18.神の座よりの使者
「ブフウッ!?」
それに縛られでもしたみたいに、化け物の体が硬直する。口を閉じはしたけれど、それでも落ちたらただじゃすまない……!
「とーうっ!」
聞いたことのない声とともに、ふわ、と体が浮く感覚。化け物を跳び越えてきた誰かが、俺をキャッチしてくれたらしい。いや違う、キャッチというか、くわえられてるんだ。
「……ふんっ! そのまま拙者に乗っていてくださいよ、リーダー!」
「わ、わふっ! ぽふっ!」
しゅたっと地面に降りたあと、子犬のあの子がされてたみたいに、ぽいっと投げられ背中に着地。オレンジ色の豊かな毛皮が、俺をゆったりと迎えてくれる。
この広い背中、揺るがない力強さ、俺とは違う大型犬か、さっきの狼さんみたいな、りっぱな人が助けに来てくれたんだ……!
「神の座より馳せ参じました! ポメラニアンというこの体、なかなかに力強いものですなあ! はっはっは!」
「……は?」
「おや、神から聞いてはいませんかな? 授けられたスキルにより、貴方の部下となるべく体を得たのが拙者ですぞ。群れを形成する以上、リーダーの種族を模しますからな!」
「いや、いまなんて言いました?」
「リーダーこそ、統率者として堂々としていてくだされ。そのような言葉遣いなど、部下には必要なきものです」
「ええ……じゃあ……いまなんて? ポメラニアンって言った?」
「ちいさな体ながらも仲間を見捨てぬその姿勢、感服いたしました! ふはは!」
豪快に笑うこの人は、確かにまるまるふっさふさ。いやでも、めちゃくちゃでっかいよ? ゴールデンレトリバーくらいあるよ?
……いやまて。確か聞いたことがある。
ポメラニアンは元々、大型から中型の犬種を品種改良して小型犬にしたものだと。その関係で、ごくまれに、先祖返りしてものすごくでっかく成長する個体が生まれてくるのだと。
ちいさくてかわいいポメラニアンは、おおきくてもかわいくないワケがない。大きさとかわいさをあわせ持つ、神に選ばれ愛されしポメラニアンのことを、人はこう呼ぶのだ。
――でかポメ、と。
いやまあ、それにしても大きすぎるけど。なんにせよ、パワーもスタミナもありそうなのは助かる。これなら化け物を振り切って、みんなと一緒に戻れるはず……!
「それでは、ちゃちゃっとあれらを退治してしまいますぞ! 少し揺れますが、拙者の頭にでも、しがみついていてくださいよ!」
「ちょっちょっちょっ! あれと戦うの!? 犬じゃ勝てないでしょ!?」
「このままでは厳しいでしょうなあ! ははは!」
「笑ってる場合!? ああもう、二匹とも来てるから!」
でかポメさんと話している間に、化け物は二匹とも体勢を整えている。どうやら怒っている様子、殺気のこもった昏い瞳は、俺たちを射貫いて離さない。
だけど、でかポメさんは悠々と。
あまりにも巨大な化け物の視線を、真正面から受け止めて。
「それでは行きますぞ……ゥヴァウッ!」
びりりと空気が震えるほどの、力強く頼もしい声。
そんな声を引き金にして、でかポメさんの大きな体が。
「……マジで?」
頭頂部に俺を乗せたまま、ぐんぐんぐんぐん大きくなって。
それこそ山にでもなったみたいに、巨大なものへと変化した。
「はっはっはっ! これこそが拙者の能力、でかポメの真骨頂ですぞ、リーダー!」
「でかポメってレベルじゃないでしょこれ!!!」
でっかい。お空が近い。下手したらこれ、高層ビルくらいあるんじゃない? そんな高さに周りを見れば……うわあ村が見える……あの赤い屋根、ハルナさまのおうちだあ……
「ブフ……ブウウゥ……」
化け物のうなり声が遠い。果敢にも突進してるみたいだけど、立場はすっかり逆転している。図式としては怪獣
「さあさあ、ご指示を!」
「でも、これなら……! あいつらをやっつけて、みんなを助けよう!」
俺の叫びに巨体が動く。返事の代わりに、巨大な前足を振り上げて。
「……ふんッ!!!」
気合いの入ったパンチを一発。質量の暴力をモロに受けてしまった化け物は、あわれにも強く吹き飛ばされ、ピクリとも動かなくなっていた。
「……勝利ッ! ですな! ガハハ!」
フン! と鼻を慣らしたあとで、でかポメさんが縮んでいく。どういう理屈になっているのか、巨大化しても木をなぎ倒したりはしていないみたいだ。
「危機は去りましたぞ! あとはお仲間の無事を確かめなくては!」
「みんな、無事か!?」
でかポメさんの体から降りて、みんなのにおいを探って歩く。化け物のにおいが邪魔をして……うまく嗅ぎ分けられないけど……
「だいじょうぶー」「たすかったー」「ありがとなー」
少し離れた岩の下から、元気そうな声がする。そんな声に安心しながら、岩の近くへ駆けよって。
「怪我してない? ここにいた仲間も大丈夫だった?」
「ちょっといたいけどー」「やくそうでなおるのだー」「くすりのちしきもほうふなわれわれー」「しんぱいごむようー」
言葉の通り声は元気で、強がっている様子もない。よかった、本当によかった……!
