あたたかさ

 その日以降、私は駿也の家へ通うようになった。その年の秋には同棲を始めようと駿也の方から提案された。今まで通り駿也の家に通うのも悪くは無かったが、駿也と毎日共に過ごすと考えるとワクワクした為、私も同意した。

 それからおよそ三ヶ月程経った。今の現状を例えるなら綱渡りであろう。

 私は駿也のことが好きである。背が高いし、顔立ちも良い。それに一番良いのは眼だ。私はあの真っ直ぐな眼に惹かれたのだ。一緒に暮らしてみれば家事も私よりできる。

 でも、何か足りない感じが否めない。それがわからない。

 私はそんなことを考えながら〈借りナイト〉でお気に入りのバンドのCDを借りた。

 そのまま近くのスーパーに寄り、明日のご飯の食材を買った。料理は日替わりで交代で今日は駿也が作る日。そして明日は私が作る日。私はスーパーの中で何を作ろうか考えた。冬だから温かいものにしよう。と思い真っ先に出たのはおでんだった。

 おでん。いいかも。と自分の中で肯定し、早速食材を集めに脚を動かした。

 はんぺんに大根、じゃがいも、薩摩揚げ、油揚げ、あと駿也が作ったおでんにはウィンナーが入ってたな。入れたらきっと喜ぶかな。と想像しながら袋に入ったウィンナーを入れた。

 会計を済ませ、食材を袋に入れ、スーパーを出た。

 外は相変わらず寒いまま、手が悴んで袋を落としてしまいそうだ。私はそんなことを考えながら家に向かった。

 家に帰ると仄かに温かい。そのまま私はリビングへのドアを開けた。すると先程よりも何倍もの温かさが体を包んだ。悴んでいた手も解けてきた。

 「なんか、幸せそうな顔してるよ。」と駿也は言った。

 「だって、温かいんだもん。」と素直に答えた。

 「そりゃ、暖房ついてるからね。」と当たり前なことを言う。

 「今日のご飯何?」と私は食材を冷蔵庫の中に入れながら訊ねた。

 「今日は鰤大根だよ。」と駿也は自慢げに言った。

 「鰤大根いいね。温まりそう。」と私は返した。

 「取り敢えず手洗ってきな、暖かい炬燵が令子待ってるよ。」と私を手洗いをするように煽った。

 私はそれに従い、洗面所に向かった。着ていたジャンパーを脱ぎ、腕をまくり、水を出したが、その水が予想以上に冷たく私は飛び上がった。冷たい。私は冷たいものが嫌いだ。何故なら小学生の頃この『冷たい』と漢字を習った時、クラスのやんちゃ坊主が「この漢字草田令子の『令』が入ってるから草田は冷たい人なんだ。」と言われたからだ。私は自覚が無かったが、本当にそうなのではないかと疑ってしまった。そうではないと考えているとその人の声が蘇る。その時に味方になってくれた人がいた。その人はとても暖かく春風を纏ったような人だった。今思い出しても心が落ち着く。その人に駿也似ている。すごく似ている。駿也のあの眼はとても暖かく、落ち着く。

 「令子?ご飯できたよ。」と後ろから駿也の声が聞こえ、また飛び上がりその上素っ頓狂な声を出してしまった。

 「おぅ、なんかごめん。」と直ぐに駿也は自分は悪くないのに謝った。

 「別に大丈夫だよ。ご飯だよね。今手洗いするから。」と私は無理やり繕った。

 「向こうで待ってるね。」と駿也は私のことを置き去りにした。

 その瞬間洗面所の温度が下がるのを感じた。

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