一日後
私は未だに母親が亡くなったことが信じられずにいる。
電話をかければ直ぐに母親の声が聞こえてきそうだった。
その日は小説を書く気にもなれなく、出版社に締切をもう少し延ばしてくれないか、と頼んだ。
出版社の方は『駄目』とも言わず、『わかりました。ゆっくり休んで下さい。』と言ってくれた。
実際、仕事をしなくて良いとなると今日という一日がとても暇に感じた。
何をするにも、何を考えるにも直ぐに飽きてしまう。やはり小説を書こうと思っても、そう思った途端やる気が失せてしまう。
「何をしよう。」私はテレビの横に置いてある母親の遺影に向かって問いかけた。
すると、「ハリー・ポッターはどう?」と母親の声が聞こえてきたような気がした。
私は幻聴だろうと思うことにしたが、これを機に『ハリー・ポッター』を見るのも悪くないとも思えた。
私は鉛で出来ているような体を起こしDVDが保管してある棚に向かった。
中には埃を被った『ハリー・ポッター』全話があり、私はその中から一話目であろう『ハリー・ポッターと賢者の石』を取り出した。
テレビの前に座りディスクを出そうと開けてみると中には『賢者の石』ではなく、『母親の意思』と書かれた白いディスクが入っていた。
私は混乱したが直ぐにそれをディスプレイの中に入れた。
キュルキュル、とディスクを読み込む音がする。
そして、そこそこ大きいテレビに映っていたのは正真正銘の私の母親だった。
【晴月、元気か?お母さんはもう駄目だ。だけど元気だよ。きっとこれを観てるってことはお母さんはもう写真の中の人になってると思う。ま、それは良いとして。晴月、あんたは臆病だ、それに物事を深く考えすぎる癖がある。これはぜーんぶ私の所為だよ。あんたには苦労をかけっぱなしだった。だから晴月にはお母さんの病気は言わなかったんだ。許してくれ、ごめん!さっき晴月は臆病で物事を深く考えすぎって言ったけど、見方によれば晴月はとても慎重で物事を想像するのがものすごい得意、それに晴月はその自分が想像したことの殆どが当たってる。これは誰にも奪えない晴月自身の宝であり、お母さんの誇りだ。だから、胸を張って生きな!あんたならなんでも出来る。お母さんは全部知ってるからね〜】
最後に母親はゲラゲラ笑っていた。私の知っている母親そのものだった。
もう涙が止まらない。止めどなく溢れてくる。
数十分泣き続け、ようやく落ちついた。
私はベランダに出て明るい月を観た。
今日は満月だ。
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