夕食

 手洗いを済ませ、リビングに出ると駿也は炬燵の中で濡れた手を温めていた。その炬燵の上には駿也と私の分の白米と味噌汁と今日のメインメニュー、鰤大根がある。鰤大根は少し大きめのお皿に乗っている為か、ラスボス感がある。

 「お待たせー」と私は駿也に告げる。

 「待ってたよー」と駿也はやや間抜けな声で返事をした。こういう一瞬の可愛さが駿也にはある。

 私は駿也の左隣に座った。これにも理由がある。私は左利きで駿也の右に座るとお互いの腕が邪魔になりご飯が食べにくくなってしまうからだ。そしてこれを提案したのは駿也である。駿也には細やかな優しさがある。これが人に対する優しさなのか私への愛情なのかはわからない。これも私が最近綱渡りな状態と感じている原因といえる。

 「じゃあ食べよう。いただきます。」と駿也が元気よく言う。「いただきます。」と私もそれに続く。

 私は早速駿也がお手製の鰤大根を口に入れた。鰤は身がホロホロで甘い。大根も中まで味が染みていて美味しい。やはり駿也の料理は絶品だ。そしてご飯を食べる。私は白米が好きだ。就中駿也が炊いたご飯が一番好きだ。これをきっと『恋は盲目』というのは想像がつく。その相手が駿也であるなら本望だが、一寸も見えない程の盲目はいくら駿也でも耐えきれない。

 「令子ってよく食べるよね。」と駿也が唐突に言った。

 「そうだね。これは親譲りかもしれない。」と私は返した。

 「初めて令子のこと見かけた時、『なんかすごい大人っぽい人いるな』って思ったんだけど。実際付き合ってみると『大人っぽい』っていうのはあんまり感じないなぁ。」と駿也は言った。

 「『大人っぽい』は小学生くらいから言われてたんだよ。だから外食する時はコーラとかメロンソーダとか頼んじゃ駄目なのかなぁって思ってた時あったんだよね。」と私は過去の自分を駿也に話した。

 「中学生になったら紅茶とか頼んでた?」と駿也は言った。「え?なんでわかったの?」と私はその質問に驚いた。「あ、当たってたんだ。」と駿也は当たり前のように言った。「紅茶とか飲んでた。あとご飯もあんまり外では食べなかった。当時はめっちゃ必死だったけど、今思うとバカみたい。」と私は呟いた。

 「ご飯は沢山食べたほうが良いよ。食べた分だけ幸福感があるし、作った側としては美味しそうに食べてるの見ると作り甲斐があるから。」と駿也は言った。

 その言葉が心に刺さった。ほんとに嬉しい。

 「なんかありがとね。」と私は訳もなく感謝を口にした。

 「こちらこそ。」と駿也は言う。果たして会話が成立しているのかは不明だが、この時間はとても良い。

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