第4話 言ってはいけないこと

「アレス様、お誕生日おめでとうございます」


 最近使用人たちが慌ただしくしていると思ったらそういうことか。誕生日パーティーにはあまりいい思い出はないけど、前回よりもずいぶんと早い気がするな。


 二度目の誕生日は、前回のように病気に打ち勝ったアレスではない。

 多くの人が泣いているところを見なくていいのは少し気が楽だな。


「誕生日なんて祝うようなものじゃないと思うけど」


「何を言っているのですか。アレス様は今日で三歳になられるのですよ、お生まれの頃から聡明な方でしたが今後のご活躍に胸が膨らみます」


「はいはい、聡明そうめ……い?」


 ミュラは今おかしなことを口にしていたのに、嬉しそうな顔をして朝の身支度を済ませている彼女。しかし、確実にありえないことを言っていた。


「六歳の間違いじゃないの?」


 ミュラは目を丸くしたかと思えば、あははと声を上げて笑っている。


「背伸びをしたいお気持ちも分かります。アレス様がお生まれになられたのは王国歴三百九十二年。今年でちょうど三年、何も間違っていることはありません」


 俺って今日で三歳?

 この小さい体は……あの頃とあまり変わらないし。というか、二才児がこれなのに俺の家族は違和感というものを持っていなかったのか?

 父上や母上は俺に対して疑問に持つような言動はなかった。もしかすれば……いや、そんな馬鹿なことがあるはずもない。


 ミュラが聡明だの何だのと言っているが、俺の意識に変わるまでアレスがいたはずだ。

 同じ体だったはずのこの体には、前回と同様にそれまでの記憶は全く残っていない。

 病状の悪化したアレスに兄上が駆けつけてくれ、病気による後遺症として記憶喪失の扱いを受けていない。

 これまでのアレスは本当にミュラが言うように聡明であり、俺の取った行動はこれまでのことを踏まえても気にするほどのことではなかった。そういうことでいいのか?。


「はぁ」


 俺は自分の姿が前回と同じ時系列だと勘違いをしていたのかよ。

 あの病気によって成長が進まず、今と同じ体つきだったということか?

 ふざけすぎているだろ……前回といい今回といい、アレスの体は俺が入れ替わったことで嫌がらせでもしているのか? 面倒な事この上ないな。

 

「お体の具合が悪いのですか?」


 頭を抱えていた俺を不安げな表情をしてミュラが覗き込んでいた。

 頬をむにむにと手の平で動かして、一息をついてから整える。


「いや、そんなことはないよ」


 とりあえず、なんとかやり過ごすしかないよな。

 それからというもの、使用人と出会うたびに祝いの言葉をもらい、愛想笑いをしながらごまかしていく。

 昼になると屋敷に居る人だけでパーティーが始まる。午前中に誰も来客が無かったので想定内のことだった。


 前回の記憶では、あの日以降……ダンジョンに通い始めてからというもの、俺は誕生日を祝うことはなかった。

 皆の喜ぶ顔を見て、少しだけ罪悪感にかられる。

 兄上は、学園を放り投げて戻ってくることはなかった。

 姉上は、少し不機嫌な顔をしていた。


「アレス、こっちにおいで」


「えっと……これは?」


「覚えていないのも無理はないか。去年フィールの誕生日にお前が強請ったものだよ」


 布に包まれていた中身を取り出す。

 俺の身長に合わせた木剣だった。

 アレス、お前は一体何を考えていたんだ? これを手にした俺にどうしろっていうんだ?

 心や記憶の中にいないアレスが、俺の戸惑う姿を見て嘲笑っているように思え苛立ちを感じる。


「あ、ありがとうございます」


 強請っていたにも関わらず、ここで喜ばないわけにもいかない。

 しかし、だ。これをどうやって表現すればいいんだ?


 三歳児が木剣を貰って喜ぶには、何が正解だ!

 両手で掲げながらこの辺りを走り回ればいいのか? ミュラにやたらと聡明と言われるアレスがやる行動ではないよな?


