
「お待たせしました。せっかくですし、みんなでお写真も撮りましょう! さあさあ、銀一さんのまわりに集まってくださいねー!」
「しゃしんー」「えになるやつなー」「きょうみはあったー」「めずらしいものずきなわれわれー」「こうきしんをみたすのだー」
そうして集まってくるみんなに、カメラを構えるハルナさま。まったくもう、変な仲間ができちゃったなあ。嫌な気はしないけどさ。
あとで見せてもらった写真は、犬の行進そのものだったけど。
妙に濃い一日だったなあと、いつでもすぐに思い出せる、大切な一枚になったのでした。
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