【短編】隣の席の竹取姫花がかぐや姫であることを、俺だけが知っている

渡月鏡花

第1話 ありがちな高校生活

 少し開けられた窓とカーテンの隙間から夕日が差し込み、手元に開いた数学の教科書を照らした。


 そのオレンジ色の光が視界を覆った。乱反射した光はこれまでの集中を途切れさせるのには十分だった。


 それに大して興味もない勉強だから一層のこと、なんだかどうでもよく思えて嫌気がさした。


 ちくちくとする視界。

 何度か瞬きをして教室を見渡すと、とっくにクラスメイトたちの姿はない。


 白い壁に掛けられている時計の秒針の進む音がチクタクと微かに聞こえる。

 そういえば何時なのか。

 

「……18時か」


 まだ日没には程遠い時間。


 今朝確認した天気予報によると、本日7月1日の日没時刻は、19時02分だったはずだ。そうなると俺が帰宅するにはまだ早い時間だ。


 まだダメだ。

 あの家には帰りたくない。


 そんなことを思っていると、カーテンが風に煽られバタバタと音を立てた。


 その音に釣られて視線が動いてしまった。

 カーテンがゆらゆらと揺れ動いて先ほどよりも隙間が広がっている。

 

 その隙間から外の景色が視界に入り込んできた。

 

 校舎から離れた校庭でサッカー部がボールを追いかける姿や陸上部がグランドの周囲を懸命に走り込んでいた。

 

 懸命に練習している生徒たちの姿。

 そんなどうでも良い風景をみている時だ。

 ガラガラと少し立て付けの悪い音が鳴った。


 頬杖しながら、視線を教室前方へと向けるとーー竹取姫花たけとりひめかが室内に入ってきた。姫花の好奇心の強そうな黒い瞳がキョロキョロと周囲を見渡した。それから俺をことをじっと見た。

  

「あれ……山田君は?」

「知らん。そもそもこのクラスにそんな苗字のやついないはずだろうが……どこの誰だそいつは?逆に知りたいんだが?」


「うーん、私もよく知らないんだよね……『この』時間に『この』教室に来るように言われたんだけど……」


「また告白の呼び出しか……?」


「うーん……」と姫花は少し困ったように視線を逸らしてから「どうだろ?」と言った。少し気まずくなった雰囲気を壊すように、姫花は明るい口調続けた。


海都かいとくんは、いつまで残っているつもりなの?」

「そっちこそ、いつまで残っているつもりだよ?」


「もー質問に質問で返すのはよくないですよー?」と姫花はぷくっとふぐのように頬を膨らました。


 少し幼い言動というか、なんというか。

 『そんなあざとい仕草をするから愚かな男を惑わすんだ』という言葉をなんとか飲み込むことに成功した。


「そんなことよりも……告白されても誰とも付き合うつもりはないのか?」

「あー誤魔化したー」

「茶化すな。ほんとのところどうなんだ?毎回毎回告白されておいて、誰とも付き合わないのは、嫌味か?」

「……」


 わずかな間、思案するように視線を逸らした。そしてすぐに俺を見た。


「私は……15日後にあっちに戻るつもりだから」


 姫花の視線が少し細められた。

 その途端、青白い光が姫花の身体を包んだ。先ほどまで確かに黒かった髪が青白いクラゲのように発光している。


 そうだ……竹取姫花は人間じゃないんだ。


 普段から姫花が人間でないことを意識することなんてないからついつい失念してしまっていた。


 一見すると、どこにでもいる普通の女子高生ーー人間の姿をしている。


 いや、普通からは程遠いか。


 少なくとも容姿に関してはかなり整っている部類に入るだろう。


 肩までかかるほどのミディアムボムの髪、好奇心の強そうな大きな瞳、桜色の小さな唇、きめ細やかな色白い肌、強く抱きしめてしまうと壊れてしまいそうな華奢な身体、可愛いと綺麗の中間に位置するかのような完璧な造形。


 などと、クラスメイトたちが噂しているくらいに普通以上の容姿を持っている女の子。それが竹取姫花だった。


 いずれにしても、竹取姫花という女の子は普通の高校1年生ではない。

 それにあの時ーー中学生の頃に知った事実を加味すると、なおさらだろう。


 『だろう』という曖昧な推測なのは、実際に俺が、竹取姫花を本当に異星人なのかどうかという証明のしようがない上に確かめようの無いことだからだ。

 

 俺だけが知っている竹取姫花の秘密。


 あの夏の日に出会った時からの腐れ縁とでもいうべき関係。


 それ以上でもそれ以下でもない。


 二人だけの秘密。


「よかったら、一緒に帰らない?」

「俺は構わないが……山田くんとやらはもういいのか?」

「こないんだもん……仕方ないでしょ」


 姫花は小さくつぶやいた。


 ああ、あれだ。


 これは、きっと同意が欲しいわけではないのであろう。

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