あの時の眼

 知らない場所だ。全方位、三百六十度全て白い世界。そこで私は寝そべっていた。

 私は徐ろに起き上がり「誰か、居ますか?」と恐る恐る訊ねる。その声はその白い世界に響き渡り虚しさを強調させる。

 「誰か、居ないの?」と私は先程よりも大きな声で訊ねる。それでも白い世界には自分の声しか響かない。私はやはり駄目なんだ。一人でいるしかない。そんなことを考えていたら膝から崩れ落ちてしまいそのまま泣いた。こんなにも泣くのは初めてでもう涙腺が壊れた病気に罹ってしまったのではないかと疑ってしまうくらいだった。

 泣き声も響く。「誰かぁ、居ないのぉ」と私は嘆く。すると「ここにいるよ。」と後ろから声が聞こえる。振り返るとかなり遠くで笑顔の駿也が立って腕を広げている。

 私は立ち上がり駿也の方へ真っ直ぐ走った。涙が落ちる。駿也との距離がどんどん縮まる。「駿也、駿也!」と私は叫びながら走り漸く駿也の胸に飛び込んだ。「大丈夫?」と駿也の優しくあたたかい声が鼓膜を擽る。私は肩で呼吸しながら安堵の溜息を漏らした。

 駿也を見ると、微笑んでいる。私も思わず微笑む。

 すると、駿也が少しずつ消えていった。どんどん透明になっていく。

 「駿也?駿也、待って!」と私は叫ぶが駿也はそこで微笑んでいるだけ。

 何で?こんなに近くにいるのに、駿也が見えなくなっていく。

 数秒経ち、駿也は跡形もなく消えてしまった。私はまた泣いた。泣き叫んだ。

 その時、この自分が居る白い世界から何処からともなく懐かしいおでんの匂いがした。

 おでん?今日の夜ご飯。今日は私が当番だ!

 そう思い飛び起きるとそこはいつもの家の中で私は炬燵に居た。どうやらそのまま眠ってしまったらしい。

 「あ、起きた?」と台所から駿也の声が聞こえる。

 私は急いで台所に向かった。そして最初に目にしたのが、グツグツと煮込まれているおでんだった。

 「令子、今日おでんにする予定だったんだね。冷蔵庫の中を見た時ウィンナーが入ってて嬉しかったよ。」と駿也は私に言った。

 「ごめん、今日は私が作る日だよね。今から変わるよ。」私は駿也の言葉を無視した。

 「いいよ、令子は休んでな。」と駿也が言う。

 「でも、今日は私が作る日だよ。」と私も言い返す。

 「大丈夫だって。俺だってこれぐらい一人でできる。」と駿也も言い返す。

 「だから、私がやる」「いいから令子は休んで、今日一日家に居たのにこんな時間まで昼寝してるのはおかしいよ。絶対疲れてるはずだよ。寝てる時もうなされてた。令子はいつも背負い込みすぎてる。もうちょっと俺を頼って良いんだよ。」と駿也は私にかなりキツめに言った。私は返す言葉も無く黙ってる。


 「あの時と同じ眼だよ。」


 駿也は言った。

 「初めて会った時と同じ目をしてる。あの時も泣いてたよね。」と駿也は優しく言った。

 私は駿也の顔を見て思った。

 駿也もあの時と同じ眼をしている。あの真っ直ぐな眼、私が駿也のことを好きになった眼、あの時と何も変わっていない。

 「今日は俺に任せて、令子は炬燵で待ってて。」と駿也は優しくあたたかい声で言った。

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