第7話 残されたモノ
黒龍の王、ボロス・ムー・ヴァレンシアことムーちゃんとの出会いから一夜明け、私はムーちゃんの寝室のキングサイズのベッドで目を覚ました。
『友達は一緒のベッドで寝るのじゃ!!』というムーちゃんの発言から、皆で一緒に寝ることにしたのだ。
流石は龍王様と言うだけあって、見事な彫刻のされた、天蓋付きのふかふかベッド、心身ともに疲弊していた私の疲れは、見事にどこかへ飛んでいった。
「ん~~~っしょっと」
私は一度大きく伸びをして、意識を覚醒させる。昨日はこのベッドでムーちゃん含む皆で、遅くまでおしゃべりをした。
ムーちゃんの話によると、このキリシア大陸は、この世界で最も大きな大陸であり、5つの国で構成されている。
私達のいるフォルニア帝国という国は5つの国の中でも一番国土が広く、ムーちゃんの家はその最北端にある神霊山という山の山頂に立地しているそうだ。
私が最初に転生した場所は、聖域と呼ばれる場所で、魔物などが寄り付かない結界が張り巡らされているらしいけど、山岳の反対側にはSランクの魔物達が
そんな話をした上で、とりあえずは人の居る場所を目指そうという結論に至った。帝国まではムーちゃんが案内してくれるという。知識のない私達には願ってもない話である。
身体を起こして右隣に目を向ける。ユキナ、シャル、ショウくんがスヤスヤと寝ている。ショウくんは寝る前に人化の術を解いて、猫の姿に戻っていた。発動中はショウくんからしたら少量だけど、常に魔力を消費するらしい。
「…皆、幸せそうな寝顔だなぁ」
愛する猫達の転生前と変わらないあどけない姿に、長い夢を見ていたんじゃないかと錯覚するほどだ。
私は思う。
ほんとは皆、向こうの世界にいた方が幸せなんじゃないかと。
こっちの世界に来て、あれだけの強さを手に入れて、私を含めてステータス以外の何かが致命的に変わってしまったんじゃないかと。
優しいこの子達を守って、支え合って生きていく。再会したときにそう決めた私だったが、不安が無いわけではない。
皆の背中を、一人ずつ撫でていく。
気持ち良さそうな三匹の寝顔に、少しだけ気が楽になる。
「弱気になっちゃダメだ、この子達の飼い主として、しっかりしないと!」
軽く頬を叩き、ベッドから立ち上がって、辺りを軽く見回す。
そう言えば、家主のムーちゃんの姿がないな。
「もう起きてるのかな?」
ムーちゃんの姿を探しに、私は寝室を出る。長い廊下を歩き、リビングに向かった。
その途中で、ある一枚の絵が目には入り、思わず立ち止まる。
美しい黄金色の髪に、深緑色の瞳。西洋風の顔立ちをした神秘的な少女の絵画だ。
それを見た私は、髪色も瞳の色も違うのに、どことなく、創造神様に似ている気がした。
「綺麗な女の子だなぁ」
「そちらは、龍王様のお気に入りの絵でございます」
「ッひゃあ!!」
私は突然現れた女性にビックリして飛び上がってしまった。ど、どこから出てきたの!?
「ふふふ、申し訳ありません、怖がらせるつもりはなかったのですが…」
ロングスカートの両端を持ち上げ、会釈をする女性。
言葉は笑ってるのに、その顔は無表情を貫いていた。
燃えるような赤い髪に赤い瞳、大きな角が両側から天に向かって生えている。整った顔立ちだけど無表情なので少し怖い印象だ。
「
「あ…は、はじめまして、えっと、ムーちゃ、じゃなくて、ボロス様の…友人のカレン、です!!」
「ふふっ、カレン様、私に
全部見ていたの?え?どこから!?まったく分からなかったんだけど!?
