魔王様、カラオケを歌う

 カメラに目線を向け、喜んだり、怒ったり、哀しんだり、楽しんだり、いろんな表情をする。カメラのシャッターと同時に、パッとストロボが光る。眩しくて思わず目を閉じる。

「Solaちゃん。目閉じないでね」

「すいません」

 カシャ!

 パッ!

 ポーズを変える。

 カシャ!

 パッ!

 ポーズを変える。

「Solaちゃん。もっと自由に動いて」

「はい」

 自由に? それってなに? わからないけど、魔界でとった杵柄で、剣を持って、上段から振り下ろす!

「良いね! でも、ちょっと速すぎだ」

「すいません」

「こんどはゆっくりお願い」

「はい」

 私は今、商品をアピールする、モデルという仕事をしている。まだ、夏が来てもいないのに、初秋をイメージしたレディースを着ている。これが、異世界の常識らしい。


 初めて仕事の内容を聞いた時、まったく理解できなかった。私の生きていた魔界では、無かった仕事だ。始めて一月ほど。まだ慣れない。だた、私の写真や映像が、テレビやネットで流れているのを見ると不思議だ。それを見て、もっと良いポーズや表情ができればと、いつも思う。



「OK!」

 ディレクターからOKがでる。

「おつかれさまでした」

「おつかれさま」

「おつかれ~」

「Solaちゃん。今日も可愛かった」

「良かったよ」

「剣道でもやってたの?」

「はい?」

「ほら、あの、上段からのやつ」

「あー。まあ、そんな奴です」

「カッコ良かったよ」

「ありがとうございます」

 魔界では、モンスターの攻撃に、骨を折り、血を吐き、毒に苦しみ、泥をすすった。誰かに褒め称えられることなく、地味に、ひたすら歩みを進める日々だった。今は、たくさんの人から、羨望のまなざしと賞賛を浴びる。


 気持ちが良い。




 撮影が終わり、スマフォを見ると、Twitterに『ツバサ』と名乗るアカウントからメッセージがある。

 『信じていただけるかわかりませんが、魔界でパーティーを組んでいた、騎士ツバサです』

 まさか!? ウソでしょ!?

 ちょっと待って。落ち着こう。まず、私が魔界から転生したと話したのは、マオさんとハルさんのふたりだけ。そのふたりにも、パーティーのことは話していない。それでも、勇者パーティーの仲間のひとりとして、知っていても不思議ではない。しかし、マオさんやハルさんが、悪戯でこのようなことをするとは思えない。


 フェイクか? 本物だったら、どれだけ嬉しいか。あえて、乗ってみよう。

「ツバサじゃん! 元気?」

 『はい』

「他のパーティーメンバーがどうなったか知ってる?」

 『賢者シズク。魔法使いカスミ。一緒にいます。元気ですよ』

 三人とも一緒にいるということ?

