第6話 アレスの両親
一人で突っ走り、バカなことをしては父上に何度も怒られ、母上は何度も呆れられ続けた。
そんな二人だっから、今の俺ですら受け入れてくれるものと勘違いしていた。
俺が危害を加えるのを見越しているかのように、父上は母上をかばうように前に出ている。
俺の足は、一歩二歩と後ろに下がっている。これまでにない恐怖感が広がっていた。
いつも優しい二人。
同じ世界だからと言って、俺の好きだった両親がここにいるはずがない。
怯えるような顔をして俺を見たことは一度たりともなかった。
「お止めください! この方はアレス様です。そのような目を向けないでください!」
ミュラは俺たちの間に割って入り、俺をかばっていた。
槍を構え、あの父上に対しての明確な敵対。
止めないと……ミュラを止めないと……そう思ってもミュラを掴む手が動かない。
「アレス様。どうか、その剣を解除してください」
「剣……」
優しく諭す声……俺は震える手で具現化されていた魔力を解除し、クリムゾンブレイドが消えていく。
ミュラが振り返ると、両手を握りしめられそのまま額に打ち付けていた。
「お許しください」ミュラはそう言って、ポケットから腕輪を取り出し俺の両腕にはめる。
その効力によって、体中の魔力が失われていくのを感じる。そして、付けられた腕輪はまるで手錠のようにくっついていた。
「アレス様。お叱りは後でちゃんと受けますから、ご自身のお言葉で旦那様と奥様に話しをしててください」
そう言って、ミュラが倒れ込む。
俺は慌てて体を揺さぶり起こそうとするが……父上に抱き抱えられ、ただミュラの名前を叫んでいた。
何が起こっているのか全く理解が追いつかない。
俺に怯えるかのような父上と母上。さっきまで普通だったのに倒れたミュラ。
命を狙われたアレス。今起こっている何もかもが、俺の知らないことばかりだった。
セドラたちにミュラと壊れた部屋のことを任せ、俺は父上と母上の寝室に来ていた。
侵入者と戦いのことを言ったとしても、その事実は塵となって消えたことで、ミュラの証言は俺よりも信憑性はある。
だけど、ミュラは気を失い証言を取れる状態ではない。
二人が気にしているのは、何が起こったのかではなくアレが気になっている。
俺の力を目の当たりにした、父上と母上。
三歳児がまともに扱えるものでもなく、何より……ミュラに諭され、その指示に従い自分の意志によって剣を消した。今となっては、たまたまや偶然という言葉で片付けられることではない。
幼いアレスが、いくら聡明だと持て囃されていたとしても……いくら優秀な魔法の家系であっても、三才児が魔法をまともに使えないのが当たり前。で、この事実だけは覆りようがない。
本当のことを口にしてしまえば……俺たち親子は、親子でなくなる。
ずっと前から心の何処かに残っていた恐怖。家族としての強い絆が芽生え、同時に失うことを恐れていた。
新たに始まった二度目の人生が始まり……突如としてできてしまった大きな溝を埋めることはできないのかもしれない。
「父上、母上。ごめんなさい」
「アレス。君に何が起こっているのか……話してくれるね?」
話す……か。もはや俺に逃げ場はない。
偽り続け、これからもアレスで居続けようとした罰なのかもしれない。
子供の頃から一人でダンジョンで暮らし、学生になってからはいくつものダンジョンを攻略した。そのことで何度も怒られたけど……この剣を見た父上は『さすがアレス。自慢の息子だよ』言ってくれた。
だけど、今回はそうはならなかった。
そんな事ありえない。
父上、俺はまた……最悪な結果を選んでしまった。
「分かりました、父上」
全てを話すことを決意した。
これできっと……偽りの家族ごっこは終わる。
俺はこれまでアレス・ローバンとして生きてきた。
それだって本当の俺じゃない。
俺の目的は今も、前回と何も変わっていない。
ミーアを助ける。
今は違う。俺の気持ちは別のものに変わっている。
「俺は……俺は、アレスではありません」
