09.ポメラニアン、もぐらになる そのさん
――その結果、生き埋めになったいぬがわたしです。前にも後ろにも進めません。
「にゃーん」
ねこのふりをしても状況は変わりませ……口を開けたら土が入ってきたぺっぺっ。
どうやら俺は体だけでなく、頭もしっかりポメラニアンになっているらしい。『信頼した人間の役に立ちたい』と感じてしまえば、はしゃいで暴走しちゃうみたいだ。これからは気をつけないとなあ……
そう、埋まりながら反省していたら。
「……っ!? 急に明るく……あっ!」
思わず声を出した瞬間、目の前にスロットが現れる。これが出てきたということは、ガチめのピンチなんだろう。ぐるぐると景気よく回るそれは、ぴたぴたぴたっ! と揃って止まって。
――――――――――――――――――
・高速移動【身体機械化】(SR)
・帰還【宿り】(R)
・金剛召喚【修羅王/羅刹王】(SSR)
――――――――――――――――――
……レアリティがついてる。ちょっとだけ親切になってる。
『前回のメンテでアプデが入ったんだよ。見やすくなってありがたいよね』
「アプデとはいったい……」
『おっとと、危ない危ない。今の私はただの録音、君に干渉はできないんだった』
すん、と神様の言葉が遠のく。なんだか視線を感じるから、こっちを見てはいるんだろうなあ。
「で……ええと、またここから選ぶんだよな。SSRということは、強くてレアではあるんだろうけど……」
ぱっと見て目を引くのは、やっぱり虹枠の金剛召喚。いやなんだよ金剛召喚って。アイコンがデフォルメじゃなくてリアルな仁王像みたいなんだけどなにを喚び出すんだよ。
「怖すぎるからパス。じゃあ次は……この前もあったな高速移動……」
しかし前回とは違い金枠。アイコンを見れば、スーパーなロボット的なものが火を噴きながら空を飛んでいる。よく見たら拳も発射されてるけど……高速移動とは……?
『おおっと、お目が高い。それは体を鋼鉄のメカにバージョンアップさせるスキルでね。食事も睡眠も必要がなくなるし、背負った移動用のブースターはそのまま必殺のキャノン砲にもなる。走攻守がワンパッケージで強化される、序盤に引ければ選ばない理由のない、攻略サイトではランクSSがつくものだよ。君が埋まった土を掘り返すどころか、成層圏まで打ち上がるのも余裕だね!』
神様でもロボの魅力には抗えないのか、設定を忘れてめちゃめちゃ語って……いやなに? いま攻略サイトって言った? 人の人生をまとめサイトにするのやめよ?
それに、メリットしかないような言いかたをしているけれど。
「バージョンアップって、元の生身に戻れますよね?」
『………………ふふっ』
「わかりましたぽちー」
『ああっ、夢にまで見たメカ銀一がっ!』
犬になってしまったとはいえ、生物のカテゴリから出るつもりはない。唯一動かせる鼻先で、残った最後のアイコンをタップする。
帰還【宿り】。宿りとは、旅先の宿や仮住まいを指す言葉のはず。古文大好き元宮さん(好きな歴史上の人物は
だとすれば、俺の『帰還』する場所はひとつしかない。
「……っぷう、わ、わふうっ!?」
きっとハルナさまの家……いやあれっ!? 空中だぞこれっ!?