 まだ誰かがなりすましている可能性がある。なにか、私たちにしかわからない、出来事を…。

「四人で魔王を倒した時は苦戦したね」

 『なに言ってるの。魔王を倒したのは、ソラひとりでしょ』

「魔王をひとりで倒せる訳、ないでしょ』

 『あの時は、最後の四天王を三人で抑えている間に、ひとり、魔王に挑んで行きました』

 合ってる。

 魔王の前に、最後の四天王『ベテルギウス』が襲いかかってきた。四人でも苦戦する相手を、三人が抑えてくれた。そのおかげで、私はひとり、魔王と一騎打ちのうえ倒した。

「最後の四天王『アンタレス』は強かったな」

 『アンタレスじゃなくて、ベテルギウスです』

 ここまでなら、マオさんもハルさんも知っている。

 ふたりにも話したことのない、最期の晩餐。

「魔王討伐の褒美に、王宮で食べた晩餐は、美味しかったな」

 レスポンスがない。もうちょっと盛ってみよう。

「海亀のスープ。舌平目したびらめのムニエル。鴨の照り焼き。牛のステーキ」

 『それは聞いたことのない料理ですね。最期に食べた料理は、よく思い出せません』

 引っかからない。実際、最期に食べた料理は思いだせない。なにしろ、毒で意識が朦朧もうろうとしていたから。

「みんな、酒に酔っていたからね」

 『はい。死ぬほど酔っていたから』

 間違いない。今、話しているのは、ツバサだ。

「今、仕事が終わったばかりで、忙しいから、夜にまた、ツイートして」

 『わかった』



 涙が止めどなく溢れてきて、ポタポタと衣装の上の落ちた。まずい! 私はハンカチで涙を拭った。しかし、拭っても、それ以上の涙が溢れ出でて落ちる。

「Solaちゃん! どうしたの?」

 心配したヘアメイクさんが、タオルで涙を拭ってくれた。私は、その好意に甘えて、大声で泣き崩れた。




 家に帰ると、既に夕食ができていた。

「おかえり」

「おかえりなさい」

「ただいま」

「どうした、暗いな」

「魔界の時、パーティーを組んでいた者と、Twitterで会った」

「魔界の時のパーティーメンバーからか?」

「はい」

「確かなのか?」

「私にしかわからない事を話しました」

「それ、詳しく聴こうか」

 ソラは、先のことを詳しく話した。



「うむ。それはツバサに間違いなさそうだ」

「私も同感です」

「それで、ソラはどうしたいんだ?」

「会いたい」

 ソラの目から、再び涙がこぼれてくる。

「でも、Twitterで連絡先を教えるのは危険だし、どうやって直接、連絡をとればいいかわからない」

「できなくもないですよ」

「え!?」

「ハル、できるのか?」

「かなり手間ですし、多少の危険はありますが」

「ハルさん! 是非、お願いします」


「ソラのフォロワーは何人ですか?」

「300ぐらいです」

「そんなに多くないですね」

「デビューしたばかりですから」

「ツバサは、今夜、連絡してくれる段取りになっているんですね?」

「はい」

「わかりました。今夜、ツバサの連絡を待って、作戦に移りましょう」




 夜、三人で、ツバサからの連絡を待つ。

「来ました!」

 Twitterに、ツバサからの書き込みがある。

 『こんばんは』

「こんばんは」

 『なんか、話したいことはいっぱいあったんだけど、実際に話すとなると、なにから話していいか、わからないね』

「その事なんだけどね、こんど、会って話さないかな?」

 『会って?』

「そう」



 同時刻。

 パソコンの前に、ツバサ、シズク、カスミの三人が座している。

「どうしよう?」

「会いたいって」

「今、仕事が忙しいからな。難しいかも知れません」

「でも、あたしたち、勇者パーティーだったんだよ。会って話そうよ」

「やっぱり、仕事があるから、難しいよ」

 三人は、押し黙ってしまった。


 カスミが声を張り上げる。

「あたしが、ツバサの分もやるよ!」

「私も手伝うよ」

「カスミ…。シズク…」

「会って来なよ。一日ぐらいなら、なんとかなるからさ」

「ふたりとも、ありがとう」


 ツバサの返事を待つ三人。

「レスポンス遅いですね」

「なにかあったのかな」

 そこに、ツバサからのレスポンス。

 『一日だけならなんとか』

「いつ頃、大丈夫?」

 『いつでもいいよ』

「ハルさん、どうします?」

「ソラ、あなたの予定は?」

「直近で、〇月×日なら空いてます」

 ソラに代わって、ハルがメッセージを打つ。

「〇月×日午前10時、渋谷駅、ハチ公像前で落ち合おう」

「了解」

「そしたら今すぐ、ツバサが打った全ての書き込みを削除して。私もすぐに削除する」

「了解」

 ソラは、ツバサとのやり取りを全て削除した。


「大丈夫なんでしょうか? フォロワー300人とはいえ、公の場所で私が待ち合わせなんて」

「大丈夫ではありません。なので、ちょっと策を講じます」




 来る、〇月×日は、奇しくも日曜日。渋谷スクランブル交差点の脇に立つ、ハチ公像前は、人でごった返している。ほんの1メートル先にいる人の顔さえ、人込みに紛れて判別できない。ここに、Solaのファンがいたとして、本人を探し当てることができるだろうか。それは、死線を潜り抜けてきた同志であるツバサでさえ、難しいに違いない。

