第6話 (side M)可愛いよ


「お待たせしてごめんなさい。今日はよろしくお願いします」


 時間が経つにつれて、思考が少しずつ平常運転に戻ってきた。


 あ〜。お辞儀するヒメちゃま超可愛い。

 ただのお辞儀なのに、どうしてこんなに可愛く見えるの? やっぱり顔がいいからかな?

 絶対そうだ。だから周りからちやほやされるんだ──


 って、違うでしょ!?


 どんなに可愛らしい顔をしてても、ヒメちゃまに心を許しちゃ駄目! 

 思い出して! ヒメちゃまがブチ壊したあたしのユートピア!

 正常な判断のできるギルメンたち!

 みんな平等公平で楽しかったギルド活動!


 ……ふう。危なかった。ヒメちゃまの罠に嵌って戻れなくなるところだった。


 ヒメちゃまへの憎しみを思い出したあたしは最強。

 営業スマイルを顔に貼り付けて、心にも無い定型文をスラスラと諳んじる。もちろん、ロクの口調も忘れない。


「よろしく。こちらこそ、今日は誘ってくれてありがとう」

「とんでもないです! ヒメ、ロクさんに会えてとっても嬉しいです!」


 ま、眩しい! 無垢な笑顔が眩しすぎて直視できない!

 これがギルメンたちが残らず骨抜きになったという噂の大技か!


 中々やるな。気を抜いたら心ごと持っていかれそうなくらいの威力だ。

 きっと、あたしじゃなかったら一発でノックアウトしてたね。


「はは。それはどうも」


 その時、あたしとヒメちゃまの視線がぶつかった。


「……っ!」


 びっくりして変な声が出そうになったけど、咄嗟に押し留めることに成功した。ナイス、あたし。

 もしかして、上目遣いで見つめてドキドキさせる作戦なのかな?

 舐められたものだ。あたしはそんなにチョロくないよ。


「どうかした?」

「あっ、ごめんなさい! 見つめすぎちゃいました」


 そう言うと、ヒメちゃまは照れくさそうに言葉を続ける。


「ロクさんが写真で見るよりずっと可愛かったので、つい……」

「え……っ」


 予想外の褒め言葉に頬がじわりと熱くなり、ふわふわとした心地よい高揚感に包まれる。


 生まれて初めて美少女に可愛いって言われちゃった……。


 自画自賛じゃないけど、今日のあたしはかなりの自信作だ。

 久しぶりに美容院へ行ってヘアメンテしてもらったし、ネイルは塗り直したからピカピカ。今着てるフリルとリボンがたっぷりあしらわれた黒いワンピースも新調したもの……等々。他にも努力したポイントが色々ある。

 ヒメちゃまに舐められないように頑張った甲斐があったなぁ!


 って、いやいや! 褒め言葉をそのまま鵜呑みにしちゃ駄目でしょ!?


 相手は憎きヒメちゃま。ちやほやされることにステータスを全振りしているような子だよ?

 可愛いって言って褒めてくれたのは、あたしの気を良くさせるため。

 たぶん、心の中では「ブスは何やっても無駄に終わって可哀想〜」って思ってるよ。絶対。だから勘違いするな。

 ……なんか自分で言ってて悲しくなってきた。病みそう。


「ありがと。でもヒメちゃまの方が可愛いよ」

「えー、そうですか? そんなことないですけど……ありがとうございます」

「そろそろ時間だから行こうか。コラボカフェは南口の方だよね?」

「はい。場所はバッチリ把握してるので任せてください!」


 ヒメちゃまは自信たっぷりに言うと、コラボカフェがある方向の出入り口へ足を向ける。その一歩後ろをあたしも付いて行こうとしたら、左腕に生暖かいもの──ヒメちゃまの両腕が抱きついてきた。


「じゃあ行きましょうか!」

「この状態で!?」

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