魔王様、アナザーワールド・ランドへ誰と行ったのかハルに突っ込まれる
シトシトと、雨が降っている。
咲き始めた
紫陽花は、魔王たちが住む、捨てられた家の庭に、雄々しく葉を広げている。誰が、何の目的で植えたのだろう。最後に手入れされたのか何時か、誰も知らない。
魔王コラプサー●ライブ
「このあいだアナザーワールド・ランドに行ってきた」
『魔王様じきじき魔界の偵察ですか』
『お疲れ様です』
「久しぶりに里帰りした気分だったよ」
『魔界へ里帰りw』
『里帰りw』
『草』
『草』
『魔王の里帰りw』
『久しぶりの里帰りはどうでしたか?』
「楽しかったよ。アトラクションというのか。故郷のモンスターに似てたな」
『魔界のモンスターに似てたと』
『楽しめたようでなにより』
『俺も行きたいが一緒に行ってくれる人がいない』
『魔王様は誰と行ったんですか?』
「友達とだな」
『女ですか』
『女だな』
『女とかうらやま』
「それはノーコメントだ」
『否定も肯定もしない』
『それ肯定の意ですよ』
『おんなだったのかああ』
魔王の配信は欠かさず見ているハルが、この事実を看過するはずがない。
「魔王様、お話があります」
「おう。なんだ」
「アナザーワールド・ランドへ行かれたそうですね」
「なんだ。配信を見たのか」
「友達と行かれたそうですが、私、その友達を存じ上げません。是非、教えてください」
「ああ、あれだ。バイト先の人だ」
「どちらのバイトでしょう?」
「まあ、誰でもいいじゃないか」
魔王は言葉を濁して、その場を立ち去る。
何か隠しているのは確か。さて、どうやって突き止めようか。
雨の中、カラフルな傘をさした女性が、『西村農園』と書かれた看板の前に立っていた。西村農園は、ツバサたちが働いている農園だ。
農園の入り口は、簡単な柵で閉じられているが、カギはかかっていない。
”当農園は、なるべく自然な環境で野菜や果物を育てています。旬の美味しい野菜や果物の販売もしています。お気軽にご来場ください。”
女性は、柵を小さく開けて、中へ入って行った。
カッパを着て畑の草むしりをしてるツバサ。雑草はあっという間に成長する。除草剤を使わない、自然農法にとって欠かせない作業だ。
しかし、長時間しゃがんで作業していると、体が痛い。時々、立ち上がって背伸びをしたり、屈伸したりして、体をリセットする。
ふ~と、ため息をついたとき、遠くにカラフルな傘が目に入った。誰だろ? お客さんかな。一旦、作業を中断して、出迎えに行こうと、傘に近づいた。
「いらっしゃいませ」
傘をずらしたとき、顔が見えた。
「ソラ!」
「こんにちは。ツバサ」
「どうしたの?」
「遊びに来たよ」
「シズク! カスミ! ソラが来た!」
「えっ! ソラ?」
小走りで、ソラに周りに集まるシズクとカスミ。
「ひさしぶり~」
「元気だった?」
ちょっとだけ談笑。
「私たち、まだ仕事中なんだ。家に案内するから、そこで待っててくれる」
「OK」
玄関のわきに、紫陽花が咲いている。
「おじさん。友達が遊びに来た」
家の奥から、おじさんが歩いて来る。
「すいません。突然、お邪魔してしまって」
「いいよ。さあ、あがって。お茶出すよ」
「おかまいなく」
「私。仕事に戻らなきゃ。後でゆっくり話そう。じゃあね」
そう言って、ツバサは仕事に戻って行った。
居間にあがると、西村さんが、お茶とお茶請けを出してくれた。
「ありがとうございます」
「あなたも、外国から来たのかい?」
「はい? はい、そうです」
「今はどこに?」
「東京の友人の家に、お世話になっています」
「それは良かった。あの三人が来た時は、素っ裸で山に投げ出された挙句、火もなく夜を明かして、歩いてばあさんの家まで来たらしい」
「そうなんですか」
「夕飯、食べていくだろ」
「いえ。友達と話したら、帰ろうと思います」
