04.被呪と祝福

「……は?」


 あれ、喋れる。じゃあなに、また死んで、あの空間に逆戻り?

 そう思って辺りを見る。まるで時が止まったみたいに、なにもかもが静止している。神様の姿はなく、声だけが頭の中に響いているような状態だ。


「なんですかどういうことなんですか」

『君が背負ってしまった被呪カースは、【人でありながら犬の体を持つ】こと』

「そうですよなんなんですかこれ聞いてませんけど」

『与えられた祝福ブレスはなんと、とってもレアな【スキル獲得】! 君に話した、ちょっとしたボーナスの正体がこれだよ! うまく使えば彼女との再会も夢じゃないからね!』

「人の話を聞け!!!」

『あ、そうそう。これは録音みたいなもので、質問に答えたりはできないからね。そう興奮しないで、まずは落ち着いて聞いてほしいな』


 ……なんなのこの人めっちゃムカつくなおい。


『絶体絶命のピンチに陥るたびに、君の前にはみっつのスキルが現れる。ランダムに選ばれたそれから、任意のひとつを獲得できるというわけだね』


 その言葉を待っていたように、目の前にみっつのアイコンが浮かぶ。ぐるぐると絵柄が回転するそのさまは、完全にゲームのスロットだ。


『選択中は外界から切り離されているから、焦る必要はないからね。アイコンが止まるのを待って、ゆっくり選ぶといいよ』


 言ってるそばから回転が止まり、みっつの絵柄が現れる。デフォルメされた人間が、なにかをしているようなそれは。



 ――――――――――――――――――


 ・意思疎通【会話】

 ・高速移動【天空】

 ・業火【煉獄】


 ――――――――――――――――――



『注意点がいくつか。選ばずにパスすることはできない。選ばなかったものを次回へ持ち越すことはできない。獲得したスキルを捨てることはできない。スキルの詳細を知りたい場合は、それを可能にするスキル、またはそれに準ずる道具が別に必要となる。こんなところかな』

「わりとクソゲーですね?」

『そのほうが面白いだろう? それじゃあ、がんばってね!』


 普通に会話を成立させながら、神様の声が遠のいていく。相変わらず時は止まっていて、俺だけが動けるような状態だ。


「……でも、足は動かないな。このスキに逃げる、みたいなのはダメか」


 正確には、見えない壁がすぐそこにあるような感じ。この状態でできるのは、前足を伸ばしてアイコンをタッチするくらいだ。


「詳細はわからない……ってことは、名前と絵柄から判断するしかないんだよな」


 ふむ、と短い腕を組む。目を皿のようにして、出てきた絵柄を凝視する。


 最初のアイコン、意思疎通【会話】。ふたりの人物が話をしている、ただそれだけのシンプルなものだ。

 次のアイコン、高速移動【天空】。スーパーマンのように空を飛ぶそれは、枠だけが銀色に光っている。


「レア度の表示……? 完全にゲームだなこれ……」


 その推測で行けば、最後のアイコン、業火【煉獄】は文字通りアツい。手から火を放つような絵柄を持つそれは、枠と背景が虹色に光り輝いていた。


「どう見てもSSRだけど……あれ、もうひとつある?」


 それらからすこし離れた場所に、もうひとつのちいさなアイコン。それは絵柄ではなく『忘却』と文字が書かれているだけだ。


「スキルリセット的な……? いやでも、スキルは捨てられないって言ってたし……まあいいや、これはいったん放置として」


 素直にレア度(?)を信じるのなら、業火を選ぶべきなんだろう。とはいえ、この状況を打破する正解かどうかは怪しい。村人のみなさんを焼き尽くしたとして、待つべきものは邪悪な魔物ルートまっしぐらだ。


 高速移動。逃げるのならこれなんだろうけど、逃げた先でも同じことが起こるに決まっている。たぶん飛ぶ系のスキルだろうし、便利だとは思うけど……これも選ぶべきじゃない。


 と、いうわけで。


 意を決して手を伸ばす。俺の思ったとおりなら、たぶんこれが最適解……!

