二日前
次の日、ピンポーンという無機質なインターホンの音で目が覚めた。
時計を見る。もう十時半だった。寝惚けているだけかと思い乾いた眼をよく凝らしてもう一度見たが、時計は十時半を表している。
私はベッドから体を起こし、玄関へ向かう。
インターホンの画面には妹の香代が映っていた。
『通話』のボタンを押す。ピッと甲高い音がなった後「どうした。」と画面越しに問いかける。
「あ、お兄ちゃん?昨日元気なかったじゃんそのことをお母さんに言ったら『明日晴月のうちに行って来い。』って言われたから来た。」と香代は億劫そうでありながらも少し口角が上がっていた。
「一応元気だよ。っていうか昨日の晩にお母さんから電話きたんだよ。」と私は香代に伝える。
「、、、そうなんだ。あ、そうだ家に上がっていい?」と香代は私に言った。
「いつも通り汚いけど。」と私は応じる。
「そんなのデフォルトでしょ。」と香代は言った。
クォッッと鈍く籠もった音と共に玄関からガチャッとドアが開いた。
「お邪魔しまーす。」と香代の声がする。
私はそれに反応しないで、自分の家の居間を粗く片付けた。
「なんか埃っぽいね。」と香代が言う。
すると徐ろにカーテンと窓を開けた。
外から二月の凍てつく風が入り私は思わず「寒っ」と言ってしまった。
香代は元々厚着をしていたから「そう?」と首を傾げた。
私は急いでクローゼットから自分の黒いダウンを取りに行った。
クローゼットを漁りようやく見つけたダウンは二年前に買ったというのに新品のようだった。
その新品のようなダウンを羽織ると、先程よりかは寒さは軽減した。
「ちょっと待ってて、お茶出すから。」と私は香代に言い、急須を棚から取り出した。
すると、「大丈夫、ただ中に入りたかっただけだから。もう帰るね。じゃあねー」と言いそそくさと家を出てしまった。
一体何をしに来たんだと疑問に思うも、これが香代のいつもであるため直ぐに気にしなくなった。
香代と私は十歳差で彼女は今大学で最後の青春を謳歌している真っ最中だった。そんな妹は人懐っこくて誰にでも好かれる性格である。ある種恵まれていると私は思う。
香代の好きな物は洋画だ。これは母親に影響されたものである。特に一番好きなのは『ハリー・ポッター』であり、地上波で放送することが決まると毎回テレビを二人で占領していたのをよく覚えている。
そして、私が実家を出る時には「渡したいものがある」と言われ、目隠しをつけられた。
きっと一人暮らしに必要な何かなのだろうと思っていたが、目隠しを外した先には『ハリー・ポッター』の一話から最終話までのDVDセットが実家のダイニングテーブルの上に置いてあった。
「なんでこれ?」と問いかけたところ。「きっと一人暮らしになったら暇になるだろうから。」と母親が言った。
私は、別に『ハリー・ポッター』なんて見ないけどな。と思ってしまった。とその時「今あんた、『ハリー・ポッターなんて見ないけど』なんて思ったでしょ。」と母親は言った。
まさに図星で私は仰け反りそうになったが、今までの事を考えると私の母親は私の感情を直ぐに言い当てる技を持っている為、これくらいを読み取るのは朝飯前だろうと思った。
その後、「きっと役に立つから。」と言われた。私は断りきれず新居まで『ハリー・ポッター』を持っていったがまだ一度も見たことがない。
香代が家を去り、私は自分の部屋でひたすら小説を書いた。時々、出版社の人と電話で会話をしたが、それ以外は白いパソコンの画面とにらめっこをしていた。
気づくともう夕方の五時を過ぎていた。
執筆をしていると時空が歪むのは当たり前だった。この生活は何年も続けているためもう体は慣れている。いや、狂っているという方が近いかもしれない。
そんなことを考えながら私は自分の部屋を出て冷蔵庫にある切り干し大根を手で摘んだ。
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