陽子

 石崎くんが早退したのは丁度お昼ご飯の時である。

 詳細は分からないが、きっと体調不良だろうと私は思うことにした。

 「石崎くん帰っちゃったねー」と陽子が私のことを冷やかす。

 「はいはい、帰っちゃったねー」と私は軽くあしらう。

 それに対して陽子は、なんだよー。と言いたげな表情をしていたが特に気にすることは無いだろう。

 「それよりさ、私引っ越すことになったんだよね。」と陽子にさり気なく伝えると「うそ!?何で!?小夏と違う学校はやだよ〜」と陽子は露骨に悲しんだ。

 「大丈夫、学区は変わらないみたい。」と私は言うと陽子は「なーんだ露骨に悲しんだ意味ないじゃん。」と言いながら頬を膨らませた。陽子にはこういう感情の上がり下がりがあり、これは故意にやっているのかそうでないかは定かでは無いが、私は陽子が好きである。

 陽子とは小学の時は違う学校だった。

 中学一年生になった。教室という小さい箱の中の何処を見て良いのかわからなくなっていた四月に私は陽子と出会った。

 勿論、顔も名前も知らないから頗る緊張したのを覚えている。でもその緊張は直ぐに解けた。何故なら同じ幼稚園だったからだ。

 私も陽子も幼稚園の記憶を掘り起こすのはとても難しかった。だけれど、私達が通っていた幼稚園の園長先生の話で盛り上がり意気投合した。

 この日から私達は歩幅をともにするようになった。

 陽子は数学と理科が得意で国語と社会が苦手であり、私はその逆で国語と社会が得意で数学と理科が苦手である。そんなこともありお互いに得意科目はダムの放流のようにアウトプットし、苦手科目は鯨がオキアミを吸い込むかの如くインプットしてきた。

 こうして私達は中学校生活という大きいような小さい世界を乗り切ってきた。このような友達がいることに母も父も安心していた。

 そんな陽子と今同じ方向を向きながら歩みを進めている。

 「小夏はさ〜勇気がないんだよ。臆病なんだよ。だから、石崎くんの席を見つめるだけで一日が終わるんだよ。」と私に向かって陽子が言う。

 「だから、好きでもないから。」と私は言い返す。

 「嫌いでもないでしょ?」と陽子がからかう。

 「そりゃ、嫌いじゃないよ。」と私が言うと。「やっぱりー」と陽子がご機嫌になる。最近はいつもこのような話しかしない。

 「小夏は可愛いよ。背も低くて、髪だって綺麗なのに、告れない。そう、勇気一つあれば石崎くんだって『OK』って言ってくれるはずなのに。もう勿体ない。勿体ないからその長所全部私にくれたって良いのに。」と陽子は悪魔の契約のようなことを口にする。

 「別に良いけど。」と私は言ってみると。

 「え〜。そんな寂しいこと言わないでよ〜」と言いながら笑っていた。

それに釣られて私も笑った。

 そんなこんなで家に着いた。

 陽子とはここでお別れだ。

 私は「明日ね〜」と陽子に手を振った。陽子も「またね〜」と私に振りかえした。

 すると陽子は「いしざきこーたーろー!」と大きな声で叫んだ。

 きっとこれも私への煽りだけども、恥ずかしくなり私は直ぐに自分の家に入った。

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