第2話 衝撃の事実?
大したことない小さな物音に対して、俺はいつもみたいに索敵を展開してしまった。
ダンジョンで長い間暮らしていたから、家の中であってもそういうことを自然に発動させていた。
だけど、それはある程度成長してからの話で、転生したばかりの俺が使えるものではなかったはずだった。思い返せば子供としてはありえないこと、何度もやっていたが……この歳の俺は、蝋燭の火ですらまともに消せないほどの風しか起こせない。
何度も練習を重ね、魔法というものを理解してようやく蝋燭の火が消せたことに喜んでいた。そんな過程をすっ飛ばして、魔力感知を応用した索敵が展開されている。
「セドラ、父上……母上」
展開された反応を追っていくと、懐かしさと嬉しさがこみ上げてくる。。
たったそれだけのことで、涙が溢れる。
あの日見た、家族の顔。
邪神、婚約破棄に至る経緯。それから起こる結末に、父上たちの顔が目に浮かんでくる。
「くっ……」
枕で涙を拭き取り、ベッドから下りた。
会いたい……そう思いゆっくりと扉を開ける。廊下を見渡すだけで色んな思い出が蘇ってくる感じがした。
父上と兄上に引きずり回され、メイドたちに追いかけられる。
思い出の殆どは怒られていることが多かった。でも、今はそんな思い出が嬉しく思えていた。
「それほど昔でもないのに……」
再び索敵を展開し、気づかれないように下へと進んでいく。
すでに何人かの使用人が仕事を始めていた。この頃の俺は、話すことも起き上がることもできないはず。
それでも、一目でいいから両親の顔が見たかった。
「どうかしたの?」
「いえ、誰かがいたような気がしたので」
「気のせいじゃないの?」
まさかあのタイミングで、振り向かれるとは思わなかった。
あんな人もいたんだな。そもそも使用人と言っても、ずっとこの屋敷にいたわけじゃないだろうし……あまり話をすることもなかったからな。
とっさに動けたけど、さすがに子供だけのことはあるか。この世界が何なのかわからないが、これまでと同じなら体ぐらいは今からでも鍛えたほうがいいかもしれないな。
「父上たちはまだ寝室のようだな。やれやれ、せっかく息子が会いに来ているというのに」
俺の心情を呟いたところで、当人がそれを知る由も無い。
音を立てないように、ゆっくりと扉を開ける。
足音で気づかれないように、飛行魔法で少しだけ浮く。
寝ている二人の顔を見るまでは良かったのだが……この場所にやった来たことをすぐに後悔をする。
絶対に気が付かれないように慎重に部屋から出ていく。
寝室から距離を取って壁にもたれ緊張をほぐしていた。
「てっきり感動するかと思ったが、息子としてはあまり見たくもないものを見てしまった」
ベッドの脇に置かれていた衣服、あの二人が仲睦まじくていいのはわかるが……いや、違う。
二人共寝るときはああなんだ。そういう人だっているって、そう思いたい。
さっき見た光景が、無かったものにしたく何度も頭を振っていた。
「アレス様?」
「え?」
「こんな朝早くにどうされましたか?」
この聞き覚えのある声、セドラ!?
こっそりと見るつもりだったのに、こんな時に一番面倒なのが来るのかよ。
これまでセドラによる言動からすれば、大きな声で泣くから近くにいる両親にもバレてしまう。
ど、どうすれば?
「お腹が空いたのでしたら、お着替えの前に朝食になされますか?」
そう言って、手を差し伸べる。
あれ?
いつものセドラであれば、俺の意志関係なく抱きかかえていたはず、それなのに手を繋げと?
あのセドラが!? 涙腺崩壊を起こしていたはずのセドラが?
どう考えてもありえない。穏やかで優しい顔をしているセドラの手を取ると、ただ嬉しそうに笑っている。
「怖い夢でも見られたのですかな?」
今の現状がある意味悪夢だよな。
「まあ、近いような……」
俺は慌てて、手を口に当てるがどう考えても無駄なことだった。
しかし、そんな俺の行動を見てもセドラは口元を隠して笑うだけ。歩いていることも、話していることにも気にしていないように思える。
ここは本当に現実の世界なのか?
