13.元宮桜子の日記
【
【日付を書いて思い出す。日本語を忘れてしまないように、と日記を書き始めたのも、たしかこのくらいの時期だった。何年前のことになるのかは……やめやめ、考えてはいけない。わたしはいまだに身も心も汚れなき乙女、みずみずしくハリのある十代なんだから。
そう。みずみずしくハリのあるといえば。
犬の琴吹くんにも、色仕掛けは、効く!!!!!!!!
いや仕掛けたわけではないんだけど。たまたまなんだけど。ちょっと無防備な服を選んでみたのは確かだけども。
見ましたかあの露骨に私から目をそらしていた姿。正面に回ると露骨にぷいっと遠くを見てしまうあの仕草、なんだかわいすぎか????????? そんなに意識してもらえるのなら、こちらも体型をエディットした甲斐があったというものだが???????
それに、外ではこの格好をしてはいけないと。しませんよ? あなた以外に見せるつもりはありませんよ? だからこれからは毎日いっしょにお風呂に入りましょうねえ……ゆくゆくは薄い布なんて取っ払ってしまって、裸のつきあいをねえ……いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやそれはまだまだはやいはやいはやいはやいはやいまってまって乙女乙女。
……と、はしゃぐのはいいけども。神様がくれたこの体、なにもしなくても保てるというわけでなはく。
ぶっちゃけ太る。太るし垂れる。この世界の服はゆったりとしたものが多いけど、それにあぐらをかいていてはだめ。この体型、なんとしても
……ごほん、そんなことを書いている場合ではない。今日いちばん重要だったことは、琴吹くんの被呪解除の条件が明確になったことだ。わたしはワンちゃんでもかまわないけど、やっぱり人間に戻れたほうが、彼にとってはいいもんね。
そう、被呪は条件を満たすことによって解除できる。『神様は乗り越えられない試練を与えない』とはよく言われるけど、この世界におけるそれは、ただの心構えじゃない。現実として、神の御業には必ず理由と対応策があるのだ。
とはいえ、被呪を解除できたという話は数えるほどしか聞いたことがない。大抵の御使いは、その条件すらわからないうちに一生を終えてしまう。何百年を生きたわたしでも、自分の解除条件は手掛かりすらつかめていない。
あんなふうに指針を示してもらったり、ときどき話をしていることからも、琴吹くんは神様にとても気に入られているんだろう。ふふ、なんだかうれしいな。
過去のわたしは思い出にすると、神様にはそう言ったけど。
わたしもいつか、被呪を解除することができて。
琴吹くんにわたしだと、大好きなんだと、伝えられる日がくるんだろうか。
とにかく。その日が来るまで、わたしは正体を知られるわけにはいかないのです。なので領主のみなさんには本当にお手紙を送ります。茶番に付き合わせてしまうこと、本当にすまないと思っている。いるがまあ、いろいろお世話した人ばかりだからゆるしてね。
この日記? 琴吹くんとの同棲……成長日記も兼ねるんだし、なにより前世との唯一の繋がり、言葉を忘れてしまうのは怖い。だから続けるつもりだけど、もし見られたら一発で詰む。冊子だけじゃなく、机にも鍵を付けたほうがいいかな。引き出し自体も二重底にして……下からシャーペンの芯で押し出さないと燃えるような仕組みを開発し】
そこまで書いて、はたと、気づく。
「……ああああああっ!!!!!? しまったァァァァァァッ!!!!」
あわてて口元を手でふさぐ。夜中に叫んでしまったけど……よかった、琴吹くんが起きてくる気配はない。
そう、琴吹くんだ。琴吹くんの、説明書だ。
冗談みたいにふざけている、神様からの贈り物。なんだかんだで役に立つけど、お節介がすぎるそれ。
それは、日本語で書かれていた。
なのにわたしは、すらすらとそれを読んでしまっている。
『私の姓である『コトブキ』も、祖先が祝いごとの際に異界から来た御使いより授けられたものだとか。彼らの故郷では絵柄でそれを表すこともできて、たしかこんなふうな……ご存じですか?』
漢字なんて知りませんよって、そんなムーブを行ったのにもかかわらず、だ。
「罠……ッ! 神の仕掛けた
いや悪辣は言いすぎか。でもまあ、やってしまったことは間違いない。
幸いなことに、琴吹くんはこの
「もしそこを聞かれたら……普通に読めますよ? で通しちゃおう、そうしよう」
人生、大半のことはゴリ押しでなんとかなるのだ。力こそパワー、パワーこそゴリラなのだから。実際、あれは神様が用意したもの。不思議なことが起こったとして、なにも不思議じゃないはずだし。
「銀一さんのことが好きだから、通じ合う人には読めるのかもしれませんね、とか言っちゃうかあ……ドゥフフ……っと、さすがにそろそろ眠らないと、明日は朝が早いもんね」
日記を閉じ、鍵をかけ、引き出しの奥にしまい込む。
誰に見せるつもりもないし、見せられもしないものだけど。
「いつかこれを読みながら、ふたりで笑いあえたら、いいなあ」
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