第5話 侵入者
「あら、こんばんわ」
深夜になり、俺は殺気のようなものを感じて目を覚ますと、黒いローブを纏った女性が部屋の中に立っていた。
ベッドの上に立ち、自然と胸の辺りの服を握りしめていた。
荒い呼吸をしていると、女性は左頬に手を当てて微笑みを浮かべているが……心がざわつく。
この気持ち悪さは何なんだ?
父上やセドラなら……使用人を呼ぶときのベルを鳴らせば誰かが来てくれるか?
「大きな声を出してはいけませんよ。貴方の身を案じて駆けつけてきた人が、意味もなく殺されてしまいますわ」
平然と言ってのけるその言葉に、アイツから感じる気持ち悪さが怒りに変わっていく。
しかし、ここで先手を打つわけにはいかず、ギリギリの所で思い留まる。
心を落ち着かせるために一度大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐く。一回、二回と……最悪な状況は避けるべきだ。
さっきの事は視線で判断したのだろうけど、それだけの余裕があるのだろう。目の前にいるのは、小さな子供だからな。
この女性は一体何者なんだ? 相手がいくら子供だとはいえ、ここは公爵家。
屋敷にいる人たち、父上や母上の強さをある程度知っていてもおかしくはない。
「くっ……」
そういうことなのか……索敵を展開すると、魔力量だけで言えばこの屋敷に居る誰よりも大きい。そして、人を殺すということに躊躇いなんて持っていないだろうから、その余裕な態度でよく分かる。
アイツの言う通り、誰かを呼べば犠牲になってもおかしくはない。
なにより、アイツから感じたあの気持ち悪さ。
「怯えてしまいましたか? ですが、その程度では困るのですよ」
穏やかな表情から一変して、目付きが変わる。
右腕を突き出し、手の平が俺を捉えている。何かの魔法を繰り出すつもりか?
シールドで耐えれるのならいいが……このまま外に出たとしても、俺を追うこともなく皆に攻撃しないとも限らない。
どうすれば……
「怖がらなくても、いいのです。本当の恐怖はこれからなのですよ。ふふっ」
本当の恐怖?
ローバン家での襲撃、アレスを狙う理由。父上から聞いたこともなかったし、何よりゲームにない展開に正直混乱しているが、アイツの目的がわからない。
俺に向けていた右手を握りしめ、指輪を俺に向ける。
あれは……何だ?
「ふふっ、幼い心がいつまで耐えられるのでしょう? ああ、今からとても楽しみです」
指輪から黒いモヤが飛び出し、まるでアレのようにうごめいていた。
アイツから感じるこの気持ち悪さは、そういうことでいいのか?
モヤはゆっくりと蛇の姿を変え、黒い牙をむき出し、今にも俺に襲いかかろうとしていた。
「では、さようなら」
女性が手を払うと、二匹の蛇が俺に飛びかかってくる。
だが、所詮その程度。
本当に、その程度でしか無い。
「バカな! ありえないわ」
右手を振り下ろすと、蛇は消えてなくなる。
驚くのも無理はない、俺の強さはゲームの仕様によって子供とは言えありえない程の魔力を持っている。
今の俺でもクリムゾンブレイドを具現化し、ブレイブオーラによる強化ぐらいどうってことはない。
「はあ、なんだかな。俺としては違うものを展開していたんだよ」
前回でも知らなかったこと。
ゲームでもないシナリオ。
だからこそ、何があってこうなっているのかが知りたかった。
それなのに……
「これがゲームの定番なら、雑魚の悪役でもある程度の情報を嬉々として語ってくれてもいいだろ? こっちの手札は見せたから、今となっては黒幕のことも教えてくれそうにはないし」
「そんな……」
「でもまあ、一応は聞いてみるか……誰の命令で動いている?」
俺の質問に応えることもなく窓から逃げようとも、俺は逃がすつもりはない。
そもそもなんで逃げられていると思っている? 今の俺をどうにかしたいのなら、強者でも連れてくるんだな。
逃げ出そうとするアイツに魔力糸を飛ばし手足にくくりつけ、壁に激突させる。
加減がまだ難しいか……なら、終わらせるしか無いな。
壁に押さえつけるために、胴体や首にも魔力糸を使い締め上げていく。
「ぐっ、かはっ」
「案の定、聞いた所で答えるつもりはないか。だけど、これは邪魔そうだから切り落とすか」
クリムゾンブレイドを振り下ろし、両腕を斬り飛ばす。
断末魔にような奇怪な声を上げると同時に、部屋の扉が蹴破られ……槍を持ったミュラがいた。
目を大きく見開き、その目は侵入者を捉えていた。そう思ったときには、ミュラの姿はなく父上と同じように加速をしていた。
「ま、待て」
ミュラは俺が静止する間もなく、槍は侵入者の胸を貫き、左の拳が腹を捉え……その衝撃によって大きな音を立て、壁には大きな穴が開く。
力だけなら姉上といい勝負、さすがセドラの奥さんなだけは……そんな事を考えている場合じゃないな。
「ミュラ離れろ!」
「お、ま、えは……」
槍を手に取り、ミュラは容赦なく無数の攻撃を繰り出す。
しかし、ミュラが同時にやってきたことで見落としていた。侵入者はダンジョンの魔物たちと同様に……塵となっていた。
最初から人間でなかった?
魔物だとしても、あんなに人間らしく言葉を、会話をできる魔物はいない。
多少言葉を発する程度の強者。あの最強の強者である、アムドシアスですら会話にすらならなかった。
ダンジョンに居る魔物は塵となって消える。邪神ですらそうだった、ダンジョンの魔物だとしても、全くわけが分からない。
「アレス様、ご無事ですか?」
「あ、ああ。助かった」
ミュラはそのままへたりこみ、涙を流しながら良かったを繰り返していた。
いろんな事が起こり過ぎていて呆然と立ち尽くし、涙を流し安堵するミュラが……一瞬ミーアと重なる。だからなのか、何をどう声かけるのか迷っていると、廊下から足音が聞こえ……
「アレス、無事か!」
「父上?」
俺を見る父上は……今にも剣を抜いてもおかしくないほどの鋭い眼光。
父上は殺気を放ち、母上は怯えた顔をしていた。
「その剣は一体?」
駆けつけた母上は、俺が具現化していたクリムゾンブレイドを指差している。
ミュラのことがあって消すのをすっかり忘れていた。
始めて見せる、母上による疑いの眼差しと……これまで感じたことのない父上の殺気。
「アレス……君は本当にアレスなのか?」
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