私の嘘

 私は大人しく炬燵の中で駿也を待った。暫くして「お待たせー」と駿也がおでんを持って登場した。

 駿也は鍋敷きを炬燵の中央に置き、その上におでんの鍋を乗せた。

 「ちょっと待ってて。今からおでんの器とご飯持ってくるから。」と言って駿也はもう一度台所へ向かった。

 なんて駿也は優しいんだろう。私はそう思うことしかできなかった。

 少しして駿也がおでん用の器とご飯を両手に抱えてやってきた。

 「じゃあ、食べよっか。いただきます。」と駿也が元気よく言う。「いただきます。」と私はその元気さとは比べ物にならないくらい貧弱な声で言った。

 駿也はまず私のおでんをよそった。はんぺんに大根、じゃがいも、薩摩揚げ、餅巾着、あと駿也が好きなウィンナー。私は『ありがとう』も言えぬままただそこに座っている。私の分をよそい終えると駿也は漸く自分の分のおでんをよそい始めた。

 私はその間に自分の大根を食べた。

 美味しい。

 しっかりと芯まで味がしみていて美味しい。

 次にじゃがいもを食べた。ホクホク加減が絶妙、でもおでんのつゆに融けている訳でもなくて美味しい。

 薩摩揚げも食べた。餅巾着も食べた。はんぺんもウィンナーも。おでんの汁も全部自分のお腹の中に収めた。

 「美味しい。」と私は溢した。

 「ん?美味しい?」と駿也が訊いた。

 「うん、美味しいよ。」と私は言った。それと同時に涙も出てきた。

 「そんなに美味しいか。」と駿也は得意げである。

 「美味しいよぉ。駿也。」と私は泣きながら言うと

 「いや、俺は美味しくないよ。」と返ってきた。

 その返事に私は笑った。泣きながら笑った。とても幸せだ。この涙は幸せの涙だ。私はそう思うことにした。


 その後、駿也がお風呂に入った時も私がお風呂に入った時も泣かなかった。

 きっと私の中で何かが固まったのだろう。

 そして私と駿也はベッドへ向かった。

 掛け布団の中でいつものように手を繋いだ。駿也は相変わらず静かに寝ている。が、私は中々寝付けない。それもそうだ、駿也が帰ってくるまで昼寝をしたら夜は眠くないだろう。

 私は寝返りを打つため駿也の手を解き、駿也から背を向けた。

 その時、私の上にのしかかるものが来た。それは駿也であった。

 私は驚き、じっとした。

 すると「今日は大丈夫だった?ここ最近疲れてるみたいだからちょっと心配してたんだ。あとごめんね、あんなキツい言い方しちゃって。それと部屋の掃除してくれてありがとう令子さん。」と駿也が言った。

 令子さん。駿也が令子さんと言った。あの時、そう初めて会った時以来だ。

 そうだ、駿也はあの時と何も変わっていないんだ。

 「こちらこそ、今日はありがとう。」と私は感謝を口にすると、バッッと掛け布団を剥ぐ音と共に「起きてたの?」と駿也の驚きの声が聞こえた。

 「うん、起きてた。」と私は駿也の方を見ると、彼は起き上がっているのか寝転がっているのかわからない中途半端な状態で私のことを見つめていた。

 駿也はすぐさま読書用のライトを点ける為、起き上がり、私が起きていることを確認し、「え、じゃあ今までのも全部聞いてたってこと?」と駿也が意味不明なことを言い出したため、取り敢えず、うん。と頷くことした。最初は少し戸惑ったが、直ぐに理解した。そう、今まで朝起きた時覆いかぶさっていたのは私が寝た後駿也自身が故意に行っていたものだったのだ。

 「まじかー全部聞かれてたのかー。え、まさか今までのやつ全部聞いてたわけじゃないよね?今日偶々起きてただけだよね?」駿也はかなり焦っている様子だ。

 「全部聞いてたよ。昨日のもその前のも。」と私は嘘吐く。

 「結構変なこと言ってたのも全部聞いてたんだよね。」と駿也は私に確認する。

 「まあーそうだね。」と私は根拠もないのにまた嘘を吐いた。

 駿也は恥じらいを隠しきれずにいる。その姿がとても可愛らしかった。

 駿也が中々寝転がらないので、私も座ることにした。

 私はずっと駿也のことを見ている。私は駿也と一緒に居てよかった。と心の底から思った。

 すると駿也が恥じらいを辞め、私の眼を見た。私も駿也の眼を見る。駿也の眼はとても優しい。

 そのまま見つめ合っていると駿也が私に近づき始めた。私と駿也の距離が少しずつ、少しずつ近づいていく。

 やがて鼻先が触れるくらいになると駿也の動きが止まった。

 私は動悸が止まらない。こんなにも駿也のことを間近で見たことがないからだ。

 そのまま私の唇と駿也の唇が静かに触れた。

 思えば駿也とは初めてだ。もう二度と無いかもしれない。そんな儚さがあった。

 数秒経ち、魔法が解けるように自然とほどけていった。

 もう一度駿也の顔を見た。駿也ははにかんでいる。私も同じようにはにかんでいるに違いない。

 「一緒に寝よっか。」と駿也が静寂の中で呟いた。

 うん、と私が頷くと駿也は私を抱き寄せそのままベッドに倒れた。

 駿也の匂いがする。とても心地が良い匂いだ。

 そのまま私達は寝た。

 二人で深い深い眠りに就いた。

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