お隣さん

引っ越し提案

 「家族が増えるから引っ越ししよう。」と父が夕食中に言った。

 私は驚いた。弟のはじめも私と同じ顔をしていた。妊娠四ヶ月の母は前々から知っていたようで「お、やっとか言ったか。」というような表情をしていた。

 「じゃぁ、今の小学校とは違うところに行かなくちゃいけなくなるの?」と肇は心配そうに言うが「いや、そうはならない。一応今の小学校の学区内だから。勿論、中学も同じだ。」と父は私の心配事を見透かしたように言った。

 「この前不動産屋の前を通ったら値段が安い物件があってね。」と父は鼻の穴を膨らました。

 肇は人生最初の引っ越しに胸を躍らせている様子だ。

 「どうした小夏こなつ、なにか不満があるの?」と母は私の顔を覗き込んだ。

 「いや、特になにもないよ。」と私は返す。なにもないのは本当だ。

 「なら良かった。」と母は安堵の色を浮かべた。

 「それじゃ、引っ越しは決まりでいいね。」と父は威勢よく言った。

 私は少し俯きながら頷いた。不安とか不満があるわけではない。ただ、何処か実感が無いだけだ。

 そんなことを考えながら食器をシンクに片付けお風呂に入った。湧き上がる湯気を見つめ少しぼうっとしお風呂を上がった。

 居間には私を抜いた家族三人が肩を並べて引っ越しをする物件を見ている。

 「小夏、この家だ。」と父がチラシを私に渡した。

  きっと白塗りだったのだろうが年季が入っていて壁がベージュ気味になっている。屋根は紺色、外見は悪くない。

 私は値段の方に目を向けた。その値段はかなり安かった。

 「これ、事故物件なんかじゃないの?」と私は思ったままの疑問を父にぶつけた。

 「仮に幽霊が出てもお父さんがなんとかするさ。」だから安心しなさい。と父は言った。

 私は興味の無いままスマホと一緒に自分の部屋へ向かった。

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