 初めて来た渋谷。それも、この人込み。ツバサは、ハチ公像にたどり着くのでさえ、精一杯だった。

「きっついなあ。なんでこんなに人がいるの」

 時刻は午前9時56分。なんてことだ。初めて行く場所だし、混雑するのを見越して、始発列車に乗って出たのに、乗り換えに迷うし、渋谷駅で迷うし、ギリギリになってしまった。もう、ソラは来ているだろうか。来てたとしても、この人込みからソラを見つけられる自信がない。

 その時、ポンポンと、肩を叩かれる。振り返ると、小柄な女性がいた。

「ツバサさん。ですよね?」

 え? 誰? なんで私の名前知ってるの?

「私は、ソラの代理人です」

「ソラを知ってるの!?」

 ハルは、人差し指を唇に当てる。

「シー。お静かに願いします」

 ハルはバッグから、小さな双眼鏡を取り出す。

「私が代理人であることを証明する、をお見せします。この双眼鏡で、あのビルを見てください」

 ツバサは、言われた通り双眼鏡で、ハルの指し示すビルを覗き見た。

「COFFEEと書かれた窓です」

 言われた窓を覗き込む。なんとそこに、ソラがいる。私に気がついて、小さく手を振った。

「手は振り返さないで。これで、私が代理人であること、信用していただけましたでしょうか」

「はい」

「それでは行きましょう」

 ハルはツバサの手を取って、件のビルとは反対の方角へ歩き始めた。

「会いに行くんじゃないんですか」

 ハルは無言で歩き続け、タクシー乗り場からタクシーに乗る。

「上野駅までお願いします」

 タクシードライバーは言う。

「上野駅なら、電車のほうが速いよ」

「大丈夫です。お願いします」

 タクシーは走り出す。


 ツバサは、いったいどういうことなのか、まったく訳が分からない。

「あの場所はTwitterでバレています。会話を含め、場所を替えてからお話しする方が得策と思い、連れまわしてしまいました。どうもすみません」

「あなたは?」

「私は、ソラと同居している者です」

「どうして私のことがわかったんですか」

「前に一度、お会いしたことがありますから」

「えっ!? そうでしたっけ?」

「その話も含め、後で説明します。今はただ、車窓でも眺めていてください」

「はあ…」

 車は走り続ける。ハルは、時々、後ろを振り返る。

「後ろになにかありますか」

「後ろを見ないで!」

「すみません」

「念のため、尾行する車がないか確認しています」

「尾行ですか」

「運転手さんが言った通り、渋谷から上野へ行くなら、普通、電車を使います。電車だと尾行を見つけにくいという理由もありますが、そこであえてタクシーに乗る。交差点を何度か曲がれば、ついてくる車はだいたいわかります」

「そうなんですか」

「尾行する車がいた場合、更に車を替えます。ですが、今のところ、尾行する車はいなさそうです」

「念には念を、ですね」

「ソラはデビューして間もない、新人モデルですが、万が一ということもありますから」




 上野駅に着き、待ち合わせのカラオケ店に入る。指定されたボックスのドアを開けると、そこに、ソラがいた。

「ソラ!」

「ツバサ!」

 ふたりは抱き合って、涙を流した。


 ソラを渋谷から、上野のカラオケ店まで連れてきたのは、魔王だ。

「うまくいったな」

「はい」

「さすが、軍師」

「恐れ入ります」

「それより、歌おう」

「ちょっと魔王…。マオ! 久しぶりの再会ですよ」

「だから良いんだ」

 魔王は、歌い始める。泣いているふたりも、お互いに涙を拭う。

「積もる話はいっぱいあるけど」

「とりあえず今は、歌おうか」

「やれやれ」


 この後、四人で二時間、歌った。

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