第10話 いついかなる時も鍛錬
「父上。お金をください」
俺の言葉に驚いた父上は、最初こそ大きく目を開いていたが……すぐに訝しげなものに変わる。
持っていたペンを机に転がし、目頭を押さえている。
いくら何でも直球過ぎたか。
手招きをされ近づくと、額にデコピンを食らわせられた。
「お金の話は良いとしても、まず要点を言いなさい。どう考えても伝わるはずがないだろ?」
あれこれ考えても上手くいかないような気がして、こうなったら金で解決するということが先立ってしまった。
ミュラは偶然助けることとなったが、最初に助けが必要なのはパメラだ。
今のパメラは利用価値が見出されていないので、母親と一緒に手伝いをしているはず。
捨てられる直前に助けようかと思ったが、そもそもそれが何時なのかが分からない。
母親を助けたとしても、パメラの地獄のような生活をさせたくもない。
そこで思いついたのが金。
パメラとの婚約を申し込みに向かったあの時、ストラーデ子爵の屋敷を思い出した。子爵の部屋はきらきらとした物ばかりが並んでいた。
ローバン家ではそういう物は少ないが、無いというわけでもない。だから、そういうものを引き換えに養女にできるのかもしれないと考えた。
俺とパメラの関係を話していくと、話の途中から何度もため息をつかれてしまう。
言いたいことはわからなくはないが……わざとらしいのは精神的なダメージになるから止めて欲しい。
父上が手を上げようとしたので、額を隠して一歩下がる。
「はぁ……助けたいというのは分かったけど。そう簡単に子爵が手放すと思っているのかい?」
「ヘーバイン公爵の助力で、ストラーデ家は取り潰されましたが……パメラはヘーバインの養女となって、俺の婚約者になりました。今のパメラは光属性の力を確認されていないと思いますので、それ相応の対価で納得してくれると思います」
「ヘーバイン公爵家か。それはいいとして、君は義妹を婚約者に見据えているのかい?」
パメラは前回の婚約者であって、パメラは別の人間だと思う。
そもそも、子爵の指示がなければパメラとそういうことになるはずがない。
正直なところ、俺の婚約者と最初は相性が悪いからできれば避けたい。
「そのつもりはありませんが、パメラとその母親が救えればそれだけで満足です」
仲良くなったとしても、手を取りあった二人にどれだけ過酷な仕打ちをされたことか。
義妹であれば、そういう面倒なことにもならないだろう。
「話はわかった。それなら、私と一緒にストラーデ家に行ってみるかい? 今の話を疑っているわけじゃないけど、現状を知りたいからね」
父上に後のことを任せ、俺はいつものように訓練をする日々。
視察の目的は、俺たち姉弟がローバン領以外の見聞を広める。そして、家族旅行として見えるようにすることが優先された。
それから十日が経ち馬車に乗っていくのだけど……あの距離を馬車で?
「ヘーバイン領に行くのは、フィールの始めてだったね」
「はい。今から楽しみです」
家族旅行だから当然かも知れないが、姉上が居て本当に大丈夫なんだろうか?
問題にならないと良いのだけど……考えよりも先に行動するような人だし。
「お待たせしました、お父様」
姉上はいつもの服とは違い、まるで乗馬をする格好をしていた。
まさかとは思うけど……用意されている馬車ではなく余っている馬を探す。
じっとしているなんて無いとは思ったけど、そんな事をするとは予想外だ。
ストラーデまでの道のりは遠い。それに魔獣が出てくることだってある。
ローバン家に仕える冒険者が護衛にいたとしても、一人で馬に乗るなんて危険が伴ってしまう。
「姉上その格好はなんですか? 馬に乗っていくつもりなのですか?」
「そんな事するわけ無いでしょ。ほら剣だって持っているんだし」
それは、どういう理屈なんなんだ?
剣を持っているからなんだと?
腰に手を当てて胸を張っている姉上が、何を考えているのか見当もつかない。
「アレスはその恰好でいいのかい?」
「あ、はい。大丈夫ですが?」
「アークごめんなさい。皆様もお待たせしてすまみせん」
姉上と同様に、母上も似たような格好をしている。珍しいことに小さい剣を携帯してる。
武器を持つのが当然なのか?
過去の記憶を思い返すが、そもそも皆で出かけたという記憶がない。
メイドたちは、馬車に乗り込みガゼルが準備ができたことを報告している。
馬車の数。乗り込んだメイド。そして、余っていない馬車。
明らかにおかしい……貴族であるはずの俺たちが乗る馬車が見当たらないのはなんでだ?
「それでは、出発する」
父上が声をかけると、馬車はゆっくりと街に向けて走り出す。
まさかとは思うけど……俺たちは徒歩なのか?
いやいや、そんなはず無いよな?
父上たちは、街の皆に挨拶をしながら進むため馬車からずいぶんと離れることになった。
公爵家だからというよりもあの二人だからか、街ではかなりの人気があるようだ。
全く、脅かせないで欲しいものだ。俺も父上に倣って街の人たちに挨拶をしていく。
「アレス様、挨拶もよろしいですがそろそろ参りませんと旦那様とはぐれますよ」
いつの間にあんな所まで、離れないように走って向かう。
この体だと追いつくだけで時間が掛かるな。
門の外で、父上が手招きをしている。
歩幅が小さいから、大人が歩くのとすぐに差が出てしまうよな。
「遅くなりました」
「うん、待っていたよ。それじゃ二人共準備はいいかな?」
母上と姉上は、その言葉に頷く。
とりあえず馬車に乗りたいな。病み上がりでないとは言え、体力があるはずもない。
辺りを見渡し、セドラを見上げたもののただ笑っているだけでこの状況が理解できない。
「セドラ。後のことは君の判断に任せる」
「かしこまりました」
「アレス、頑張るのよ」
え?
姉上はそう言って、走り出す。
その姿をただぽかんと眺めていると、俺の両親はニッコリと笑い加速したかのように姿が消える。
「それでは、私達も参りましょうか……アレス様」
そう言って、セドラは乗馬用のムチを持ち、先端を手の平にポンポンと当てていた。
姉上の向かった先と、セドラを交互に見る。三十からカウントが始まる。
当然、俺たちの馬車はなく……先行していた馬車は街に居たときからずっと見ていない。
「セドラ……」
セドラからムチが見えなくなり、代わりに風を切る音がする。
カウントも残りが少なく、ヒュンヒュンという音が早くなっていく。
「三……二……一」
目付きの変わったセドラを見て、俺は慌てて走り出す。
セドラなら俺にすぐ追いつくが、後ろから追いかけてくる。ムチを振り回しながら……
「フィールも始めてだから、アレスにはまだ早いと思うのだけど」
「そうかしら? 飛んで逃げているかもしれないわよ」
「それもそうだね。セドラなら上手くやってくれるだろうし。フィール、大丈夫かい?」
「ま、まだ大丈夫です」
「先は長いから、焦らなくていいのよ」
家族旅行の定義ってなんだ? 家族で行けばいいった話じゃないよな?
なんで俺はムチから逃げるように街道を走っているんだ? あの事をまだ根に持っているのか?
「馬鹿みたいに走って……」
「アレス様。ペースが下がっております」
何を考えているんだ父上。いつもこんな事をしていたのか?
走るのが辛くなり、体を浮かせ飛行して進んでいく。セドラは加速を使い、このスピードについて来ている。
「それでは鍛錬になりません。走らないのであれば、アレス様のお食事は無いものとお考えください」
「ふ、ふざけるな!」
どう考えても、鍛錬ってレベルじゃないだろ!?
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