この言葉を本当は言いたくはない。
俺の両親は、今も昔のこの二人だと思えてならない。
でも、俺の記憶の底にある最低で最悪な顔すら思い出せない親が……俺の本当の両親。
だからこそ、二人を本当の両親だと思いたかった。
「俺には前世の記憶があります。異世界で命を落とし、アレスとして生き、再びこの世界に……姿はアレスだけど、心や記憶は全くの別人なのです」
こんな事を突きつけられ、動揺しない親がいるはずもない。
認めたくない言葉を、息子と同じ姿をして、同じ声で……家族でないことを否定される。
俺が泣くわけにはいかない。
スボンを握りしめ、必死に溢れようとする涙をこらえる。
父上と母上、俺との間には何の繋がりはない。アレスであっても、根本的な所はアレスじゃない。
こうして向かい合わせていると、あの時と重なる。
「続けなさい」
父上の言葉に顔を上げる。
二人はじっと見て、俺の言葉を待っている。
「俺は……」
「アレス! 前世の君が私達の息子だというのなら。話す時はちゃんと相手の目を見るようにって、私は君に教えていたはずじゃないのかい?」
父上の言葉が深く突き刺さる。
視線を二人に向けると、いつもと変わらない二人の顔があった。
俺がアレスとして生きた世界と、俺が元いた世界のことも……これまで伝えることのなかったものを全て吐き出すかのように、二人にぶつける。
途中自分が何を話しているのかもわからなくなるぐらい、内容は支離滅裂。俺は二人の子供でありたいという気持ちが大きくなり、抑え込んでいた涙が止まらず。聞くに耐えないものだったとしても、俺の両親は話を聞いてくれた。
「これで全部です」
「にわかには信じがたい、それが率直な感想だね」
「ええ。でも、嘘ではないのね」
話の途中から隣に座り、母上は俺の背中をなでてくれる。
俺がうなずくと、「そう」とだけ答えてくれた。
俺の話はただの戯言。荒唐無稽で、聞くに堪えない内容。こんなもの理解できるはずもないけど。俺には本当にあったこと。
信じることはできるはずもない。
たとえ前回に話をしたところで、分かって貰えるとは思えない。
「アーク、私はアレスを信じます。私の可愛い息子であることに違いなんて無いわ」
「そうだね。信じるのは難しい……アレスの中が違っていたとしても、君はアレスとして生きた。なら、少し成長したアレスってだけのことだよ」
この二人は、どれだけ温かいのだろう。
そして、俺はこの二人をどれだけ傷つけていたのだろうか。
何もかも今のように吐き出せば、父上と母上は信じてくれて……違った未来もあった。
そう思うと苦しくて堪らなかった。
「落ち着いたかい?」
「はい。ありがとうございます」
母上が入れてくれた紅茶を飲み、二人が隣りにいてくれたことで……落ち着きを取り戻すことができた。
俺に付けられた魔力を封じる腕輪が、本当の意味でまだ信用していないことを物語っている。
母上は俺を信じようとしている。
父上はまだ疑問に感じていることが残っているのだろう。それでも、俺に向き合ってくれている。
「アレス、不安に思うことはもう無いわ」
両親の優しさによって、受け入れてくれたことが本当に嬉しかった。
隠していたことを知りっても俺みたいなのをちゃんと息子として……受け止めてくれる。
でも……もしも、あの世界に続きがあるというのなら、俺はただの親不孝者でしか無い。
「父上、母上。俺はこれまで、二人を騙して生きてきました。本当の意味でちゃんとした親子でありたいのです。本当にごめんなさい」
ミーアを守りたい。
でも、今は違う。
俺は家族も守りたい、世界を飲み込もうとしている邪神から。
今度こそ、あんな真似はしない。あの時のように傷つけたくない。
そうならない方法を、見つけられたような気がした。
俺は、父上と母上の子供。
偽りのない本当の家族になりたい。
「ありがとうございます。父上、母上」
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