第7話 罪悪感と決意

 俺の部屋は色々と問題もあるし、夜遅いこともあり親子三人で寝ることとなった。

 二人に挟まれ、嬉しいような、照れくさいような。でも、安心に包まれている心地よさがあった。

 似たようなことは過去にもあったけど……また違う心地よさだった。


「おはよう、アレス」


「おはようございます」


 目を覚ますと、二人共すでに起きていた。

 欠伸を漏らし、目をこすろうとしたが、あの腕輪はまだ付けられていた。

 魔力を封じるこの腕輪。そういえば、ミュラは無事なのだろうか?

 もしかするとセドラ以上の強さなのに、何かがあって倒れてしまった。


「窮屈だろうけど、もう少しだけ我慢して貰えるかな」


 以前と変わらない様子の父上だけど……いや、違うな。

 父上が俺を信用するよりも、先に俺が父上を信用するべきだ。

 これを付けているのも何かきっと意味があるんだろう。


「分かりました」


「アレス、大事な話がある」


 俺の体を支えベッドの上に座らせる。父上がベッドから出て振り返ると俺を見下ろし、さっきまで穏やかだった父上の顔に陰りが見えていた。

 大事な話。昨日の出来事が関係しているのだろうか?

 落ち着いたということもあって、もう少し詳しく聞き出そうということか。


 俺はそんな事を考えていると、父上は手を上げ躊躇うこともなく振り下ろされる。

 パンという音が耳鳴りを引き起こし、左頬に痛みが走る。

 なぜ叩かれたのか理解できない。


「今の君には、かなり痛いと思う。だけどね、その痛みよりも……子供を失った心の痛みはその比ではないことを覚えておきなさい。二度と自分だけが犠牲になればいいなんて、絶対に思わないように、いいね」


 肉体的な痛みは、一日も経たないうちに治まる。


『なぜ私に相談をしなかった! どうして……』


 あの時の父上が振り上げた拳。

 それが今になって振り下ろされた。邪神を取り込み、婚約解消することになったあの日と、今の父上が重なって見えていた。


 父上や母上は……俺と同じように?

 それはどう考えてもやっぱりありえない。父上にも前回の記憶があれば……この程度では済まない。


「私達が君の話を聞いて、どんな気持ちだったか分かるかい?」


 答えられるはずがない。

 俺の話を聞いて、前回の父上が何を感じたのかを言っているのだと思う。

 それを理解できると言っても、根本的な部分が違うように思える。


「アーク、今になってアレスを責めても苦しめるだけです。何かあれば、まず私達に相談をしなさい。それだけはちゃんと覚えていてね」


 俺には結局何もわからない。

 ただ、叩かれた痛みよりも、心の中に重くのしかかる罪悪感。

 騙してきたこと? それも一つの答えかも知れない……決定的なのはあの日のことが大きな間違いなのだろう。

 ハルトの言うように、一人で何でも背負い込みアイツに重荷を背負わせた。


 俺が話したことを、自分に置き換えて考えたから?

 きっと、今考えを巡らせても、二人の思いには当てはまらないような気がした。 




 母上にそのまま抱き抱えられ、食堂に向けて歩き出す。

 二人の様子は一変していつもと変わらない。

 目線が高くなったことで、あの頃の光景が蘇る。セドラが多かったけど……父上が抱いてくれることは本当に無かったな。


「旦那様、アレス様。おはようございます」


「セドラ! ミュラは? 大丈夫?」


「ご心配には及びません。どうぞこちらへ」


 そう言って、母上から俺を奪い取ろうとしていた。

 誤魔化しているのかもしれないが、今はそれを受け入れるしかないよな。 

 俺がもっと早く対処していれば……ミュラが倒れるようなこともなかったかもしれない。


「アレス様。ミュラを案じて頂きありがとうございます。しばらくすれば、戻ってきますよ」


「何をしているのですか? 私のアレスの母親なのですよ」


「ソフィこそ何をしている、さっさと手を離せ」


 俺に意志に関係なく二人の口論が続く。セドラは俺専属の執事ではなかったが、母上とのやり取りは変わっていないな。

 伯父なだけあって、俺を甘やかしたいのか?

 父上がやめるように言うと素直に従い、皆で食堂の中に入っていく。


「小さいフォークを用意していただけますか?」


「アレス様の席はここだ。後のことは私に任せ、お前は黙って食事をしていろ」


 俺が座っているはずの席に、セドラが座り膝をポンポンと叩いている。

 この過保護っぷりは、相変わらずというか……膝の上には行きたいとは思わん。

 食べさせるのも上手かったし、気配りも十分すぎるほど行き届いていた。


 だけどな、一口食べるごとに称賛されていた俺の身になれ。

 過去の経験もあってセドラから目を背け、母上の腕に顔を埋める。


「あ、アレス様」


「あらあら、セドラなんかよりも、母親である私がいいのよね」


 俺の取った行動により、母上は上機嫌で、セドラは放心していた。

 流石に両手が繋がれていると、食べづらいよな。

 父上と目が合い両手を突き出し、今だけはこの腕輪の解除を要求する。


「ダメだよ。諦めなさい」


「はい、あーん」


 それにしても、腕輪があるとは言えですね。

 母上の膝の上で朝食をとることになるとは思ってもなかった。


「アレス、こっちも食べなさい」


 後からやってきた姉上が、母上の真似がしたいのか料理を刺したフォークを構えている。

 こ、怖い。これがミーアやメアリであれば、簡単に俺は口を開いていた。

 今は姉上にはないが……前科というものがある。


「ほら、食べなさい」


「アレス、あーんって口を開けるのよ」


 口を開けたと同時に突っ込まれる。

 結構奥深くに……それが怖くて口を開けることができない。

 しかし、相手は姉上。一度も失敗をしていないからこそ、取る手段は一つ。


「強情ね。ほらはーい、あーん」


「そうそう、あまり奥に入れると危ないからね」


 母上に言われた通り、奥まで入れられることはなかったが……怪力による握力によって開けられたからどのみち痛い。


「食べました。もういいです、お腹いっぱいです」


「そんなじゃ大きくなれないわよ」


 その言葉には母上も同意しており、二人がかりで食べ物を口に運ばれる。


「アレス、たくさん食べて大きくなりなさい」


 抵抗するだけ無駄。

 されるがまま二人の餌付けは続くのだが……


「あっっっつ」


「こら、フィール。熱いものはちゃんと冷ましてあげないと、火傷をしてしまうでしょ?」


「ごめんね、アレス。大丈夫?」


 姉上は、俺を事を嫌っていたのではなかったのか?

 いつも不機嫌だったのはどういうことなんだろう。

 訓練を始めるまではいつも隣りにいてくれた姉上。だから、攻略法の一つを俺はまだ覚えている。


「ありがとう、お姉ちゃん」


 姉上はそうやって笑っているのがよく似合うと思う。

 あんな顔をさせないためにも、今度こそ間違えないようにしたい。

 ゲームでない、アレスとして生きた知識を使って。


「げふっ、もう、本当に無理です。ごちそうさまでした」


「デサートは別腹って言うから、まだいけるわね?」


 さっきもういいって言っただろ。いい加減分かれよこのじゃじゃ馬娘!

 姉上も加わったことで朝からかなりの量を食べさせられた。

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