 そのアイコンに触れたとたん、世界のすべてが動き出す。顔を上げ、目の前の相手をはっきりと見ながら。


「待ってください! せめて事情を説明させてもらえないかと!」


 ……言えた! やっぱりこれは発話のスキルだ!


「……ッ!?」


 ぴた、と全員の動きが止まる。驚いてくれているうちに、ここは一気にたたみ掛ける……!


「私は人畜無害なただのいぬです! 友人を探そうとしているうちに、気づけばこの場所にたどり着いてしまいまして! あなたたちや作物を害する気は一切ありませんので、どうか見逃してはいただけませんか!」

「犬……」

「人畜無害なただの犬……」

「ただの犬が……しゃべるか……?」

「それはごもっともですが! ええと……つい今しがた、神様? から『祝福』をいただきまして、それで話せるようになりました!」

「なっ……!?」


 どさ、と農具が落ちる音。一番近くにいるひとりが、驚きに目を見開いている。


「動物の……『御使い』さま……!?」

「でもその、化け物のようなみにくい姿は……!?」

「ばっかお前、それこそが『被呪』なんだろ!」


 ……なんかこう、想像以上に効いてるな? 神様のネームバリュー、すごいな?


 そう思っているうちに、じわじわみんなが下がりはじめる。困惑半分ビビり半分、今すぐ逃げ出したいけれど、そうすることもできないような、なんとも複雑な表情だ。


「知らなかったとはいえ、御使いさまに手をあげてしまうなんて」

「謝って許してもらえるかどうか……わかった、最悪の場合、俺が命を差し出すから」

「退治するって言ったのは俺だよ。だから、俺が行くべきなんだ」

「お前にはあの子がいるだろ。いいんだ、俺には恋人どころか家族もいないから」

「俺たちがいるだろ!」


 漏れ聞こえてくる会話の内容がアツい。みんな……いい子たちだなあ……


「じゃ、なくてですね。命を差し出されても困ります。というか、受け取れるような牙も爪もありませんし。ただのこいぬですし」

「そのお体で覆い被さり、溶かして吸収するのでは……?」

「いぬにそんな機能はありません。これは濡れてしまって毛がくっついているだけです。乾けばもっふもふのまっるまるなんです」

「はあ……」

「とはいえ、お腹がすいているのは事実なんですよね。あつかましいのは重々承知の上ですが、すこしの食事と今夜の宿を提供していただければと……」


 ちょっとズルいとは思うけど、向こうの負い目につけ込んでみる。まだまだ知らないことだらけ、どこかの家にお世話になれたら正直とってもありがたい。


「あと、御使いさま? のお話も聞かせていただければと思います。私はそう……生まれたばかりのようなものでして。この辺りのこと、この世界のことをなにも知らないんです」

「おお……」

「お生まれになったばかりの……」

「御使いさまの誕生に……立ち会えたなんて……」

「ぜったいにそんなすごいものではないです」


 若者たちの表情が、ビビっているから感動へ。そんなに目をキラキラさせても、俺はただのしゃべる犬ですよ。御利益とかありませんよ。


「でしたら、私たちの暮らす村に、ぜひ!」

「そうだな! 同じ御使いであるハルナさまなら、きっと力になってくださるはず!」

「同じ、ということは、そのかたも私と同じく、神様から祝福を受けているんですか? よくある話なんですかね、こういうの」

「そんなことはありませんよ! 神に選ばれし御使いさまは、本当に貴重で尊いんです。本当なら、王都でいくらでも贅沢な暮らしができるんですよ?」

「でも、ハルナさまは辺境に住む俺たちと一緒にいてくださって。その貴重なお力や知恵を、惜しむことなくみんなに分け与えてくれて」

「なんでも知っていて、優しくて、美人で……」

「料理もうまいし……すれ違うといい匂いがするんだよな……」

「するな……」


 ほわあん、と頬を紅潮させる若者たち。なるほどなるほど、その『ハルナさま』が良くしてくれているからこそ、この子たちは御使いと呼ばれる存在を尊重してくれるんだろう。できれば俺もそうあろう……犬だけど……


