第2話 ありがちな昔話

 望遠鏡を覗き込むと、光の波が押し寄せた。


 だからかもしれない。少し眩しい。

 でもなぜだろう。目が離せない。


 黄色、青色、赤色と言った色とりどりの砂糖菓子のような星々が無作法に敷き詰められている。


 きっと何かしらの意味を持って配置されているのだろう。

 

 でも、なぜそのような規則性のある配置なのか。

 その理由についてはわからない。


 いかんせん中学1年の理科の授業では、天体の単元を学習していないからだ。


 まあ、そもそもその単元を学んだとしても、きっと天体を理解できないことは明白だろう。


 それくらい宇宙は広くて複雑なことくらいバカな俺でも知っていた。


 明日、家に帰ったら天文学?というのかわからないが、とにかく宇宙科学に関する本を買いに行こう。


 そんなことを考えている時だった。

 少し遠くの空から、何かが飛来してくる音が聞こえてきた。


 咄嗟に覗き込んでいた望遠鏡から身体を離して、あたりを見渡した。


 何かがおかしい。

 でも何がおかしいのかわからない。


 もう一度、水平方向に視線を夜空へと動かした。

 相変わらず、秩父の山に人の気配はない。

 ただ暗闇と木々が俺を取り囲っているだけに思えた。


 そしてーー身体を逸らすように、ぐるっと見上げて原因がわかった。


 先ほどまでよりもーーやけに、夜空が明るいのだ。

 天体観測にうってつけの夜空であったのに、いつの間にか青白い光が射していた。


 この違和感はなんだ……?

 

 今日の暦は満月ではない。


 なのに……今はなぜやたらと大きな月が空に現れているのだろうか。


 まさか急に天体の法則性が変わったわけではあるまい。


 そんなバカな思考を邪魔するように、徐々に何かの音が聞こえてきた。


 それは昔、祖父の家に行った時の懐かしい音だった。

 名前も知らないお祭りに参加したときに聞いた和太鼓の音や少し甲高い縦笛のような伝統的な音が響いてきた。


 音が大きくなり、そして視界いっぱいに青白い光が満たされた。


 反射的に目を瞑ってしまった。

 何度か瞬きをして、やっと視界が鮮明になった。


「こんばんは、今日は少し蒸し暑い夜ですね?」


 そう言って、着物を羽織った背丈の同じくらいの女の子が俺の目の前に立っていた。どこか違う国から来た迷い人のように、キョロキョロと周囲を見渡した後、青白い瞳が俺のことを捕らえた。

 

「そ、そうですね?」と俺が声を絞り出すと、気まずそうに女の子が「は、はい……」と答えた。


「……」

「……」


 お互い数秒ほど気まずさによって、無言になった。


 決してその神秘的な可愛さに見惚れていたわけではない。


 俺はただ……そう、青白い髪と青白い瞳が少し、いや、かなり特殊であり、その上、急に目の前に人の姿が現れたため驚いただけなのだ。


 うん、そうだ。


 あまりにもこの世の存在から程遠い美しい女の子が現れたんだから、適切なリアクションを取ることができなかっただけだ。


 そんな言い訳を自分に言い聞かせた。


 一方で、この時の竹取姫花はなぜか焦ったように早口だった。


「コホン……私は決して怪しくありません。たまたま散歩していたら、この森に迷い込んでしまった普通の人間なのですっ!」


 のちにこの時のことを聞くと、竹取姫花はこう言った。


『だって、初めての地球人との遭遇よ?緊張していたに決まっているじゃない?』


 まあ挙動不審だったのはお互い様だろう、とそう思った。

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