第5話 (side M)初めまして


 ヒメちゃまとの待ち合わせ場所はコラボカフェの最寄り駅。現地に到着したら連絡を入れる約束になっている。

 ……が、意図せず待ち合わせの一時間前に着いてしまった。


 何でこんなに早く来ちゃったの? バカじゃないの?

 今「着いたよ」なんて連絡したら早すぎだよ。「ヒメに会うのが楽しみ過ぎて早く来たんですね」って思われちゃう。


 弁解させてほしい。それは断じて違う。

 あたしは大人だから時間厳守するのは当たり前なの。遅刻しないように五分前……いや、一時間前行動しただけなの。

 別に昨日の夜あまり眠れなかったとか、家にいるとソワソワしちゃうから早く出かけてしまったとか、そういうことは断じてないの。


 スマホの画面を確認すると、現在時刻は十時四十分。

 約束の時間は十一時だから、もうすぐヒメちゃまが来る……はずだ。ドタキャンされなければ。


「……もう一度だけ、身だしなみを確認してから連絡しようかな」


 ハート型の黒いショルダーバッグから手鏡を取り出して、一つずつ点検箇所を確認していく。

 整った前髪、結び目が綺麗なツインテール。

 メイクの崩れ無し。

 ネイルは昨日塗り直したからピカピカ。

 服にゴミやホコリは付いてない。よし、バッチリ。


 手鏡を元の場所にしまい、スマホに持ち替えて、ヒメちゃまとのプライベートチャットを開く。


Hime【もうすぐ着きます】


 あと少しでヒメちゃまがここへやって来る。そう思うと、緊張で胃がキリキリと痛みを訴えてきた。


 それでも引き返すわけにはいかない。

 ここで逃げたらヒメちゃまに負けたことになる。それだけは駄目だ。

 今こそ発揮する時! ブラック企業で鍛えられた忍耐力!


Roku【着いた】

Roku【券売機の近くの壁際にいる】


 意を決してメッセージを送信する。

 それだけのことなのにドッと疲れが押し寄せてきた。かなり精神力を削られた気がする。


Hime【着きました】


「ついにお出ましか……」


 改札口を通過する人々の流れに視線を移す。

 今のところ、送られてきた自撮りと同じ容姿の女の子は見当たらない。


 そもそも、あの自撮りは本当にヒメちゃま本人なのかな?


 だって、あんな完璧美少女が三次元に存在するの? 

 答えはNO。あたしも二十年以上生きてきたけど、あんなに可愛いを超越した女の子は今まで見たことがない。


 と考えると、可能性としてあるのは第三者の自撮りの転載。AIが生成したフェイク。実は加工アプリでいじりまくってるとか、整形級のメイクを施してるとか……。

 まあ、確信を持てる証拠は一つも見つかってないんだけど。


「失礼ですけど、ロクさんですか?」

「ひえっ」


 突然ハンドルネームを呼ばれて、素っ頓狂な声が漏れる。視線を少し下げると、整った顔立ちの少女がジッとあたしを見つめていた。



 ──ヒメちゃまだ。



 すぐ確信に至った。

 一日一回。最低でも十分間。画面に穴が開くんじゃないかな? っていうレベルで、じっくり舐め回すようにあの自撮りを見てたから分かる。同一人物で間違いない。


 現実のヒメちゃまはミントブルーのブラウスと水彩タッチの花柄がプリントされたスカートで身を包んでいた。白いハンドバッグを両手でぎゅっと持っている姿はお嬢様みたいだ。


 清楚であどけない顔立ちの美少女。しかも、あたしより少し背が低めなんて……!


 どうしよう!? あたしの理想の彼女像と完全一致なんだけど!


「あの……?」


 困惑したヒメちゃまの声で我に返る。


「あ……うん。そう。あたしがロクです」


 何とかして喉から乾いた声を捻り出す。

 するとヒメちゃまは安心したのか、ホッと息を吐いてから顔を綻ばせた。


「初めまして。ヒメです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る