 そんなことを思っていたら、ぶる、と背筋に冷たい感覚。水に濡れたのがまずかったのか、なんだかゾワゾワしてきた気がする。


「へっくち!」


 うう、だめだこれは風邪を引く。なによりまずは暖かいところに、彼らにそう伝えようとしたところで。


「きゃわんっ!?」


 ひょい、と体が浮く。視点が急に高くなって、思わず鳴き声をあげてしまう。


「ほらほら、ダメですよ、あなたたち。話し込むよりまず先に、この子を暖めてあげるのが先でしょう?」


 ぎゅう、と優しく抱かれる感触。ほわほわとした体温が、冷えた体に染み渡る。


「は、ハルナさま!? どこから!?」

「なかなか帰ってこないから、あなたたちを探しに来たんですよ。そうしたら、私の話をしていたでしょう? どんな噂話なのかと、隠れて聞いていたんです」


 ふふ、とあたたかなその声に、耳が幸せになっていく。どこか懐かしく感じるような、人を蕩かすこのボイス、なるほどこれは信奉するに値する……


 ……ん?


「こんなにもびしょ濡れになって、冷たくて苦しかったでしょう。すぐになにか、拭くものを用意しますからね」


 違う。懐かしく感じるなんて、そんな曖昧なものじゃない。

 懐かしいんだ。

 ずっとずっと焦がれてた、聞きたくてしかたのなかった声だ。


「あっ! だめですよ、怖いことなんてしませんから!」


 その腕から抜け出す。地面に降り、顔を上げて正面から、彼女の顔をはっきりと見る。


「元宮……だよな……!?」


 絹糸のような銀の長髪。エメラルドのような緑の瞳。そのふたつだけは、俺の記憶とは違うものだけど。

 美人よりはかわいい系の、すこし童顔寄りの顔立ち。長いまつげも、くりっとした目の形も、みっともないと嫌っていた、口元にあるちいさなほくろも。間違えるはずなんてない、ずっと会いたいと思っていた、恋い焦がれていた彼女のそれだ。


「え、ええと、わからないと思うけど、信じられないと思うけど! 俺は琴吹、琴吹銀一だよ。だから、あの、その」


 思いっきりテンパっていて、言葉がうまく出てこない。


「コトブ……」

「ギンチチ……」

「それが御使いさまの……お名前……!」


 違うお前ら黙れ。じゃない、そうじゃなくて、ええと。


「ずっと会いたくて、やっと会えたと思ったら、あんなことになって。でも、ここでならもういちど会えるって、神様にそう聞いて! だから、だから……!」


 自分でも、なにを言いたいのかがわからない。それでも必死に叫ぶ俺に、彼女はしゃがみ、きちんと視線を合わせてくれて。


「あなたは、琴吹銀一さん」

「……っ! そう、そうだよ!」

「こんな偶然があるものなんですね。私もコトブキ。ハルナ=コトブキと申します」

「……え?」

「あなたのご様子からして、先ほどつぶやいていたお名前が、大事なものだとは理解できます。ですが……」


 困ったようなその笑顔も、記憶と同じものなのに。


「たいへん申し訳ないのですが、私はそのかたではありませんよ。人違い……だと思います」

「そん、な……」


 がん、と殴られたような衝撃。ひどい頭痛が襲ってきて、手足に力が入らない。


「あっ……!? だ、大丈夫ですか!?」


 もっと話を聞きたいのに、口を開くことさえできやしない。倒れ込みそうになった俺を、彼女は――元宮と同じ顔をした、ハルナさんは受け止めてくれたけど。


(そんな……どう見てもあいつ……なのになあ……)


 混乱した頭を整理できないまま、俺の意識はストンと落ちた。

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