「それよりもいぬー」「きょだいさをかくしもついぬー」「ぎんちちもでかくなるよていー?」
「これは例外だから。こんなのできるのこの人だけだから」
「拙者、体が大きいことだけが自慢ゆえ!」
「あれはちょっとデカすぎるけど……だけど、助けてくれてありがとう!」
「申し遅れました、拙者『
ふわぁ、と光の粒になって、大きな体が消えていく。ありがとう……大二郎さん……!
その姿を見送ったとたん、がくん、と力が抜ける感覚。緊張の糸が切れた……だけじゃない、たぶんこれ、スキルを使った影響だ。神の使いを呼び出すのには、それなりの体力が必要になるんだろう。
襲い来る眠気に耐えながら、ステータスを開いてスキルをセット。これでいつでも帰れるんだけど……そうだ、みんなはどうするんだろう。
「こわいのはやっつけられたのだー」「なのでここをすみよくなおしー」「またここにすむしょぞんー」「なかまももどってくるだろうしー」「つちいじりはとくいゆえー」「まかせたまえー」
「そっか。そうだよな、住み慣れたところが一番だもんな」
「せわになったなー」「ありがとなー」「はるなにもよろしくなー」「みずみずしきあかいやさいー」「またもってきてもいいんだぞー」
「はいはい、伝えとくから。また村に来てもいいけど、畑はもう荒らすなよ?」
「ぎんちちもなー」「いつでもくるんだぞー」「それではなー」
バレットモールの気配が去って、静かな森にぽつんとひとり。いろんなことが押し寄せてきて、冗談抜きで疲れたなあ。
「……まあ、解決してよかった。村の人たちも……ハルナさまも喜んでくれるかな」
そう、なんとなくつぶやいたとたん。
ぱっ、と視界が暗転して。
「……!? わふ、わふわふっ!?」
「きゃあっ! ぎ、銀一さんっ!」
……やっぱりこのスキル、ちょっと感度が良すぎない? ちょっと言葉に出しただけで、あっという間に放り出されちゃうんだけど?
そんな、突然空中に現れたであろう俺を、ハルナさまはきっちりと抱き止めてくれた。優しい笑顔を見ているだけで、やっぱりすごく安心するなあ。
「た、ただいま帰りました……すみません、まだもう少し、帰還のスキルに慣れなくて……」
「いいんですよ、おかえりなさい……って、なんだか銀一さん、とってもボロボロで……ああっ、血が出ていますよ!? 怪我をしているんですか!?」
「あー……確かに体は痛いかも……それよりも眠くて……すみませんが、眠らせて……」
「もしかして、例の魔物が!? そうだ、さっき一瞬だけ見えた、大きな大きなあの犬はいったい!?」
「なにもかも解決したので、もう大丈夫です……いろんなことも、起きたら説明しますから……」
心配させてしまうことは申し訳ないけど、優しいにおいに包まれたのが致命傷。耐えられなくなった眠気に、まぶたが重くのしかかってきて――
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