「きゃあっ、ぎ、銀一さんっ!?」
「わふふふっ、わ、わん……」
ひゅるるる、とすこし落下したあと、ぽふん、と柔らかく抱きとめられる。安心できるこのにおい、受け止めてくれたのはハルナさまだ。
「土が崩れるような音がしたと思ったら、銀一さんが目の前に落ちてきて……!」
「た、助かりました。ちょっと生き埋めになっちゃいまして……でもそのおかげで、新しいスキルを習得したみたいです。いつでもハルナさまのところに戻ってこられる、そんな能力ですね」
すんすんすん、と鼻を慣らせば、包み込むようなおうちのにおい。なるほど、今の俺は彼女そのものを、戻ってくる場所だと認識しているみたいだ。
「って、泥だらけですよね! すぐに降りますから!」
それに混じった土のにおいに、あわてて身を乗り出すけれど。
「スキルを得たって、命が危なかったってことじゃないですか!」
強く強く抱きしめられて、腕の中から出られない。ぽたぽたとこぼれてくる雫は、ハルナさまが流した涙だ。
「だからダメだって言ったのに! もう二度と、こんなことはしないでください!」
「す、すみません……約束します、勝手なことはもうしませんから」
「もし約束を破ったら、室内犬にしちゃいますからね? 首輪をつけて、お外に出すのは禁止で、ずっと私のお家で暮らしてもらいますからね?」
「わかりました、わかりましたからはなして……そろそろいきが……そのまえに折れ……」
「あっ……」
やっと拘束がゆるむ。よかった、このままだと間髪入れずに新たなスキルを得てしまうところだった。
「す、すみません……混乱してしまって、それで」
「いえいえ、悪いのは俺ですから。ハルナさま、けっこう力が強いんですね」
「……ちがいます。私はか弱い乙女なおばあちゃんなんです」
ふふ、とふたりで笑いあう。そのままハルナさまは、俺を抱っこしながら歩こうとするけれど。
「……っ! すみません、下ろしてください!」
「あっ、銀一さん!?」
ぴょん、と地面に降り立ちながら、漂ってきたにおいの元を確かめる。このにおい、穴に充満してたのと同じ……ええと……あそこだ!
「どうしたんですか? そこになにかあるんですか?」
「すぐ下にバレットモールがいます! ちょっと掘れば……ほら!」
軽く地面を掘り返すだけで、ぼこん、と深い穴があく。奥には明らかに土ではない、ごそごそと動くかたまりが見えた。
「ひえー」「へんないきものー」「みつかったー」「にげろー」
「変ないきものじゃなく、ただのいぬだよ! なにもしないから逃げないで!」
「いぬー?」「しってるー?」「しらないー」「でもはなせるー」「じゃあなかまー?」「わかんないー」
聞こえてくるのは子供みたいな、舌っ足らずの高い声。複数聞こえることからして、群れでここに来てるんだろう。
「いけそうですね。しっかり話せますし、逃げようとする動きも止まりました。出てくる気配はありませんけど……」
「それで十分です。それでは、私の言葉を彼らに伝えてもらえますか? 怖がらせてしまわないよう、穴からは離れていますから」
「了解です!」
なのでここからは、同時通訳・琴吹銀一でお送りします。
「あなたたちは、どうしてここに? もとの住処はどうしたんですか?」
「おいだされたー」「こわいのがきたー」「あばれたー」
「こわいの? あのあたりは凶暴な獣のなわばりではありませんよね?」
「みたことないのー」「おおきいのー」「きゅうにきてー」「たべものどくせんー」「きばとつのでいじめてきてー」「なかまもやられたー」
「それじゃあやっぱり、住むところに困って、ここに?」
「つちもふかふかー」「みずもちかくてー」「すみやすいー」「すみよいー」「やさいもおいしいー」「いろいろあってべんりー」「ここをわれわれのー」「すみかとするー」
「……なるほど。あなたたちの事情はわかりました。でも、ここに住み着かれてしまうのは、私たちとしては困りますねえ……なら……」
バレットモールの言葉を聞き、ふうむ、と思案するハルナさま。腕を組み、空を見上げて、口の中だけでなにか言ってるそのしぐさには見覚えがあって。
……元宮も、同じポーズで考えごとをしてたんだよなあ。
「銀一さん? じいっと私を見て、どうしたんですか?」
「あっいえ、ちょっとぼうっとしてました! それで、どうするんですか?」
「そう……ですね。それでは、このように伝えてもらえますか?」
そうして、ハルナさまが出した答えは至ってシンプル。
「私たち人間が『こわいの』をやっつけちゃいます。そうすれば、もといたところに戻れますよね?」
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