12.ポメラニアン、冒険の旅にでる(日帰り)

 そうして。ひとしきり体を触ったあと、その手が横に伸ばされて。


「次は銀一さん自身のお話ですね。ここを読んでもらえますか?」

「これは……俺の説明書ですよね」

「すみません。失礼だとは思ったのですが、先に目を通させてもらいました」

「それは構わないんですけど……なんですかこれ、解除済み実績一覧……被呪解除条件!?」

「さまざまな目標を達成すれば、銀一さんにかけられた被呪は解除される……人の姿に戻れる、そんな意味だと思います。確認ですが、銀一さんはそれをお望みなんですよね?」

「そうできるのなら、もちろん!」

「では、そう理解したうえで、ここを見てください」


 冊子の後半に並んでいるのは、ほとんどが黒塗りや歯抜けにされた、数十にもなるたくさんの文字列。ゲーム好きな神様のこと、達成して初めて表示されたり、ほかの条件のクリアによって開示されたりするんだろう。

 そんなミッションの羅列の中で、ほぼすべての文字を読み解けるものがひとつ。




【ルリハルナ村の困りごとを○件解決しよう】




「ルリハルナ村……ハルナさまのお名前が入っていますけど、この村のことですか?」

「百年ほど前でしょうか、この村の立ち上げの時に、ほんの少しだけお手伝いをしたんです。私はやめてと言ったんですが、ぜひその名前をと当時の村長がきかなくて」


 謙遜して笑うけど、普通は村に名前はつかない。もしかしなくてもハルナさま、俺が思うよりはるかにすごいお人なのでは……?


「つまり、これが最初のお話へと繋がるんですね。この村で生活をして、村の問題を解決すれば、俺にもメリットがある、と。そういうことなら、断る理由はなにひとつないです。さっきも言ったとおり、なにができるのかはわからないですけど……」

「今日も大活躍だったじゃないですか。銀一さんがいなかったら、バレットモールの件は解決の糸口すらつかめていなかったと思います」

「そういえば、このあとはどうするんですか? 原因になっているなにかをやっつけるんですよね?」

「そのためにも、まずは現地に行っての調査が必要になるのですが……現時点では、村人への直接の被害は出ていません。ですから、領主さまに解決を依頼するにも、緊急性が低いと判断されてしまいかねないんです」

「事件が起こらないと警察は動いてくれない、みたいな感じですか」

「危険な獣が居座っている可能性がある以上、村人だけで調査に向かうわけにもいきませんから。とはいえ、私的に傭兵や冒険者の方々を雇う余裕もありません。そのあたりをどう説得するか、いい考えが浮かばなくて」


 わりと煮詰まっているんだろう。両手で包み込むみたいに俺の顔を挟んだハルナさまは、遠くを見ながらひたすら頬毛をわしわしわっし。いいんですよ、俺のモフ毛でよければ、いくらでもストレス解消に使ってください……撫でられるの気持ちいいですし……わふわふ……


 と、まったり気を抜きかけていたら。


「はなしはきかせてもらったー」「そういうことならあんないするー」「すみかだったもりへー」「そんなにとおくないしー」「ぎんちがしらべにいけー」「ぎんちちがいけー」

「……は? え、なんで? どこから?」

「急にきょろきょろして、どうしたんですか?」

「バレットモールたちの声がするんです。においも気配もしないのに、はっきりと」


 聞こえるというか、耳元でささやかれているような……いやこれ、頭に直接響いてる……?


「われわれは『ねんじて』はなせるのだー」「このくらいのきょりならよゆー」「はなすのもきくのもよゆー」「せまくてくらいつちのなかにくらべればー」「らくしょー」

「……だ、そうです。俺が通訳しなくても、言葉は理解していたみたいですね」

「賢い種族ですから、ありえなくはないですね……でも、どうして銀一さんを?」

「ぎんちちとしかはなせないしー」「ちいさくてちょこまかしてそうー」「にげあしがはやそうー」「においもけものー」「よわそうだしにんげんよりー」「けいかいされないのだー」

「なるほど、確かにそれは一理あるかも」

「でも、他種族の縄張りを荒らすような、乱暴な獣なんですよ!? もしも見つかってしまったら、銀一さんだってどうなってしまうか。それならせめて、私も一緒に」

「ハルナさまはここにいてください。危なくて逃げ出すとき……というか、帰ってくるときには『帰還』のスキルを使おうと思うんです。そうなると、一緒だと意味がありませんから」

「ぱっときえるやつなー」「みてたー」「べんりー」「いぬすごいなー」

「この村に住む以上、俺だって役に立ちたいんです。ぜひ、やらせてください」


 顔を上げ、じっとハルナさまの目を見つめる。そのままたっぷり、三十秒ほど。


「……わかりました。危険を感じたらすぐに戻ってくると、約束してくれるのなら、ですが」

「もちろんです! 知ってるでしょ、俺には大切な目的があるんですから」

「ふふ、そうでしたね。それでは銀一さん、バレットモールのみなさん、よろしくお願いしますね」

「まかせろー」「あかるくなったらしゅっぱつなー」「はたけにしゅうごうなー」「やさいおいしかったぞー」「あかくてみずみずしいやつー」「ありがとなー」


 だんだんと声が遠のいて、とある時点でプツっと切れる。なるほどなあ、これが魔物が魔物たる『ふしぎな』生態ってことかあ。


「そうと決まれば、今日は早めに休まないとですね。よく食べて、よく眠る。一番大事な旅の準備は、結局のところそれなんですから」

「旅、と言うほどのものでもないですけどね……ですよね?」

「大丈夫、子供が遠足に行く程度の距離ですよ。さあさあ、それではお夕飯にしましょうか」

「机の上は片付けておきますね!」


 笑って離れていくハルナさまを見送りながら、お手紙の束をまとめていく。そうだ、俺の説明書もきちんと読んでおかないとなあ。重ね重ね思うけど、俺の説明書ってなんだよ。


 急に決まった重大ミッション、この体での初めての旅。きちんと仕事ができるのか、みんなの役に立てるのか、不安がないとは言えないけれど。

 もしかしたら、なにか元宮の手掛かりが見つかるかもしれないし。

 案ずるより産むが易し。せいいっぱいがんばろう! わっふ!

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