今日、
母親が亡くなった。
ずっと闘病生活を送っていたらしい。
昨日私が電話した時にはもう衰弱しきっていたと母親の棺桶の前で香代から伝えられた。
香代に何故私に言わなかったのかは問い詰めなかった。
理由は二つある。一つはきっと心配をしてほしくない母親の願望を香代は守っていたのだろう。と私は察したからだ。
二つ目は香代がひたすら私に「ごめんなさい」と言い続けていたからだ。
もう何時間たっただろう。ずっと時間が止まっているような気がする。
「お母さんの顔綺麗だね。」と香代が言った。
本当に綺麗だった。私は、うん。と一つ頷いた。
「やっぱりお兄ちゃんとお母さん、目元が似てるね。」と香代がいきなり言った。
自覚はない、なんせ自分の顔をまじまじと観たことが無いからだ。だけど嬉しかった。自分がちゃんと母親の子供であると認められた気がしたからだ。
「香代も口元が似てるよ。」と私は言った。
香代も私と同じように嬉しそうな表情を浮かべている。
兄妹は似るのだな。と私は思った。
ウィィンと自動ドアが開く音がした。一通りのお葬式は終わったのにこのタイミングでと私は疑問を感じた。
入ってきた人は少し大柄の男だった。
最初は誰だか見当もつかなかったが、直ぐ分かった。
私の父親だ。
私が十歳になる頃に家を出ていった。父親だ。
「こんばんは、俺の元妻が亡くなったって聞いて見に来ました。」と男は言った。
何が見に来ました、だ。
私の母親は観賞するものではないぞ。
私は酷く腹が立った。
「何を言っている?私の母親を見に来たってあなた何を言ってるんですか?」と私は叫んだ。
「何って、、言葉の通り見に来たって言ってんだよ。早く通せよ!」と男は怒鳴った。
「あなたには絶対に母親に会わせません。」と私は断った。
「何でだ?俺は元妻の顔を見に来たって言ってんだよ。それにお前、俺の息子だろ?俺の息子なら言うこと聞けよ!」と男は言った。
「なら、私の名前はなんですか?」と男に訊ねた。
「そんなの言わなくてもいいだろ!」と男は返す。
「私の妹の名前は?私の好きな食べ物は?私の今の職業は?私の母と妹が好きな映画は?」と私は男に詰め寄った。
「実の父親に向かってなんて口聞くんだ!」男は怒鳴った。
「あなたの事を私は一度も父親と思ったことは無い!」と私は男に向かって鋭い矢を放つように言った。
想像もしていなかった言葉に男は狼狽えていた。
そのまま、男はブツブツ何か言いながら帰っていった。
私と香代は暫くその場に立ち竦んでいた。
「お兄ちゃん凄いね。」と香代の声が聞こえる。
私は何もしていない。ただあの男に対してムカついただけだ。と私は思った。
帰りのバスの中、私と香代は何も話さなかった。
特に話すことも無いし話す気分にもなれなかったが、香代がバスを降りる際「お兄ちゃんは強いし、お母さんに似てるよ。」と一言だけ言った。
その後私は何事もなかったかのように自宅のドアを開けた。
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