「久しぶりに会ったんだろ」
「はい」
「積もる話もあるだろうに。ゆっくりして行きなさい」
「ありがとうございます」
お茶を飲む。美味しい。
そのうち、美味しそうな香りが漂ってくる。夕食のしたくをしているのだろう。お世話になっているんだし、少しでもお手伝いしよう。
ガラス戸を開ける。
「あの、なにかお手伝いできることありませんか?」
そこに、西村さんの奥さんがいた。
「あなたはお客様ですから、座ってお待ちになってて」
「はい」
踵を返して、元の座布団に座った。
テーブルの上には、大皿に唐揚げ山盛りや、とんかつ。アスパラガス。蒸かしたジャガイモ。スライスしたにんじんや玉ねぎ。茹でたたけのこ。フキの煮物。料理が次々と並べられる。思わずお腹が鳴る。
「ただいま~」
「ただいま」
「今日の作業、終わりました」
三人が帰ってくる。
「おかえり」
「夕食の前に、お風呂入ってくるから、待っててくれる」
「OK」
四人そろったところで、やっと食事になる。
「いただきま~す」
「いただきます」
「いただきます」
せわしなく箸を運ぶ三人に対し、静かなソラ。
「どうしたの、ソラ? 早くしないとなくなっちゃうよ」
「四人で食事なんて、王宮の晩餐以来だよね」
「シ!」
シズクがカスミに耳打ちする。
「魔界での話は、おじさんたちの前では厳禁」
「ご、ごめん」
気を取り直して。
「ソラと会って話すの、すっごい久しぶりだよ。今まで何してたの?」
「佐藤さんご夫婦の家にお世話になってる」
「なんか、美人になったよね」
「そうかな。化粧のせいだと思うけど」
「カスミなんか、広告に載ってるソラを見て、真似して化粧してるよ」
「ちょっと、それ言わないでよ」
「最初、化け物みたいだったよ」
「それ、見てみたいな」
「私のスマフォで撮ってあるから、後で見せてあげる」
「やーめーてー」
ソラは唐揚げを口に入れた。
「美味しい」
「でしょ? ねえ、野菜も食べてよ。あたしたちが世話したんだよ」
野菜は、サラダのように和えてドレッシングがかかっているわけではない。ひとつひとつの野菜が個別に盛られている。
シズクが適当に取り分けてくれる。
「ありがとう」
にんじんを一口。コリ! という音がする。
「美味しい」
「でしょ。なにしろ自然農法ですから」
「なに偉そうに言ってんの。ところで、唐揚げはどうだった?」
「美味しかったよ」
「スーパーで売っている鶏肉で作った唐揚げと比べてどうだった?」
「硬いじゃなくて、はごたえがあったかな。弾力があるというか」
「とんかつ食べてみてよ」
ソラは、とんかつにかぶりつく。
「美味しい。やっぱり弾力があるのかな。硬いとは違うんだけど」
「
「そうだね。あっちの方がもっと硬かったし臭かったけど」
「確かに」
「これ、どこで獲れた肉?」
「お隣の、高橋畜産場さんからいただきました」
「美味しいですって、伝えておいて」
「わかった。喜ぶと思うよ」
あれだけあった料理が、あっという間になくなった。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまです」
ソラがふと、時計を見る。
「そろそろ、帰らなきゃ」
「え? 今日は泊まっていきなよ」
「そうだよ~。全然、話し足りないよ」
「明日、予定あるの?」
「午後に仕事がある」
「朝の電車に乗れば間に合うよ」
「パジャマパーティーしよう!」
「西村さん、よろしいですか?」
「いいよ」
「それじゃ、泊まっていこうかな」
「やった」
「ほんじゃ、お風呂入りなさい。タオル用意しておくから」
「あたしの着替え貸してあげる」
「カスミのサイズじゃ小さすぎ。私の着替え、貸してあげる」
「ありがとう」
お風呂を済ませ、三人の部屋へ行くと、既に布団が敷かれていた。
「ここがみんなの部屋? 綺麗なところね」
