15.ポメラニアン、毒ヘビをふりまわす

 バレットモールの案内のもと、心までどろぼうになりきりながら進むことしばし。


「とまれー」「うごくなー」「まえをみろー」「まえだけどちょっとみぎー」

「はいはいちょっと右……って、あそこ!」


 指示されたそこには、朽ちて折れたであろう丸太が倒れていて。


「うう……ぐすん、ひっく」


 そこに身を隠している、ふるえるちいさな影がひとつ。心細そうに泣いているのは、俺と似たフォルムを持つ四足の獣。不安に耳を折り曲げ、しっぽを垂れさせているその子は。


「子いぬじゃないか! どうしたんだろ、とにかく助けてあげないと!」

「まてー」「だめだぞー」「そのままだぞー」

「なんでだよ……って、うわっ!」


 飛び出してきた新たな影に、思わず声を上げてしまう。体は細く長く、舌を伸ばしながら鎌首をもたげるその姿――十数匹の、ヘビの群れ。


「わああああんっ! かあさまっ、かあさまーっ!」


 パニックを起こして動き回る子犬を、ヘビの群れは逃がさない。飛びかかるようなことはせず、ゆっくり確実に包囲していく。


「あぶないどくへびー」「あいつがやられてるあいだにすすむー」「いちばんあんぜんー」

「言ってる場合か! 早く助けに行かなきゃ!」

「このよはじゃくにくきょうしょくぞー」「「にげるちからもなければー」「いきてはゆけぬゆえにー」「ぎんちちはよわそうー」「かえりうちー」

「そうかもしれないけど……でも……」


 ぎりりと奥歯を噛みしめる。確かに今の俺は、爪も牙もちんまりとした、戦う力を持たない子犬だ。

 だけど。もしもここに元宮がいたなら。ちいさな子供が困っている、そんな状況に出くわしたなら。

 彼女は絶対に、その子を見捨てたりなんかしない。

 だから俺も、そんなことはできない!


「ぐるるるる……わんっ!!!」


 敵意をあらわに吠えながら、ヘビの群れへと突撃する。ヘビたちの判断は速く、すぐに標的をこちらに変更。ミサイルみたいな勢いで這い迫り、俺の喉元へその牙を――


「!?!?!?!?」


 突き立てようとしたところで、するりと体を抜けてしまう。衝突の瞬間、俺は動きをピタリと止め、スキルで体を透過させていたからだ。


「よわいものいじめをしちゃ……いけません! そりゃー!!!」


 つまり、俺とヘビは完全に行き違った形になる。こいつらが態勢を整える前に、尻尾をまとめてむんずとつかみ、カウボーイの縄みたいにぐるぐる回して遠くへぽーい! おりゃー!!!!


「あわ、あわわわわ……」

「もういっぱーつ! でいりゃー!」


 とはいえ、このまま全滅させようだなんて思っちゃいない。突然現れた犬が立ち上がり、奇声をあげながら仲間を振り回しているという状況にヘビ(と子犬)がビビっている間に……!


「ふがふが! ふんがっふ!(逃げるよ! がんばって!)」

「わあっ!」


 子犬の首をかぷっとくわえ、一目散に走って逃げる!


「こうなってはしかたなしー」「いそげー」「あんぜんはこっちー」


 バレットモールの指示を聞き、走り続けること数分。


「ふが……ふんがふっふが……(もう……大丈夫かな……)」


 口の力をゆるめて、子犬をそっと地面に下ろして……あー疲れた……ぜえ……ぜえ……


「もう、こわいの、いない……?」

「えらいぞ、よくがんばったなあ」


 よしよしと頭を撫でてあげて……いやこれ犬同士の作法としてどうなんだろう。まあいいや、もふもふ。わあ……ふわっふわの赤ちゃんの毛だあ……


 生まれたてではないだろうけど、この子は俺よりもう一段階幼く見える。毛の色はきれいに整った、灰と白の二本立て。全体的にまるまるっとはしてるけど、健康的なぶっとい足は将来の立派な体格を約束してくれている。顔つきはといえば、シュッとしたかっこいい鼻まわりと、ピンととがった大きな耳が特徴だ。

 愛嬌のあるほほえましさと、般若のようなきびしさをあわせ持つ。かわいいとかっこいいが同居したこの子の犬種は、ずばり疑うまでもなく……シベリアンハスキー!