「あんなに楽しそうなボロス様は数百年ぶりに見ました。どうか今後とも、ご懇意にして下さいませ」
ライラさんはそう言うと、深々と頭を下げた。
「そ、そんな!頭を上げてください!むしろ私の方がムーちゃんに助けられてるんです!わ、私の方こそ、今後とも、よろしくお願いします!!」
「ふふふ、カレン様、それは私ではなく是非、ボロス様に御伝え下さいませ」
あ、この人、表情に出ないだけでめちゃくちゃ良い人だ。無表情だけど、その瞳は柔らかい暖かみを感じさせる。お姉様って感じがピッタリな人だ。
「ふふ、お姉様だなんて、カレン様は冗談がお上手ですね」
「ほぇ!く、口に出てました!?」
「いいえ、顔に出ておりました。ふふふ」
や、やっぱり恐ろしい人だ!!ってこれもバレてるな…ふふふって言ってるもん。
「ところでカレン様は、ボロス様をお探しなのではないですか?」
「あ、そうだった!…それもお見通しでしたか?」
「ふふ、お見通しでした。……ボロス様でしたら、いつもの場所においでだと思います。」
「いつもの場所、ですか?」
頷くライラさんの表情には、少しだけ影がさした気がした。
×◆×◆×◆×
ライラさんに案内されて、洞窟の反対に出てきた私の目の前には、真っ白な花畑が広がっていた。これは、百合の花だろうか。
「…ライラさん、ここは?」
「…こちらは、…ボロス様の、母君である前龍王様の墓碑でございます」
「ムーちゃんの、お母さんのお墓…」
「すみません、私の案内できるのは此方まででございます。ボロス様はこの先にいらっしゃいますので…」
あ…、と振り返った時にはもうライラさんの姿はなかった。なんとも言えない切なさが胸を刺した。
言われた通りに真っ直ぐ進む。日はまだ昇りきっておらず、柔らかい風が頬を撫でる音だけが耳に入ってくる。
暫くすると、大きな石碑のようなものが見えてきた。
「…ムーちゃん」
「カレンか?」
少女はその姿に似合わない哀愁をまとった表情で振り返る。
「お早うなのじゃ。…そなたを連れてきたのはライラか」
「うん。ごめんね、邪魔しちゃったかな?」
「いや、日課のようなものじゃ、別に良い」
「ムーちゃんの、お母さんのお墓なんだよね」
「…うむ」
ゆっくりと墓碑に目を向けるムーちゃんは、どこか儚くて―――
私は後ろからそっと抱き締めた。
「報告を、しとったのじゃ。妾にも、友が出来たとな」
「うん」
「かか様が亡くなってもう数百年経ってしもうた。…随分待たせてしまったようじゃ」
「うん」
「妾は、立派な王になるために懸命に己を磨いた、強くなった筈なのじゃ。それでも、感情は制御出来ぬもんじゃな……それすらも忘れかけとったが」
「…うん」
私の腕の中にいるのは、龍王ではなく。一人の少女だ。震える身体を包む私もまた、子供で…。
「…妾は、寂しかったのじゃ」
「…」
ぎゅっと、少女を抱く力を強める。
一度死んで、転生して、一人ぼっちになった私。愛する家族に再会出来けど、離れ離れになった大切な人も沢山いる。お父さん、お母さん。そして――
「…大丈夫だよ、私達は友達になれたから。その痛みも悲しみも、一緒に背負わせて」
ポツリと、涙が流れる。龍王の少女の瞳からも。
そっと、私の腕にムーちゃんの手のひらが重ねられる。
「カレンは、かか様がよく話してくれた英雄様のようじゃな…春の優しい陽射しのように、暖かい」
「うん、私、英雄なんだ!…まだ今は、頼りないけれど」
私は笑う。離れてしまったものは元に戻らないけれど、分かち合える友達が出来たから。
「行こう、ムーちゃん!私お腹減っちゃった!」
私は龍の少女の手を取り、純白の花が咲き乱れる道を歩く。
優しい風が、背中を押した気がした。
娘を、よろしく。と―――
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