第2話 (side M)ヒメの顔


 ストレス過多って怖いな。ついに、あたしの目がおかしくなっちゃったよ。

 だってヒメちゃまから「『ミラ⭐︎ふり』のコラボカフェへ一緒に行きませんか?」って誘われるはずがない。

 これは幻覚だ。きっとそうだ。


「……駄目だ。どうやっても、お誘いのメールにしか見えない」


Roku【つまり、オフ会ってこと?】


 恐る恐る尋ねると、間髪をいれずに【もちろんです】と返ってきた。


 どうすればいいの……!?

 オフ会なんて参加したら、ロクが男じゃないってバレちゃうじゃん!


 ギルメンの大半が女性だったら良かったけど、うちのギルドは男性比率九割以上。

 あたしの経験上、こういう環境で女バレしたら確実に居心地は悪くなる。

 例えば男からチヤホヤされたり、過剰に優しくされたり。まあ、ヒメちゃまレベルの甘やかしはないと思うけど。


 それよりも怖いのは「会いたい」とか「好きです! 付き合ってください!」とか言ってくる人が一定数現れること。

 うう……。あの忌々しい過去を思い出しただけで背筋が寒くなってきた。好きでもない人からの好意ほど迷惑なものはない。

 何としても断る方向に持っていかなくちゃ!


Roku【それって他に誰が来るの?】

Hime【いえ。ヒメだけです】

Roku【二人だけで行くってこと?】

Hime【はい】


「ええ。危機感なさすぎでしょ……」


 初めて会う人。しかも異性と一対一でオフ会って、ちょっとどうかと思う。

 一応ヒメちゃまは、あたしのことを男だと思ってるだろうし。


Roku【初対面で二人だけっていうのは、ちょっと……】

Hime【ダメですか?】


 上手い言い訳を考えていると、ヒメちゃまが怒涛のメッセージコンボをどんどん繰り出してくる。


Hime【でも、ヒメはロクさんと一緒に行きたいんです!】

Hime【ロクさんは『ミラ⭐︎ふり』にとっても詳しいとお聞きしました】

Hime【ヒメもアニメの一話目からずっと見てるので、たくさん語れる自信あります】

Hime【それに二人分席を予約してあるので、キャンセルするのは悲しいですし……】


「うぐ……っ」


 お誘いをする前から予約済みなんて早すぎでしょ。

 ていうか『ミラ⭐︎ふり』のコラボカフェって倍率が高すぎて、販売開始五分で全日全席埋まったんじゃなかった? よく予約できたね。

 あたしがお誘いを受けなかったら、ヒメちゃまはどうするつもりなんだろう? 他のギルメンを誘うの?


 それとも、本当にキャンセルしちゃうのかな……?


(キャンセルしないでちょうだい……!)


 突然、凛とした声が頭の中に響いた。

 やめて! 脳内の『ミラクル⭐︎れーす(推し)』、語りかけてこないで!

 クールで理知的なお顔が悲しそうに歪んで……。ああ、そんな泣き出しそうな顔しないで!


「……仕方ない。推しのためだ」


 意を決して、あたしは親指をキーボードに走らせる。


Roku【わかった】

Roku【一緒に行くよ】

Roku【予定空いてるし、キャンセルするのは心苦しいから】


 そう。別にヒメちゃまに会いたいわけじゃない。

 『ミラ⭐︎ふり』のコラボカフェの座席を埋めるために、! お誘いを受けるんだ!


Hime【ありがとうございます!!】

Hime【すごく嬉しいです!】

Hime【あ】

Hime【事前にヒメの顔、教えておきますね!】


「顔?」


 そんなの会う直前で良いじゃん。

 早い段階で可愛い自撮りを送りつけて、あたしを懐柔するつもりなら、少しは分かるけど──


「……っ!」


 その瞬間、あたしのスマホの画面に美少女が降臨した。


 手入れの行き届いたショートカットの艶やかな黒髪。

 透明感のある乳白色の肌、アーモンドのような大きな瞳。くるんと緩くカーブしている長いまつ毛。通った鼻筋。

 桜色の薄い唇はあどけない笑みを浮かべている。

 そして運悪く、ヒメちゃまは全体的に幼く可愛らしい顔立ちをしていた。


 ……すごく認めたくないけど、あたしはヒメちゃまの罠に嵌ってしまったみたいだ。

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