 木剣を欲しがったということは、アレスはまだ剣を握っていないはず。

 ある程度許される行動で、このストレスの発散にもつながる。


「父上! 早速素振りをしていいですか?」


「それはかまわないけど、ここでは危ないから外でやるんだよ。ミュラ、セドラ。アレスに付いてあげなさい」


「かしこまりました」


 さすが父上、剣の訓練ともなれば心が広い。

 筋力はあまりないけど、父上と同じように剣術を学んできたセドラがいるから、スッポ抜けても大丈夫だろう。

 魔力はあっても、筋力は三歳児と変わらない。

 軽い材質で作られているようで、今の俺でもなんとか持てる程度。


 これが兄上の場合なら、軽いとか言って文句言いそうだな。

 

 庭に出て剣を構えて素振りを始める。

 懐かしい感覚に、セドラに指導されていた日々を思い出していた。


「アトラス様同様筋が良いです」


「兄上と?」


 三歳児の兄上っていうのが想像できないのだけど。

 まあ、木剣なんて使わず最初から普通の剣を使っていそうなイメージだよな。


「アレス。私が剣を受け止めてあげるから、どこからでも打ってきなさい」


 後ろから声をかけられ、振り向くと姉上が剣先を俺に向けて立っていた。

 そういや姉上は、兄上を上回るほどの……馬鹿力だったよな。そして、どこからどう見ても大人用の剣を剣先が震えることもなく持てる握力ってなんなんだよ。

 アレス、お前の姉は規格外なんだ。剣を持つ姿に凛々しいと思ったかもしれないが、あれは化け物に等しいんだぞ。


「お願いします」


 できることなら、相手にしたくない相手。ここで逃げようものなら、明日からの生活は地獄になりかねない。

 両手で木剣を持ち、姉上の剣に当てる。

 姉上は、剣を構えて俺の攻撃を待ち構えている。


 それにしても、いきなり俺の相手をしてくれるのはどういうことなんだろうな?


「でぇや!」


「ふっ」


 振り下ろした剣は軽々と止められる。


「うわわ」


 当然受け止められるのはわかっていた。だけどさ、押し返すなんて思ってなかったのだけど。

 これって訓練が始まっていることはないよな?

 この頃の姉上って手加減知っている……と、思っている方が間違いだな。

 病み上がりだった体にじゃじゃ馬娘の暴走に付き合わされたか、まるで走馬灯のように蘇ってくる。


「じゃじゃ馬娘……か」


 転がっていた剣を取って、再び姉上に向き合い走り出す。振り上げた剣は受け止められることもなく弾き飛ばされ、剣の腹で頭を軽く叩かれる。

 加減はしてくれたようだけど、それでも声にならないほどの痛みが走る。

 涙目になりつつ、セドラを見るが首を横に振るだけで俺を助けようとはしない。


「アレス、じゃじゃ馬って何かしら?」


「え……あ、いや」


「早く剣を取りなさい。ほら早く」


 さっきの言葉、声に出ていたのか?

 姉上の目付き、間違いなく怒っている。ベルフェゴル戦の前にも似たようなことがあったけど。

 あれは本気で殺しにきていた恐怖が蘇る。


「あの、えっと」


「ほら、立って。はい、剣を持って構える」


 姉上は剣を地面に突き刺し、俺の脇を持って立たせるとニッコリと笑って剣を持たせてくる。

 いい笑顔とは程遠い。

 剣の訓練では、剣を持っていないと始まらない。

 その意味はわかるのだけど……これから始まろうとしているものはもはや訓練なんて生易しいものじゃない。


「ほら、アレス。打ってきなさい」


「でやーー!! はうっ!」


 姉上に打ち込みに行ったところで、当たらないのはわかる。わかるけどさ、蹴りとか……反則的過ぎる。

 セドラとミュラはなんで呑気にお茶を、って、父上に母上?

 息子が大ピンチです、助けてください。


「アレスにはまだまだ早そうだね。でもまぁ、フィールを怒らせたのは間違いだったね」


 ちょっと待て、この公開処刑は公認なのか?

 今回も前回と同様に、それだけは勘弁してくれ!


 結局姉上からの制裁は、俺が倒れるまで続き夕方になる頃には、昼間の疲労もあって早い就寝となった。




 深夜というような時間に……ベッドのすぐ横にある窓から入る風と殺気で目を覚ます。


「あら、こんばんわ」

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