第8話 アレスの勘違い

 父上は仕事があるので執務室に行く。

 俺は無理を言ってついていくことにする。

 執務室には、すぐにでも仕事ができるようにガゼルが待っていた。


 父上至上主義のガゼルは俺たち兄弟を、父上の子供だからという理由で特別な扱いをすることはない。

 父上の前であっても、俺に対して軽蔑の眼差しもよくある。

 兄上が右腕としてまた後継者として仕事をしていたとしてもそれは変わることはなかった。


「ガゼル、少し外してもらえるかな?」


「かしこまりました」


 ガゼルが部屋から退室して、ソファの上でも俺は変わらず母上の膝の上にいる。

 いい加減離して欲しいのだが、水掛け論にしかなりそうにない。前回では姉上が、今回は母上がということだけは避けたいところだ。


 父上が机に座り、用意されていた書類を流す読みをしていた。何度も見た光景になるが……あるべきはずの机がない。

 俺がここに入るのは後数年後になるから、兄上が卒業間近になって用意されたという事か?

 公爵家にかかる書類でないものなら手伝えると思うけど、兄上ほど仕事人間にはなれそうにもないし、なりたくもない。


「待たせてすまないね。それで、私に話したいことはなにかな?」


 さすが俺の父上だ。

 よく分かってくれている。


「まずはこの腕輪。俺を危険視するのはよくわかります。ですが、この力はローバン家のために使います。理由もなく、誰かを傷つけることはありません」


「その言葉は模範解答とも取れる内容だね。君が子供であれば喜べる内容でもある。だけどね、私は君を叱咤したときからそんなふうに見ることはできないのだよ?」


 俺の話を受け入れると同時に子供でないから、さっきの言葉は純粋でないという意味なんだろう。父上の納得できない言葉は、ただ信用を失うことに繋がる。

 これまでにも父上は俺の嘘を何度も見破っている。

 説得をするにも相手はあの父上。真意であってもまず前提として疑いから始めるような人だ。


 見た目は子供であっても中身は大人として見られている。それに強大な魔力はゲームの仕様による特典。

 この状況において、父上を納得させるには何かが必要になる。


 身体的な能力は、年相応。

 それでも今の俺にしかできないこともある。そのためにも父上の協力は必要だ。


「俺には助けたい人がいます。父上には納得してこの腕輪を外して欲しいのです」


「納得? 言葉を濁しても良いことはないのだけど、君はどうするというのかな?」


 この話はあまり必要がないことかもしれない。しかし、父上は俺がアレスではない別の人間出ないことに注視している。

 俺を息子のアレスとして認めてくれるだけでも十分すぎることは理解している。

 しかし、起こること未然に防ぐことによって今後の展開がどう変わるのか不明になり、俺の知る未来との齟齬が生まれるだろう。


「父上は、俺が別の世界、異世界の人間だということに警戒しているのだと思います」


 俺だけがまた同じ時間を生きることになっても、同じことを繰り返したくはない。


「異世界の俺でなく、アレスとして生きてきた俺だから、今の俺がどうあがいても知っているはずのないことを知っていれば、どうですか? 俺がアレスだったということを認めてくれますか?」


「え、ああ、うん。それで君の気持ちが収まるのなら、それでもいいのだけど……そんな事があるというのかい?」


 異世界のことを話したことで、俺がアレスだということに疑いを持ってもおかしくはない。今になって余計なことを言ってしまったと思う。

 

 俺なら知っていて、これまでのアレスの知らないこと。 

 そして、その証拠はすでにこの世界に存在している。


「公爵家の周りにはアルカルトという街があります」


「そうだね」


「最後まで話を聞いてください。西地区に、狼の宿という宿屋があります。父上と母上は、セドラと前公爵から逃げては、そこへ逃げ隠れて何かを繰り広げ……」


 母上は優しく頭を撫でていた手が止まる。

 父上は飲んでいた紅茶を盛大に吹き出していた。

 この動揺からしてやっぱりそうなんだなと確信する。


「まさか……」


「父上と母上の結婚は、前公爵。俺からすれば祖父になりますがかなり反対をされていました。強行手段に出た父上は……兄上を授かることに専念をしていました」


 ただの異世界の人間であればこんな事を知っているはずがない。

 この事実を知る人は少なく、屋敷に昔から居る使用人ですら数名しか知られていない。

 二人共項垂れ、頭を抱えていた。


「アレス。今の話は、誰に聞いたのかな?」


 この話だけであれば、誰かが漏らしたことを俺が聞いたということになる。

 そんな事はまずないのだけど、父上が特定してくるのだから別のものを用意する。


「もう一つ、今のヘーバイン公爵様が襲爵で……」


 父上は加速を使い、慌てて俺の両肩を掴み激しく揺さぶって話をさせないようにしていた。

 さっきまでと打って変わり、冷静な父上が取り乱している。

 父上が唯一と言っていいほど逆らえない相手。


「もういい、分かった。もういいアレス! その話は許してくれ」


 兄上の時よりも拒否反応が強い……やっぱりヘーバインでの出来事は父上にとってトラウマになっているのかもな。

 かなりの時間が経っていたにも関わらず、アレだけのことをされれば当然と言えば当然かも知れない。俺の知っているヘーバイン公爵ですら攻撃まがいな事を平然としていた。当時ともなれば凄まじい怒りだったのだろう。



 母上に口をふさがれ、二人は何度も深呼吸をして冷静さを取り戻そうとしていた。

 顔を赤くして気まずそうにしている。


 父上のじゃまにならないように母上の膝から降りて、対面のソファに座る。

 これはもしかしなくても失敗してのかもしれない。効果は抜群でも……場合によるかもしれない。

 力なく座っている二人を見るなんて始めてだった。


「大丈夫ですか?」


「はぁ……アレス。もう少し他のことは思いつかなかったのかい?」 


「無いこともないですが……手っ取り早いかと思いました」


 父上は再び項垂れると「そうだよね」と、力なく呟いた。

 セドラと母上の関係でも十分なのかもしれないけど、より確実な方が良いと思ったが……ここまでダメージを被うものなのか?


「それで、俺がアレスだったということを理解してくれましたか?」


「そもそもの話だけど、なぜそんな事を気にしているんだい?」


 俺は両手を突き出して、父上に見せつける。

 信用していない証とも言えるこの腕輪があるから、これからの行動に大きな制限がついてしまう。


「これです。この腕輪が何よりの証拠です」


「腕輪は君を危険視するものではないよ。あの時の君は冷静な判断がなかったようだし、もう一度説明するから」


 この腕輪は一日で効力が切れ、その時に解錠される。

 だったらなぜこんな物を用意していたのかという疑問もすぐに解決された。

 去年、姉上の誕生日に一本の剣が与えられた。その時に駄々をこね、魔力糸を使いその剣を強奪。魔力が暴発し、訓練場は半壊。

 そういう経緯があって、ミュラはあの腕輪を持ち歩き俺が魔法を使用した時にはめていたらしい。

 この腕輪は俺を守るために用意されたもので、俺を縛り付けるためのものではなかった。


「あぁ……そういうことだったのですか」


 そっかそっか、明日の朝には、この腕輪は外れることになる。

 これ以上此処に居たら父上の仕事の邪魔になるから、そろそろ退散したほうが良いよな。


「ねぇアレス。扉を開けようとして、どこに行くつもりなのかな?」


 見上げると、何度も見たことのある父顔の顔があった。

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