立花駿也
私が駿也のことを知ったのは大学一年の五月、今は十二月であるためおよそ七ヶ月前の話である。
駿也とは年齢も学部もサークルも同じで私の個人的な印象は『名前を知っているよく見かける人』であった。それが今や恋人である。
私は中学、高校とベースを弾いていたため軽音サークルに入った。大学生としての生活に慣れ始めた頃、私はサークルのノリが合わず、自分の立ち居位置がわからなくなった。それが切っ掛けで私は毎晩のように泣いていた。
そんな毎日を送っていたある夏の晩。私は急に外に出たくなった。
夜なら知っている人もいないだろうし、自由に散歩ができるだろうと考え部屋着に眼鏡という恰好で外出を試みたが、外は自分の通う大学の学生ばかりで参ってしまった。
なるべく身を隠せる場所へ向かおうと思い、二十四時間営業の〈借りナイト〉に逃げ込んだ。
そこには例の〈借りナイト〉独自の試聴ボックスがあり、私は知っているバンドやアーティストのCDを持って、なるべく身を隠すために六つ並ぶ内の一番左のボックスに走り込んだ。中は薄暗かったが、今の自分の心理状態には丁度良かった。
また、ヘッドフォンで周りの音が遮られる感覚も心地よく思う存分自分の世界に浸れた。そしてこの幸福感に涙が出てしまった。
一通り聴き終えた私は涙目のままボックスを出た。ボックスのドアを開けると私の前には今や私の恋人である
「もしかして、
「そうですけど、」と私は正直に答えた。
「最近サークルに来てないみたいだから心配しました。」と言いながら駿也は真っ直ぐ私を見た。
その眼の真っ直ぐさに私は心を打たれた。端的に言うと、
一目惚れした。
私は一目惚れなど今までに一度もしたことはなく。柄に合わない現実に少々パニックになり泣きそうになった。
「え、どうしました?大丈夫ですか?」と駿也は私に話しかけるも、私はなかなか泣き止まなかった。
すると、私は腕を掴まれ、そのまま先程まで入っていたボックスに入った。
一人用のボックス、二人で入るのはとてもきつく私も駿也も小さく体育座りをした。横に首を向けることさえ厳しいくらい狭く、私達は目の前のコンポを凝視した。
「なにかあるなら、全部言ってください。」と駿也が言った。
私はそのまま黙っているのも気が引けたので、サークルに行けない理由とそれが切っ掛けで毎晩泣いてしまっていること、今日ここに来たことの経緯を全て話した。
話し始めた時は辛くて、胸が痛くてと思っていたけれど、次第に胸の痛みは収まり、気分が良くなった。
「草田さん、大変でしたね。」と駿也は言った。
「令子でいいよ。立花くん」と私は言った。
「じゃあ、立花くんじゃなくて駿也でいいよ。令子さん」と駿也は返した。
その後は私は駿也の家に泊まり、二人で朝を迎えた。
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