「ソラ。どうしたの? 連絡もなく、突然、来て」
「なんか、急にみんなの顔が見たくなってさ」
「そーだね」
さっきまで陽気だった、カスミの様子がおかしい。
「カスミ、ひさしぶり。元気だった?」
「この間、魔王コラプサーの配信で話したじゃん」
「こうして会うのはひさしぶりでしょ」
「ソラさ、魔王コラプサーのVTuber配信の時、なんで魔王の味方したの?」
「カスミ、その話は止めなよ」
「だって、納得できない」
「ツバサ、どういうこと?」
「どうも納得ができないらしい。私やシズクは、納得しているんだけど」
「ねえソラ、なんで? あの魔王は人を殺して食べてたんだよ」
「なんで今その話し? さっきまでは楽しくご飯食べてたでしょ」
「おっちゃん達の前でいきなりケンカできないじゃん」
困った。いきなりケンカ腰。話にならない。チラッとシズクに目線を送る。シズクは目線を返して、向こうの部屋へと導いた。シズクに導かれるまま、隣の部屋に入る。
「カスミはどうしたの?」
「見てのとおり、ソラが魔王コラプサーを擁護したことが納得できないようだ」
「そう」
「ところで、今日はなにしに来た?」
「別に。さっきも言ったけど、みんなの顔が見たかったし、直接会って話したかったし」
「私も会いたかった」
「どう? こっちの暮らしは」
「どうだろう。楽しいのとはちょっと違う。かといって、苦しい訳でもない。魔界では、常に緊張していた。いつどこから魔物が攻めてくるかわからなかったから。今は、平和だ。突然、魔物に襲われる危険は無い。たぶん、突然の環境の変化に、頭がついていけていないだけなんだと思う」
「そう」
「ソラはだいぶ、異世界の生活に溶け込んでいるようだ」
「そう見える?」
「モデルの仕事をして、化粧をして、服もアクセサリーも、ずいぶんと異世界的じゃないか」
「…」
「なにか、話したいことがあったんじゃないのか?」
「え?」
「会いたいって理由だけで、雨の日に、わざわざこんな山奥に来ない」
「相変わらず鋭いな、シズクは」
「ホントのところはどうなの?」
「相談したいことがあった」
「私でよければ聞くよ」
「さっき、佐藤さんご夫婦にお世話になっているって言ったでしょ。お二人とも、魔界からの転生者で、元モンスターで、その…、旦那さんのことを…」
「好きになった?」
紅潮した顔を、コクリとちいさくうなずいた。
「私たち四人、子供の頃から魔王討伐をめざして切磋琢磨してきた。色恋については、まったく無かった。転生したとはいえ、ソラが人を好きになった。私は応援するよ」
「でも、相手は伴侶がいる人だよ」
「止めなさい、というのは簡単だけど、奪い盗れ、というほど簡単な話じゃない」
「どうしたらいいかな?」
「わからない。さっきも言ったけど、私たちの恋愛偏差値は0。月並みな言葉しか掛けられない」
「?」
「ソラの思うようにしたら良い」
「シズク、ありがとう」
「たいした話しはしていない」
「ちょっと、気が楽になったよ」
「なら、良かった」
そんな時、魔王のもとに一通のメールが届く。差出人は、VTuberを集めたおもしろ企画を配信している、『稲羽とぶ』というVTuberからだった。メールの内容は、
「魔王様の方々に、真の魔王の座を賭けて、戦ってください!」
参加者は、魔王コラプサーの他、
『壱百万歳魔王コレム』
100万歳の魔王をめざす、実は下っ端悪魔
『デモデモ・デモネス』
露出の多い淫乱女魔王
『魔王ロロム』
ロリっ娘魔王
『エレノア・セプテンバー(Eleanor September)』
お酒を飲むために魔界から日本にやってきた魔王
なるほど。真の魔王を決めようということか。是非もない。参加する旨、返信する。
一週間後、その配信が始まる。
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