19.ことのてんまつ、そのいち
……
…… ……
………………からだが……おもい……いきが……くるしい……
…………もしかしておれは……おおけがを……?
「……わっぷ! ふぅふぅ……ふう……」
息苦しさに目を覚ませば、目の前には真っ白なもふもふ。毛布……じゃないな、なんだこれ……ちょっとよけさせて……
そんなもふもふをぐいっとどかせば、とたんに体も軽くなる。深呼吸を繰り返すたび、頭もだんだん冴えていく。怪我で動けなかったんじゃなくて、なにかが俺にのしかかってたんだな……なんだろ……
「むにゃ……おうじさま……にゃむにゃむ……」
そう思って体を起こせば、隣にいたのはシベリアンハスキーの子犬さん。手足をちんまりと折り曲げ、お腹を見せて眠りこけているその姿、見事なまでのへそ天だあ……かわいいなあ……
「って、なんで!? どうしてこの子がここに!?」
あたりを見回す。間違いなくハルナさまのおうちで、俺がいるのは籠のベッド。なのになんで? どうして?
「銀一さん! 目を覚ましたんですね!?」
「わふうっ!? は、ハルナさま!?」
「痛いところはありませんか動かないところやおかしなところ吐き気やふらつき動悸息切れは感じませんか目は見えますか鼻は利きますかちゃんと耳は聞こえていますかっ!?」
「だ、だだだ大丈夫ですから! いやちょっと痛いです! そんなに抱きしめられると痛いです!」
「あなたが怪我をして帰ってくるから! すぐに眠ってしまって、大怪我なんじゃないか、このまま目を覚まさないんじゃないかって、不安で、不安で……!」
ぎゅうう、と俺を抱きしめるハルナさまは、その目を真っ赤に腫らしている。どうやら俺はこの人に、たくさん心配をかけてしまったみたいだ。
「ええと……うん、どこも痛くないし、問題ないと思います。少し動いてみたいので、下ろしてもらってもいいですか?」
そうして机の上に立ち、体の調子を確かめる。ええと……よし、ちょっと体操をしてみよう。とんでー、はねてー、いっちにーわっふわっふ、ごーろくわっふわっふ。よしよし、どこも痛くないぞ。
「ふふ、それはキミの世界の舞踊かい? ずいぶんと不思議な動きをするんだね」
「いえいえ、これはラジオ体操と言って、すべての運動の基本となる動きです。いくつか種類があるんですが、俺はマイナーな第二が好きなの……で……」
……え? いまの声って、あの?
おそるおそる、声のしたほうを見ると。
「どわあっ!?」
「ふふ、お邪魔しているよ」
森で出会った大きな狼さんが、床に寝転び、くつろいでいた。
「そんなに動いちゃダメですよ! もう少し安静にしていてください!」
「もともとかすり傷なんだし、それもハルナの祝福を使って癒やしたんだろう? 疲れて眠っているだけだと、何度もそう言ったじゃないか」
「でも……でも……!」
「……あの、すみません。いろいろと追いつかないんですが……どうして狼さんが、ここに?」
「ハルナは僕の古い友人でね。今回の件の説明が必要だろうと、久々に顔を出したというわけさ。そうしたら、彼女はうろたえてばかりでね。様子を見にきて正解だったよ」
「……うろたえてなんかいません。私はただ、必要な処置をしていただけですから」
ぷう、とむくれるハルナさま。ははは、と笑う狼さん。なにこの状況。にゃーん。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕の名はゲイリ。あらためて、今日はうちのお姫さまを助けてくれてありがとう。肝心の彼女はキミの看病に飽きて、ぐっすりお昼寝しているけどね」
「あ、えと、琴吹銀一と申します。ポメラニアンという種類のいぬです」
「魂は人間なんだろう? まったく、あの神と言ったら」
はあ、とため息をつくこの人は、こちらの事情をばっちりと把握している様子。ハルナさまとも普通に会話をしているし、もしかして俺たちと同じ『御使い』……?
「そんなことを言えるのは、同じ神であるあなたくらいですよ。まったくもう、恐れ多いというか、なんというか」
「……はい? ハルナさま、いま、なんて?」
「神獣、守護者、超越存在。人々にそう崇められる、正真正銘の神なんですよ、ゲイリは」
「君たちに祝福を授けた
「なるほど。そんな困った御使いがいたなら、ハルナさまが黙っているはずないですもんね」
「ふふ、そう思うかい? 二百年ほど前だったかな? 彼女がとある村であばれ――」
「その話は誰にもしない約束でしょう!? 怒りますよ!?」
強い口調のハルナさまだけど、恥ずかしそうに顔をぷるぷる。あっはい、触れちゃいけないやつですねこれ。人間いろいろありますもんね。
「はいはい、それじゃあ話を変えようか。ええと……銀一くん、だったね?」
おお、すらりと名前を言ってもらえた。そうです私が銀一です。ギンチチではありません。
「……じゃ、ないか。ごほんごほん、ええと……ギンチチくん?」
どうして言い直したんですか。ハルナさまもどうして「それが正解」みたいな顔でにこにこ頷いているんですか。
「どうにも気になっていたから、キミのことは【遠見の法】で視ていてね。あんな手助けしかできなくて、すまなかったね」
「手助け……もしかして、強いスキルを神様に依頼してくれました? 化け物の動きを止めてくれた、あのきれいな遠吠えも?」
「邪悪なモノにはあれがよく効くんだよ。そうそう、その化け物――
「悪なるモノへと変質した魔物である魔獣。それを退治するのも、神獣さまの立派なお仕事のはずなんですけどねえ。ほんの少し会わない間に、立派な親ばかになってしまって、もう」
ちくちく、といった調子で、口を挟んでくるハルナさま。態度とは裏腹、楽しそうな表情には、いつもと違った見た目相応の幼さが見え隠れしている。仲のいい友達だからなんだろうけど……
(そんな顔をされると、やっぱり元宮にそっくりなんだよなあ。他人のそら似で片付けるには……うーん……いやでも……)
「本来の生息地からはかけ離れたあの森にいたのも気になるし、後始末はきちんとするから勘弁してほしいな。お詫びの品も持ってきたし、これで手打ちということで」
「そんなもので騙されませんよ、もう………………え?」
これも神の権能なのか、なにもない空間から、なにかを取り出すゲイリさん。それはきらきらと光り輝く、ボーリングの玉にも似た、半透明のかたまりふたつだった。
「というか、ギンチチくんが受け取るべき、正当な報酬なんだけどね」
……これはなにか、すごいものだ。こうしてひと目見ただけで、独特の強い気配を感じられるくらいに。どのくらいすごいものなのかは、犬の俺にはわからないけれど……
「これほど上質な魔石塊は見たことがありません……もしかして、その獅子猪から……?」
「ハルナも知っての通り、魔物が秘めた魔力はその死の際に浄化され、魔石となって世界に還元されるからね。そしてその所有権は、あれを退治した彼にあるというわけさ」
「はあ……でも、いぬである俺がそれを持っていてもしかたがないですし……」
「わかっていないようだから言うけど、ヒトの社会でこれを売れば、一生遊んで暮らせるだろうね。いやいや、一生じゃ足りないかな?
……いやいやいやいや!? それはとんでもなくすごいよ!? 犬の俺でもわかるよ!?
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