第9話 変化と決意

 訓練場で、木剣を構える。父上に俺のことを打ち明けて、一ヵ月が経っている。

 魔力はあっても、体は三歳児でこれまで鍛えているはずがない。

 たかが一ヵ月、鍛えただけ。そんな体でも前よりかは動きやすい程度。


 それだというのに、正面からは二つの怒りと殺気を浴びせられる。

 剣先は俺を捉えて、いつ襲いかかってきてもおかしくはない。三歳児を相手に大人げない。


 飛び級試験で戦った時と同じように刃を潰しているのだけど……な、なんでそこまで怒るのかな。

 この二人を前にすれば、この程度の間合はないに等しい。

 一歩踏み出す、巨体を前に……これまでと比べ物にならないほどの威圧を感じる。


「アレス。覚悟は良いか?」


「威圧するのは良いけど、遅れを取らないでね」


「誰に言っている、アーク」


 父上を呼び捨てにしている……本気じゃないよな?

 確かに怒られる要素は無いとは言わないが、そこまで怒ることはないだろ?


「アーク、頑張れー。アレスなんてぶっ飛ばしちゃえ!」


 母上、いくらなんでもその応援はおかしくないですか?

 今回の模擬戦は、以前よりも穏やかなものを期待していたはずなんだけどな……視線を二人に戻すと、その姿が一瞬にして消える。


 背後から、シールドによって攻撃が防がれている。それは想定内の話だけど、二人は完全に俺を殺りに来ている。


「あぶなっ」


 一撃に留まらず何度も攻撃を繰り出す二人。

 二人を相手にしたこの模擬戦は、俺の力量を測るものだったはずなんだけど……どう考えてもただの八つ当たりにしか思えない。

 そう簡単に、というかそんな剣では絶対ムリなのに攻撃を止めようとはしない。


 父上の説教された後、俺が何のために協力して欲しいのかを素直に話した。

 魔力があるということは知っていても、その実力を確かめる必要がある。

 俺もそのつもりだったが……なぜこんなことになったか見当もつかない。


「な、何だ!?」


 上部から、これまでよりも強い攻撃を防いでいる。

 シールドの上には黒いメイド服のスカートをなびかせるミュラが居た。セドラと同じく黒い髪と瞳だったが……溢れ出した魔力は赤い色をしている。


「なんでお前まで参戦しているんだよ!」


 俺の問いに答えることもなく、周囲にまとっていた魔力は槍の先に集まっていた。

 シールドを貫くつもりか?

 何を考えているんだ!


 外側に氷柱を作りミュラを傷つけないように押し返す。

 セドラに抱き抱えられ、母上が座っていた椅子に座らせると、二人はミュラを叱っていた。

 二人に叱られたことで大人しくなっているのを見て少しだけホッとした。


 ミュラが倒れることとなった理由。

 あの戦闘に加え、魔力封じの腕輪には欠点があった。

 腕輪の力は、使用者にもその効力が一時的に現れる。しかし、これまでのミュラは倒れることはなかった。


 おめでたい話をぶち壊したのは悪かったよ。


『アレス、しばらくはセドラが代わりに付いてくれるから』


『ミュラはそんなにも危険なのですか?』


『今はだいぶ落ち着いておりますので、ご安心ください』


『ミュラは一年、いや二年かな。自分の体と宿っている子供のために安静にする必要があるのだよ』 


 俺はその話を聞いて嬉しかった。セドラとミュラの間に子供が生まれる。

 それは、俺の知らない世界の出来事であり……以前の俺は、ミュラの存在を知らない。


 あの夜の襲撃、ミュラは俺のもとに駆けつけた。

 俺でないアレスの世界。力を持たないアレスを盾に……セドラは最愛の人を失いながらも俺の専属として支えてくれた。


 その結論に至ったにも関わらず、喜びのあまりつい余計なことを言ってしまった。


「君の力は防ぐだけなのかい? それで、守りたいというのかな?」


 ブレイブオーラを使用しても、父上の剣を受け止めることはできない。

 父上の攻撃パターンは何度も見ている。たとえ受け止められなくても立ち向かい、力を示せということか……


「今度はこっちから行きます!」


 木剣は氷の大剣に作り変える。

 俺の攻撃が父上に通用するはずがない。だけど、父上の知らない攻撃であれば通用するはず。


 今の体では、加速のような速度には耐えられない。

 軽い体では、重い一撃を加えることもできない。

 だけど、これまでの知識と魔力が俺にはある。


「まさか……さすが、自慢の息子、か」


 高速飛行での攻撃なら、ある程度の速度なら耐えられる。

 速度が上がれば、突進よりもより重い一撃に変わる。


「と、思っていたのだけどな」


 父上に攻撃をしても、あっさりと受け流され地面に激突してしまう。

 速度があっても、この体重なら驚異にすらならないか。


「これで、終わりだね」


「はい、俺の負けです。シールドを使い続けていれば、父上は勝ちないのですけど」


「そういうのを負け惜しみっていうんだよ。立てるかい?」


 父上の手を掴み、体を起こす。

 大きいなこの手は。


「それじゃ、アレス。行こうか」


「はい」


「叱られに、ね?」


 あの、父上。今は返事は無しにしてくれませんか?



   * * *



『セドラ、おめでとう』


『ふふっ、ありがとうございます』


 セドラは嬉しそうに笑う。

 俺を褒めてくれたときとは違う。嬉しさだけでなく、幸せそうだった。


『アレスと近い歳だから、私達と似た関係であれば良いね』


『ですが、娘であればいくらアレス様と言えどお譲りするわけには参りせんよ』


『それにしても、セドラは母上の兄で父上とも仲がいいから……父上と同じように、狼の宿でも行っていたのか?』


 その言葉をきっかけに部屋の空気が変わった。

 いくらそういう行為が必要であっても、それを言わないのが当たり前である。

 

 俺はとっさにブレイブオーラを展開して、屋敷の中を走った。

 かと言って俺が二人から逃げられるはずもない。何度謝罪しても二人は聞き入れてくれることはなく、今日の模擬戦が決められた。

 あと半年は先だと思っていたのだけどな。


 原因を作ったのは俺だ。それは十分理解しているよ。

 俺って、あの時から全然成長していないな。


 窓を開け、夜の空に飛び立つ。

 侵入者のことはまだわからない。倒されたことを知って警戒しているのか、他に襲ってくることはない。


 今はそんな事どうでも良かった。時間軸がずれたことによって明確な変化が生まれた。

 全部を助けることはできなくても、俺と関わりがあった人だけでも……助けに行きたい。

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