邪神の一部を取り込み神剣に討たれたことで、何かの効力が発動した? それで夢のようなものを見ている?
考えられなくはないような、違うような……とりあえず現状は、あの頃と少しだけ違うってことだな。
でも、なんという違和感なんだろう。いつもではないセドラを前にして困惑をするが、それでもここやって手を差し伸べる程度に過保護なのは変わらないか。
なら……少し試してみるか。
「セドラ、着替えを先にする」
「かしこまりした、それでは今日は私がお手伝いを致します」
今日は? いつもセドラがしてくれていたよな?
下りてきた階段を登り、自分の部屋に向かう。セドラは俺が転ばないように気にかけるが、抱きかかえて階段を登ることもなかった。結局自分の部屋に辿り着くまで見守っているだけだった。
「では、こちらのお召し物でよろしいですかな?」
クローゼットから何度も来たような服を取り出し、床に膝を付けて目線を合わせている。
これがあのセドラだというのか?
「うん。それでいい」
そう言って両手を広げると、服の着替えを手伝ってくれる。
子供の頃はこれが当たり前で、よくあることだった。でも、この違和感の正体は何なんだ?
俺が一人で歩けるようになったのは、二ヶ月ぐらいか?
姉上に連れ回されてた時はセドラだけでなく、もしもに備えて他の使用人もついてきていた。
「ありがとう、セドラ」
そうだ。この世界で目覚めた俺はなんとか歩くことはできたが、あれだけ歩いたというのに息切れすることもないなんてことがありえない。軽くジャンプをしても、思っている以上に体もよく動く。
全く何が何だか……あの頃と違って、俺は病気になっていない。
セドラの様子からして、アレスが病気になっていない別の世界に来たということなのか?
「セドラさんがどうして?」
「ミュラ。アレス様のお付きとは言え、主人の部屋をノックも無しに開けるとは何事だ」
「ごめんなさい」
この人はさっきの……というか、俺付きの侍女?
俺の専属はセドラなはず。いよいよ意味がわからないな。
「あ、アレス様。怒っていますか?」
アレスは何かの病気によって話すことも、歩くこともできずこのベッドで寝たきりの状態だった。
俺が転生した時にはその病気は治っていた。窓の外を眺めているところに急いで帰ってきた兄上と対面をした。
それから広間に案内されて、家族と初めての会話は皆が涙を流していた。
「アレス様、たとえ私の妻であろうともお気になされることはありません」
「は?」
ええぇぇえ!?
ちょっと待て、セドラって既婚者?
いやいやいや、ええぇぇえええ!?
そんな話知らないんですけど? 聞いたことすらないし、聞かなかったからって話でもなかったよな?
セドラは隠していたが、母上のお兄さんで俺にとっては専属の執事であり叔父に当たる。
母上の性格からして、父上だけでなく妻を利用することだってあるはず。
「セドラ……結婚していたの?」
「はい。ご理解されていると思っておりましたが……そのようなことよりも、ミュラのことをきつくお叱りください」
ミュラは申し訳無さそうな目をして俺を見ているが、今の俺はそんなどうでも良かった。
目の前に並んでいるこの二人が、夫婦だという事実が衝撃的過ぎる。
ここが別の世界だったとしても……あまりにもおかしな設定だろ?
あのセドラに妻? しかも、かなりの美人。
よくこんな融通が利かなそうな奴と結婚しようと思ったな。
「え? ああ、うん。セドラ、今日はたまたま起きていただけ。ミュラがノックをしなかったのは僕が寝ているから、起こさないようにと思ってのことだよ。なら叱る必要なんてどこにあるんだ?」
「アレス様」
「アレス様がそう仰っしゃられるのであれば」
とりあえず夢ではなさそうだが……いきなりこの状況は何なんだ?
セドラに嫁がいた! しかも美人!
ということは、俺の伯母?
二人に手を繋がれ食堂へと歩き出す。
これからの生活は本当にどうなっていくんだ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます