新しい家
自宅の車に乗るのは何日ぶりだろう。と私はふと思った。
中学生になってから移動は殆ど自転車か歩きだった為、車に乗るのに少し緊張した。また今日は新しい家に行く為、そのドキドキもあり、車の中で私は酔いそうになった。
車を降りて自分が住むことになるであろう家を見た。その家は写真で見たときよりもずっとボロく、ずっと汚かった。私は想像を遥かに下回ったこの家を見て少し悲しい気持になった。
「ここが物件です。では、中に入ってみましょう。」と不動産屋らしき人が手招きした。
私達はその人の後に続いて中に入った。入口付近で白い手袋を貰い、私はそれを自分の手に嵌めた。
入り口の少し重めのドアを潜り、それとは対象的な玄関とリビングに繋がるドアを開けると中は思ったよりも広々としていて居心地が良かった。特に印象的だったのは大きな吹き抜けだった。きっとこの吹き抜けのお陰で広く感じるのだろうと思った。
「案外綺麗だな。」と父が感心している。
「そうね〜。」と母がそれに続く。
「あそこから落ちるのはヤダね。」と肇は吹き抜けを指差す。
私はその時丁度不動産屋の人の方を向いていた。その人は肇の言葉を聞いて少し俯いていた。
やっぱりこの家に何かあるんだな。と私は思った。
二階に上がると部屋が五つあった。今の家は自分の部屋が持てず肇と同じ部屋で寝ていたがここなら違う部屋で寝れる。と思い私は嬉しくなった。何故なら肇の鼾はとても煩いからだ。
一通りルームツアーが終わり母と肇と私で庭に出ることにした。ここの家の最大の特徴として中庭があり、それがそこそこ広いことだと不動産屋の人は言っていた。
その中庭は想像以上に広く、私は心がちょっと浮いた。
肇は中庭で子犬のように燥いでいた。
「小夏も燥いで良いんだよ。」と母が私の耳元で囁いた。
「遠慮しとくよ。」と私は苦笑気味に返した。
でも、自分も肇くらいの頃はこんな感じだったのだろうかと思うとなんか今は違うなと思った。
そんな燥いでいる肇は急に動きを止めた。そして「お母さん、この水道の蛇口曲がってるよ。」と突然言った。
私も母も疑心暗鬼であったが、蛇口が曲がっているのは本当だった。
その曲がり方は物凄く不自然で蛇口の根本からグニャッと深いお辞儀をしているように曲がっていた。
「どうしてんだろうね。」と母は言った。
「ちょっと聞いてみるね。」と私は家の中を覗いた。中では不動産屋の人と父が何やら話していた。それならまだ気にすることはないのだが、父が少し困った表情をしていたのだ。そして急に頭を抱えだした。
本当にこの家は大丈夫なのか?と私の不安が脳を支配していった。
父は抱えていた頭を上げると家の中を覗いている私と目が合った。
父は挙動不審になった上に目が泳いでいた。
そしてゆっくり私の方へ歩み寄り、引き違い戸を開けると「ど、どうしたんだい?」と震えた声で私に訊ねた。近くで見ると顔が引き攣っていた。
「あ、なんかね、中庭の蛇口が、ま、曲がってるみたいなんだよ。」と父に釣られ震えた声で言ってしまった。
その言葉を聞いた父と不動産屋の人は二人揃って顔を白くした。
二人は大急ぎで中庭を出てその蛇口を確認した。
「今日は一旦帰るぞ。」と父は乱暴に言った。
「急にどうしたの?そんな事を言ったら不動産屋の人がかわいそうでしょ。」とお腹を膨らました母が言ったが、「いえ、今日はこのくらいにしておきましょう。」と不動産屋の人が父に同情した為、私達はここを退散することになった。
自宅の車に乗ろうとしたその時、ガチャッと家のドアが開く音がした。振り返るとそこには見覚えのある人が居た。
思い出すのに時間が掛かったけれど、確かにそこに居るのは石崎くんだった。
え、石崎くんここに住んでるの?と私は疑問に思い、車に片足つけて後ろを振り返っているという不自然極まりない恰好だった。
そんな状態で石崎くんと目が合った。
プライベートで知り合いと会うことすら恥ずかしいのにこんな恰好を見られてしまったのも相まって、恥ずかしさが増した。
「早く乗りなさい。」と少し焦っている父に急かされ私はもどかしい気持を砕き車に乗った。
新しい家から帰ってきた晩。私は父に呼ばれた。
肇とお母さんはもうとっくに寝ている。
ダイニングテーブルには神妙な面持ちの父が座っていた。
「小夏、そこに座って。」と言う父の声は頗る堅い。
「わかった、、」と私はその父の雰囲気を飲み込めていない事を露わにしながら言った。
私は父に言われた場所の椅子を引き、座った。
父は一つ深呼吸をして。「実は、あの家は事故物件なんだ。」と弱々しくもはっきりと言った。
「やっぱり?」と私は素直な気持を言った。
「そっか、小夏は気づいてたか。」と父は言った。
「それで、相談なんだけど。あの家に引っ越そうか迷っているんだよ。それで、小夏はあの家に住みたい?」と父は震える声で私に訊いた。
私の答えは、「引っ越す」の一択だった。理由は隣に石崎くんが住んでいたからだ。
「私はあそこに引っ越したいよ。」と私は正直に言った。
「そうか、それなら引っ越そう。」と父の声色がほんの少し明るくなった。
「だって、幽霊が出たらお父さんがなんとかするんでしょ?」と私は父に言うと、「そうだ、そうだよ。お父さんがなんとかするんだよ。」と子供みたいに自分自身を元気づけていた。
そして二人で笑いあった。薄暗いダイニングの中、静かに笑いあった。
「ありがとう。じゃあ、小夏ももう寝ていいよ。」と父が私に告げた。
「わかった。おやすみ。」と私は父に夜の挨拶を掛けた。
「おやすみ。」と父も私に返した。
私はそのまま自分の部屋に向かった。
ドアを開けると肇が二段ベッドの下のベッドに座っていた。
「どうしたの?私のベッドに座って。」と私は肇に訊くと「あの家、怖いの?」と戯けた声で私に訊いた。「わからない。でも、なんかあったらお姉ちゃんが肇を守るから。」と私は柄にも合わないことを言ってみた。
肇はその言葉に安堵したのか少し強張っていた体が少し緩んだ。
私はそのまま肇のことを抱きしめて「おやすみ。」と耳元で囁いた。
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