第1話 異世界転生、しちゃいました

 さてさて皆さん、猫はお好きでしょうか?

 

 何処にでも居るのに、気分屋で警戒心が強く、なかなか懐いてくれないのに、犬と並んでペット界隈の二大巨頭に鎮座している。


 それは何故か?


 言うまでもないだろう、あの神懸かみがかった愛くるしさで、数多の人間の心を総掴みしているのだ。


 可愛いは正義とは良く言ったものだが、確かにあれだけ可愛ければ、何でも許してしまうだろう。


 かくゆう私、篠森しのもりカレンも大の猫愛好家である。実家でも猫を飼っているし、町で出会った子達には必ずと言っていい程スキンシップをとっている。


 つい先日、県内の進学校に入学した私は、ものすごく恵まれた環境に生まれたと思う。

 

 父は世界的な建築士で、そんな父が経営する篠森建築は、予約が何年も待つくらい支持を得ている。


 しかし、父の拘りが強く、実家は超が付く程のど田舎にあり、都会に憧れのあった私は、高校進学を期に家を出る事を提案した。

 

 その結果、父が手掛けた中でも異質な、オートロックだの、完全防音だの、果ては見守りシステムまで付いているマンションになら、と言う条件で実家を出たのだ。


 過保護にも程があると思う。


 だけど、一人暮らしには広すぎる3LDK、やたらとお洒落な内装、そして駅まで徒歩10分という好条件に少し高揚してしまったのは秘密。


 「ふみゃあ?」

 「みゅう、みゅう」

 「にゃあ、にゃん!!」

 

 おっと、訂正。1人ではなかった。


 私の一人暮らしには、3匹の家族が付いてきた。


 ベンガル猫のユキナ。ペルシャ猫のシャル。アメショのショウくん。


 私の愛する大切な家族が付いてきてくれたのだ。



 ×××



 高校に進学して1ヶ月。私は愛する猫達が待つ家に急ぎ足で帰っていた。


 

 今日はユキナの初めての誕生日。

 

  

 駅前のペットショップでユキナの好きそうなボールのおもちゃを買い、猫用のケーキを用意した。


 

 「ユキナ、喜んでくれるかな?」


 

 ユキナが生まれて、今日で丁度一年になる。人でいうと17~18歳くらいだが、生まれたときから親元を離れていたこともあり、まだまだ甘え盛りだと思う。


 学校に居る間は、私が一緒に遊んであげられないから、シャルとショウくんが居るとはいえ寂しい思いもしているかもしれない…。


 明日は土曜日。今日は盛大にお祝いをして、明日はめいいっぱい遊ぶのだ。

 そう思うと、自然と顔が綻んだ。そんな時。



 


 

 【きゃあああああああ!!!】





 

 え!?なんだ?


 右後方から、いきなり聞こえた女の子の悲鳴に、咄嗟とっさに振り返る。


 視線を向けると、道路の真ん中に子猫が一匹。



 さらに、この先には大型のトラック―――



 あ!!ヤバい!!!


 そう思った瞬間に、私は判断する間もなく飛び出していた。


 

 「ッ間にっ、合えぇぇぇぇえええ!!!」



 咆哮し、ビックリして動けないでいる子猫に手を伸ばす。

 手が、子猫に触れる。



 よしっ!!間に合っ―――



 







 次の瞬間、私の身体は宙に舞った。




 





 全身に激痛が走る。それと同時に確信する。


 

 あぁ、これはダメだ…。


 

 痛みとは裏腹に、思考は信じられないほど加速し、私の目には先程の子猫の姿が映った。歩道に身を移し、こちらを見ているような気がした。


 

 …よかった。あの子は助けられた。


 

 私は安堵し、そして、私が走り出した場所に目を移す。



 

 そこには、愛する家族ユキナの誕生日プレゼントとケーキが落ちていた。それを見て、悲しい気持ちになった。




 ごめんね、ユキナ―――お祝い、してあげられなかったね。

 

 シャル、ショウくん、まだ一緒に、いたかったなぁ。




 そう思った直後、重力に従って私の身体が地面に叩きつけられる。



 そのまま私の意識は暗闇に溶けていった。



×××××











 

 



 ぽちゃん。



 何かが、私の頬に落ちた。


 わたし、なにしてたんだっけ?


