16.銀の獣
「ちがうよ? かあさまだよ?」
しかもでかい。人間が背中に乗れるくらい、でっかい。思わず狼と言ってしまったけど、この常識外れなサイズはたぶんあれですね……魔物さんですね……俺なんて噛まずに丸呑みなサイズだあ……
命の心配を始めたところで、ふっと狼の視線が優しくなる。駆け寄っていく娘のしぐさで、無事がわかったからだろう。
「まったく……この子は……」
ややハスキーでボーイッシュな、迫力のある声がひびく。でもお尻では尻尾がぶんぶん……娘を見つけて嬉しいんだなあ……
「こわかったけど、ぎんちちのおにいさんがたすけてくれたの!」
「迷惑をかけてしまったようだね。本当にありがとう」
「いえいえ、怪我がなくてよかったです! こちらこそ、旅の道連れができて楽しかったですし」
これは気をつかった言葉ではなく。犬の本能的なものなのか、仲間がいればなんだかとっても居心地がよかったのである。この世界で初めての子犬(?)仲間ならなおさらだ。
「キミは…………犬…………だね? 旅って、こんなところでいったいなにを?」
「ちょっとした事情があって、森の奥を調べに来ているんです。そうだ、森の様子がどこか変だとか、知っていることはありませんか?」
「うーん、このあたりは僕の管轄ではないから、詳しいことはわからないけれど……言われてみれば、昔来たときははもっとにぎやかな森だったかな。生きものたちみんなが息を潜めている、そんな気配も感じるね。できることなら、同行してあげたいけれど……」
「いえいえ、その子をおうちに帰すのが先ですから。お気づかい、ありがとうございます!」
「この先へ進むつもりなら、十分に気をつけるんだよ。さあ、僕たちはそろそろ行こうか」
「はーい! ……わあっ! びっくりしたあ!」
はむ、と女の子をくわえた狼は、首を振り上げたその勢いでお空へぽーい。ぽてん、と背中に落ちたその子は、きゃっきゃと笑って跳ねている。
「ぎんちちのおにいさん、ばいばい、またね!」
「落ちないようにねー!」
そうして親子は森の奥へと、見送る間もなく姿を消した。そのとたん、話し始めるのはバレットモールのみんなで。
「すごいなー」「おくせずはなすぎんちちー」「みなおしたー」
「いやまあ、俺もかなりビビってたけど。気さくな感じの人で良かった……」
「びびったというかー」「すごいなー」「いぬすごいなー」「こうしょうにんー」「おそれいるー」
なんだかちょっと「尊敬」のにおいがする。うーんまあ、彼らにとっては捕食者だったのかもしれないし、俺以上に身構えてたのかも。間違いなく肉食だよね、あの狼さんって。
「さてと、それじゃあ俺たちも進まないとね。これ以上の寄り道はしないから、案内よろしく」
「すぐそこだしー」「まかせろー」「すごきいぬー」「すごさをもついぬー」
「なんで妙に持ち上げてくるの……」
そうして俺たちは、静かな森を進んでいく。目的地までは……あとすこし!
※ ※ ※
「まったくうちのお姫さまは、本当にヒヤヒヤさせてくれるね。無事だったから良かったものの、もう勝手についてきちゃあダメだよ?」
「はーい。でも、かあさまのせなか、いつもよりちいさいね?」
「よく考えてごらん。いつもの大きな母さまなら、この森に入れないだろう?」
「そっかー。ぎんちちおにいさんも、すごくちいさかったもんね!」
「そうだね。不便だろうに、どうしてあんな体に入れてしまったのやら。見ていて面白いからとか、そんな理由なんだろうけど」
「わかんないー。かあさまのおはなし、むずかしいね」
「ああ、ごめんね。お兄さんはがんばっていると、そう思っていたんだよ」
「またあえるかな! あのね、あのね、ぎんちちおにいさんね、つよくてね、かっこよくてね、にょろにょろにもまけなかったんだよ! もしかして、おうじさまかも!」
「こんなところまで、お姫さまを探しに来たんだものね。苦労の連続だろうし、お前を助けてもらった恩もある。だったら少し、手助けをしてあげるべきかな……ねえ?」
そうして狼は森を抜け、真っ青な空を仰ぎ見る。
この世界を――銀一を『視』ているものの存在を、確信しているかのように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます