魔王様、アナザーワールド・ランドへ行く

 グリーンバックの前に立つソラ。目の前には存在しないモノに向かって手をかざし、視線をおくって、楽し気な表情をする。

 実に不思議な撮影方法だが、合成された写真には、自分が、アナザーワールド・ランドで興じている、ひとりの女性として登場している。ホントに、魔法みたい。


「お疲れさまー」

「お疲れ様です」

 撮影後、ディレクターに呼び止められる。

「これ、今回の広告主からもらったアナザーワールド・ランドのペア招待券。あげるよ」

「ありがとうございます」

「彼氏とでも行ってきな」

 彼氏? そんな人いませんよ。と、思った瞬間、なぜかマオの顔が頭に浮かんだ。そうだ、マオさんとハルさんにプレゼントしよう。ふたりには、住まいを借りているし、ツバサと会えたお礼をしていない。

 でも、ハルさん、私にアタリ強いんだよね。どうしてなんだろう。




 昼間、どんよりと曇っていた空は、夕方からポツポツ、雨が降り始めた。

 騎士ツバサ、賢者シズク、魔法使いカスミの三人は、食後の自由時間。就寝までの間、三人の余暇の過ごし方は、それぞれに個性が出ている。

 ツバサは、ライトノベルや漫画の読書。

 シズクは、テレビでバラエティ番組の視聴。

 カスミは、パソコンでYouTubeの視聴。

 気に入った話題があると、束の間、会話を交えて、話題が途切れると、元の趣味に戻る。


「あっ!」

 突然、カスミが大声をあげた。

「どうしたの?」

「魔王がVTuberしてる」

「どうせ、キャラクター付けでしょ」

「そうじゃない。魔王コラプサー」

「え?」

「それ、元の世界の魔王じゃない」

「偽物じゃない?」

「でも、本物っぽいこと、話してるよ」




魔王コラプサー●ライブ

「余が魔界でしていたことは、実はあまりない」

 『ニートw』

 『大会社の社長的な』

 『大会社の会長』

「実際に戦っているのは前線にいるモンスターたちだったしな。モンスターを集団ごとに束ねる長はいたが、現場を指揮するのが仕事だ。たくさんいる長を四天王が束ねていたし、戦況の分析と、戦略、戦術は軍師パルサーがやっていたからな」

 『日本企業の縦社会w』

 『主任<課長<部長<常務<専務<魔王コラプサー』

 『末端の社員が社内の実情をSNSで暴露するパターンですね』

 『それで最初とぼけて炎上するパターン』

 『火消しのためにとりあえず謝っておく』

「余の場合、謝りはしないがな」

 『最低の社長だ』

 『あんた最低だな』

 『草』

「部下から不満があがったことはなかったが」

 『ワンマン社長に不満は言えないものです』

 『そこでSNSです』

「死んだモンスターが文句を言えるわけなかろう」

 『無慈悲』

 『草』

 『死人が出ても問題ない会社最高w』

「代わりはいくらでも生まれたからな」

 『草』

 『さすが魔界』



「ほら、魔界のこと言ってる」

「これだけじゃ、本物とはいえないよ」

 カスミは、正体を確かめるため、コメントに参加する。

 『ミレーの村を襲ったのも魔王の差し金か?』

「ミレーの村って、カスミの生まれ故郷」

「ミレーの村? 知らんな」

 『それなら誰の差し金だ』

「それが戦術のひとつだとしたら、軍師パルサーだな」

 『パルサーなら、勇者ソラのパーティーに倒されたはずだ』

「ああ。そのとおりだ」

 『ミレーの村を襲ったモンスターも私たちが倒した』

「それは殊勝なことだ」

 『上から目線で言うな! 散々人を殺しておいて』

「それはすまなかった」

 『謝ってすむ問題か!』

「カスミ、落ち着きなよ」

「ツバサ、ソラに報告して。魔王コラプサーがVTuberやってるって」

 ツバサはLineでソラに報告する。


 Lineを見たソラは、パソコンをつけ『VTuber 魔王コラプサー』を検索。配信はすぐに見つかった。


 『魔界RTA勢がいるぞ』

 『おまえは村を焼かれたのか俺は身を焼かれた』

 『ミレーの村ってなに?』

 『たぶん農村』

 『落ち穂拾ってるからな』

「おまえも異世界に転生したのか?」

 『そうだ』

「名を訊こう」

 『魔王に名乗るいわれは無い』

 『俺も転生した名無しです』

 『俺も転生してスライムになった』

 『俺はクモになったぜ』

 『俺は転生して剣になった』


 『今まで何人殺した?』

「覚えてないな」

 『何人食べた?』

「覚えてないな」

 『殺したことも食べたことも認めるんだな』

「ああ。まちがいない」

 『外道が』

 『ネタですか』

 『魔王様、あおり耐性なさすぎ』

 『転生したあなたは何者よ』

「どうしたら余は許されると思う?」

 『殺したあたしの、ママとパパを生き返らせて』

「それはできん。余は魔界で死に、異世界に転生した。魔界に干渉することは叶わない」

 『なら、永遠に呪ってやる』

 『呪っても人は生き返らないよ』

 『人を呪わば穴二つ』

 『止めておなさい』

 ソラ『止めておきなさい』

「ソラ!?」

「ソラだ」

「本物かな?」

 『ソラひさしぶり』

 『ひさしぶり』

 『あなたが本物のソラなら、ダリの迷宮であたしがしたこと覚えてるでしょ?』

 ソラ『時の罠にハマって、混乱したね』

 『時の底まで落ちた』

 ソラ『時の罠を解除するのには苦労したよ。でも、目を回したあなたは滑稽だった』

 『滑稽だった…。あのときと同じ事を言うんじゃない』

 ソラ『あのね。魔王は異世界で私が倒した。本人曰く、異世界に転生した。それはもう、生まれ変わったと言っていい。生まれ変わった世界においてまで、前世の罪を償う必要があるかな?』

 『そ、それは』



 配信は、そのまま終了した。

 魔王は、パソコンの前で深いため息をついた。

 前世の罪か…。まさか、ソラがコメントするとは思ってもみなかった。余がマオであること、気が付かれたか? まあ、いずれわかることだ。しかたがない。



 その日の夕食。

 普段はにぎやかなマオさんが、黙々と箸を動かしている。元気がない。なにかあったのだろうか。

「ビールが切れた。おかわりはあるか?」

「今のが最後です。買ってきましょうか?」

「いや、いい。後で自分で買いに行く」

「買い物は主婦の私の仕事です。私が買いに行きます」

「ちょっと外に出たい気分なんだ」

「かしこまりました」


 食後、外に出たマオを追った。

「マオさん」

「ソラか。どうかしたか?」

「いえ、私も買い物に」

「そうか」

 やはり、元気がない。

「どうかされました?」

「どうして、そう思う?」

「お元気がなさそうに見えたので」

「そうか? 俺はいつも通りだぞ」

「そうですか。でも、珍しいですね。買い物はいつもハルさんにおまかせなのに」

「ああ。俺はハルを信用しているからな」

 なんか、ちょっと、ムッときた。

「あの、もし、よろしかったら、ご一緒に、アナザーワールド・ランドへ行きませんか? 仕事でペアチケットをもらったので」

「アナザーワールド・ランド?」

「今、話題のテーマパークです」

「ああ、かまんよ」

 即答!

「それじゃ、今度」

「楽しみにしてるよ」

 やった!

「それで、この件はハルさんには内緒でお願いします」

「どうしてだ」

 その辺は察して欲しいんだけどなあ。

「どうしてもです!」

「ふむ。よくわからんが、ソラがそう言うのなら、内緒にしておこう」

「ありがとうございます」




 『アナザーワールド・ランド』

 ”それは主人公あなたが転生した異世界。中世の雰囲気を漂わせる街をめぐり、アトラクションに登場するモンスターを倒し、レベルを上げ、魔王を倒す。

 あなたはここで、異世界アナザーワールドを体感するだろう。”




 当日。

 ハルの目を欺くため、ふたりとも時間差で家を出て、現地で待ち合わせる。

「お待たせしました」

「いや。俺もいま来たところだ」

「それじゃ、行きましょう」


 仕事で培った人脈をフル活用し、髪と化粧はヘアメイクさん直伝の奥義を放ち、服やアクセサリー、サンダル、バッグはスタイリストさんご鞭撻。私は、異世界の魔法で完璧に綺麗になった。そう、今の私は可愛い。

 マオさんは、普段どおり。でも、それが良い。


 アナザーワールド・ランドは、入門ゲートの前がショッピングモールになっていて、日常品から限定品まで取りそろえ、シネコンもある。間口を広くすることで、誰でも気軽に入れる雰囲気を演出している。

 ショッピングモールのセンターロードを歩いて行くと、ゲートがある。ゲートは、魔界のギルド風に造られていてる。

「アナザーワールド・ランドへようこそ! ここはギルドの冒険者登録所。あなたに合った職業みつけてあげましょう」

 魔界と同じように、胸の大きい美人のお姉さんが、私たちの職業を紹介してくれる。

「彼氏のあなた。この水晶に手を当てて」

 魔王は、水晶に手を当てる。水晶が赤く輝く。

「わかりました! あなたの職業は『戦士』です」

 お姉さんは、戦士と書かれたカードを差し出す。

「これは、冒険者カード。園内のアトラクションを体感するには、このカードが必要です。なくさないように気をつけてくださいね。今はLv1ですが、アトラクションをクリアするたびに、レベルがアップします。攻略に難しいアトラクションほど、レベルがあがるので、是非、挑戦してね」


「彼女のあなた。水晶に手を当てて」

 ソラは、水晶に手を当てる。水晶が青く輝く。

「わかりました! あなたの職業は『勇者』です」

 ソラは、勇者と書かれたカードを受け取る。


「それでは、いざ冒険へ」

 ギルドを出ると、中世ヨーロッパの風景が広がる。茶色の石畳で舗装された道。レンガや漆喰で建てられた家。風雨で汚れたターフを日除けに商品を並べる露店。

 まるで、異世界へ転生したかのようだ。


「なんか、懐かしい風景ですね」

「そうだな。俺たちにとっては、こちらの方が普通の世界なのだがな」

「人には、異世界と呼ばれていますね」

「人の世界のほうが、異世界なんだがな」

「人が創った魔界ですが、さて、どうしましょうか?」

「こういう場所は初めてでな。ソラに任せる」

「それじゃ、順番に回ってみましょうか」


 とわいえ、ランドは広い。

 平原地帯。樹海地帯。山岳地帯。砂漠地帯。大海地帯。それぞれに、登場するモンスターが変わり、レベルも変わる。

 アトラクションにはそれぞれ、恐怖レベルが設定されている。よりレベルの高いアトラクションをクリアすると、冒険者も大きくレベルアップする。

 しかし、ここに来たのは初めて。とりあえず、初心者向け、レベルの低いアトラクションからクリアしていこう。



 『Lv1 スライムの草原とゴブリンの森』


 馬車風のゴンドラに乗り、ガタゴト揺れながら草原を進んで行くと、馬車の周りにスライムが現れる。

 ガイドが言う。

「スライムが現れました。手元にあるコントローラーで、撃退してください」

 コントローラーには『剣』『炎』『弓』と書かれた三個のスイッチがあり、近づいてきたスライムに向かって、剣戟や炎、弓矢といった攻撃ができる。タイミング良くスイッチを押すと、攻撃があたるが、うまく避けられる事もある。

「これはなかなか難しいな」

「私はけっこうできます」

 馬車は草原を抜け、森の中へ入って行く。今度はゴブリンが馬車を取り囲む。

「今度はゴブリンが現れました。また、やっつけちゃいましょう」

 ゴブリンはすばしっこく、ジャンプしたり、木の陰から攻撃したり、なかなか手ごわい。

「これは難しいな」

「遠くにいるゴブリンなら、様子をうかがっているだけで、動きが鈍い。それを弓で狙いましょう」

「木が邪魔だな」

「接近したゴブリンを、タイミング良く剣戟で倒すほうがいいかも」

「これなら、なんとか」

 森を抜けると、ゴールの街に到着する。

 アトラクションを出ると、倒したモンスターの強さと数に応じて、冒険者カードのレベルがアップしている。魔王はLv3、ソラはLv5だ。



 『Lv2 迷宮のダンジョン』


 トロッコ風のゴンドラに乗り、暗闇の中へ入って行く。

 トロッコはさっきよりさらに激しく振動する。薄暗い洞窟の中で、キキ! キキ! と鳴きながら蝙蝠こうもりが飛んでいる。やがて、こちらに向かって攻撃してくる。

 手元のボタンは、『弓』が『光』に替わっている。『光』を押すと、一瞬、ストロボのような閃光が瞬く。蝙蝠は一瞬、ひるむ。

「剣戟より炎が効きそうだ」

「そうですね」

 しかし、洞窟は前後左右にうねり、トロッコも激しく揺れる。

「蝙蝠よりトロッコの方が大変です」

「はは、これは愉快だな」

 トロッコは、ひらけた大きな空間に出る。そこは天井から無数の鍾乳石が垂れている。大声とともに、巨大なモンスター蝙蝠が現れる。

「みんなで協力して、倒しましょう」

 ふたりは、コントローラーを巧みに叩く。

 モンスター蝙蝠は倒れた。

 トロッコは洞窟を抜ける。


「私、Lv8になりました」

「俺は、Lv6だな」

「次はどれにしましょう」

「任せるよ」

 なんだか、楽しくなってきた。次は絶叫系が良いな。



 『Lv10 フェニックス大空を舞う』

 不死鳥フェニックスの背に乗って、大空を飛ぶ本格的ジェットコースター。

 コースターは、スタートすると一気にトップスピードまで加速し、雲を突っ切って急上昇。雲海を泳いで、急降下。スコールをくぐると、虹の橋を渡り、光の世界を訪れる。


「楽しかったですね」

「ジェットコースターというのか? 魔界ではもっとすごい体験をしたがな」

「私たちにしたら、ちょっと物足りない感じでしょうか」

「俺は自分で飛んでいたからな」

「それは、人である私に対する嫌味ですか?」

「そうだ」

「ひどいですね」

「冗談だよ」

 マオさんが珍しく、笑っている。私も笑っている。気がついた。私はマオさんが好きなんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る