「でも、どうしてこんなところに? お父さんやお母さん、兄弟は?」

「……わかんない。かあさま、どこ……?」

「迷子かあ。どうしたもんかな……とりあえず、きみの名前は?」

「おなまえ……かあさまは、おひめさま、ってよぶよ?」

「なるほど。お兄さんは銀一です。ぎんいち、言える?」

「いえるよ! ぎんちち!」

「やっぱりそうなるかー。よし、ぎんちちお兄さんが、かあさまを探してあげるからね」


 俺がポメラニアン一年生なら、この子はハスキー幼稚園児。じゃあここで、と見捨てるなんて、さすがに寝覚めが悪いだろう。


「よりみちー」「あぶらをうるー」「しめいをわすれしいぬー」

「しかたないでしょ、こんなにちいさな子供なんだから。犬仲間としても放っておけないし」

「ぎんちちとぜんぜんちがうしー」「いぬとちがうとおもうけどなー」「でもなかまかー」「ならしかたないなー」「なかまはだいじゆえなー」

「わあ! つちのなかから、こえがするよ!」

「仲間のもぐらさんたちです。じゃあええと……ちょっとごめんね」

「きゃはは、くすぐったーい!」


 この子の体をくんくんくん、手掛かりはないかと嗅ぎまわる。この子自身のにおいのほかに……あっこれだ、なんかすごい『つよいぞ』って感じのにおいがする。風に乗って……同じにおいが……すんすんすん……


「……わかった、こっちだ。かあさまのところまで、がんばって歩こう?」

「こわいよう。またにょろにょろがでたら、いやだよう……」


 足どころか体じゅうを震わせ、泣きそうな顔を向けてくる。この子の気持ちもわかるけど、早く母親に会わせてあげたいし。怖さを忘れる、なにか楽しいこと……よし、あれだ!

 そうと決めたらさっそく実践、二本の足で立ち上がる。神の祝福の効果なのか、実はこのポメラニアンボディ、二足歩行もわりとイケるのである。


「どうしたの、おこったの……?」

「そうじゃないよ。お兄さんが先を歩くから、ついてきてって……ほら」


 はてな、と首をかしげる子犬と向かい合いながら、スルスルと後ろ足を動かして……


「え、えええー!? なにそれ、なにそれー!」

「ふふふ……近くで見てたらわかるかもしれないよ?」

「まえにあるいてるのに、うしろにあるいてるー!」


 いま必殺の(ダンス部だった元宮さんの練習に付き合っているうちにマスターした)ムーンウォーク! 犬の体できれいにキマるとは思ってもいなかったけど!


「いぬ……」「いぬ……?」「なんだそれ……」「いぬ……」


 バレットモールのみなさんはちょっと引いていらっしゃる。でも、子供には効果抜群で。


「こんなの、かあさまもできないよ! すごいね! すごいね!」


 俺の足にじゃれつきながら、楽しそうについてくる。作戦大成功である。


『ぷぷ……ちょっと君、シュールすぎるよ……すごい技術だけど……ぷぷぷ……』


 なんか神の声が聞こえた気がするくらい大成功である! ポウッ!


「もっとー! もっとやってー!」

「それはきちんと、かあさまのところまで歩けたらだなー。それより、きみのことを聞かせて? どうしてひとりで、こんなところに来たの?」


 しゅた、と四足歩行に戻りながら、あらためて目を合わせてみる。きゃっきゃと笑顔を見せながら、その子は体を寄せてきて。


「おうじさまをさがしに、ぼうけんしにきたの! おうじさまはとおくにいて、おひめさまとけっこんするんだよね! おいしくてたのしいのかな、おうじさま!」


 おおっと、おませさんでいらっしゃる。でもたぶん、王子さまがなんなのかはわかっていないご様子だぞ。


「それでね、それでね、おでかけするかあさまのせなかにのってね、かくれてきたんだ! ばれなかったんだよ、えらいでしょ!」

「へええ……でも、次ははきちんと話してから来るんだよ? きっと心配してるんだから」

「えへへ、ごめんなさーい。かあさまのせなか、おおきくてふかふかで、だいすきだから!」


 ……シベリアンハスキーの成犬って、この子が隠れられるほど大きかったっけ? 軽くてちいさな赤ちゃん犬だし、意外とバレないものなのかなあ。


「おにいさんも、おうじさまをさがしにきたの?」

「俺が探してるのはお姫さまかなあ。きみじゃない、もうひとりのお姫さま。大切な人なんだけど、どこにいるのかぜんぜんわからなくてさ」

「ふうん、よくわかんない!」

「ははは、だよなあ……っと、よかった、近くにいたみたいだ」


 つん、と鼻に来るくらい、ちょっと刺激の強いにおい。この子のお母さんのものだけど、心配する気持ちが現れているみたいだ。


「かあさま、かあさまのにおいだ! わーい!」


 この子の声に反応するみたいに、がさ、と向かいの茂みが揺れる。するどい眼光を向けながら、そこから顔を出したのは。


「……おお、かみ……?」


 シベリアンハスキーとは似て非なる、銀の毛並みを持つ獣だった。

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