 なぜか動かない身体。感覚はあるようだが、自分の意思では指一本動かせない。


 

 


 「…め……さい」


 

 


 微かに、なにか聞こえてくる。


 私は音のする方へ少し耳を澄ませた。そして聞こえてきたのは…



 


 「ごめん、ごめん、なさい…。」



 


 縋るような謝罪の言葉。



 私はゆっくりと目を開けると、見たことの無いような綺麗な女性が、私の顔に覆い被さるようにして、涙を流していた。


 流れるように美しい銀の髪に、吸い込まれそうな琥珀色の瞳。顔立ちは西洋の彫刻のようにハッキリとしている。


 どうしてだろう?―――まるで全然知らない女性ひとなのに、なぜか知っているような?


 

 次々に流れ落ちる涙を見て、私は胸が苦しくなり、思わず声をかけた。


 

 「なか、ないで…。」

 


 女性は酷く悲しげに顔を歪め、苦しそうな声で呟いた。



 「ま、また、守れなかった…。わたしの…せいで、また君を、死なせてしまった…」



 ああ、やっぱり私は死んでしまったのか。まぁ、普通の人間があれだけの勢いで吹っ飛べば、奇跡でも起きない限り即死だろう。


 

 しかしまた、とはどういう事だろう?


 

 というか、死んだのに何故まだ、意識があるのか?綺麗な人が居るし、ここは天国なのかな?



 少しずつ覚醒していく…。私の頭は疑問で一杯だった。



 すると女性は私の意思を読み取ったのか、疑問に対して回答が帰ってきた。



 「…私は創造神シルヴィス。そしてここは、私が造り出した空間。半刻前に、子猫の命を救って…そして失われた君の魂を、この空間に繋ぎ止めている。」

 


 創造神、神、そう聞いても私の胸に疑いの余地はなかった。


 声が、姿が、纏う雰囲気その全てが、事実だと認識させてくる。



「創造神様、ですか?そんなかたが…なぜ?」

 


 シルヴィスは一度、瞳を閉じてゆっくりと開けると力強い意思を感じる眼で私を捉える。そして――



 「君を幸せにしたいんだ!!君を助けたい!!もう絶対に、失敗はしない!!その為に、私は、神に成ったのだから!!」



 涙を振り払い、言い放った。



 何が彼女をそこまで奮い起たせるのだろう。わたしには何もわからない、だけど、何だろう?すごく、胸が熱い。


 

 何かが引っ掛かって頭がズキリと痛む。


 

 そうだ、わたしは、まだ―――



 「終わりたくない…まだ、生きていたいよ!」



 訳も分からず、涙が溢れた。



 そんな私に、シルヴィスは頷いて、そっと微笑み、少し離れて立ち上がると、両手を突き出して何か唱え始めた。


 

 

 「…創造神シルヴィスが、死と再生の神"ヘル"に請い願う。この者に再生と安寧を」

 

 「そして、創造神シルヴィスの名のもとに、親愛なるカレンに創造の加護を与えん!」



 数秒の沈黙の後、シルヴィスの右腕が金色の渦に包まれ、同時に、左腕が銀色の渦に包まれる。渦の本流は次第に小さくなり、それぞれ左右の掌に納まった。


 

 なんて綺麗で、なんて神秘的なんだろう…。


 私はその光景に終始、魅入っていた。



 シルヴィスは再び膝を突き、の胸に左右の手を当て問いかけた。私の身体が暖かい光に包まれていく。



 「君の生きたい言う願いは、聞き届けられた。これから君を、こことは違う世界に転送する。他に、何か望むものはあるかい?」



 違う世界。異世界転生というやつだろうか?疑問はあるが、それよりも。



  私の、望むもの…



 「家族に…。ユキナ…、シャル…、ショウくんに…会いたい。会いたいよ!!」



 置いてきてしまった。別れも言えないまま、離れ離れになりたくない!



 「…うん、分かった。安心して、必ず会える。約束するよ」


 

 シルヴィスは両手で私の身体を包み込み、優しげな声でそう言った。だがすぐさま、悔しげに呟く。



 「でも、ごめんね。向こうの人たちには、もう…」



 そう、なんだ。


 

 何となくは解っていた。向こうに戻れない事は。両親だけじゃない大切な人が沢山いる。会いたくない訳はない。



 だけど、向こうで私はすでに―――


 

 「ううん、大丈夫。だけど、せめて両親には伝えて欲しい…今まで、私を大切に育ててくれて、ありがとう。って…」



 シルヴィスはその琥珀色の瞳に涙を滲ませながら、分かった、必ず伝えるよ。と言ってギュッと私を抱き締めた。





 「それじゃあ、君を新たな地へと送り届けるよ。」


 「君のこれからの未来に、幸福が満ち溢れん事を。」




 シルヴィスの、その言葉を最後に、私の意識は再び途切れた。





 



 こうして私は、異世界転生を果たしたのだった。


 

 


 


 


 


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