魔王様、ルナと飲む約束をする
軍師パルサー●ライブ
「おはようございます」
『おはよう』
『おはようございます』
『おはよう』
『今1時ですよ』
「魔界軍師パルサー。配信を開始する」
『よろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
「まず最初に謝っておく。寝坊してすいません」
『お気になさらず』
『寝坊なんてよくあること』
『1時ですけどね』
「本日は、実は、頭が痛い」
『なんですと』
『軍師殿だいじょうぶですか』
『声が枯れてね』
『風邪ですか』
「実は昨夜、生まれて初めて酒を飲みました」
『なんと』
『16歳にして初めてですか』
『未成年の飲酒は法律で禁止されていますよ軍師どの』
「16歳じゃなくて1599歳です」
『そうでしたね』
『そんな設定でしたね』
「この頭痛はなんだろう」
『二日酔いですね』
『二日酔い』
『二日酔いだな』
「なんだ、その二日酔いというのは」
『お酒を飲んだ翌日になります』
『お酒の飲みすぎです』
『酒のせいでそうなる』
「そうか。やっぱり酒のせいか」
『おだいじに』
麦わら帽子をかぶった、ツバサ、シズク、カスミは、山道をガタガタと走る軽トラックの荷台にいる。天高く昇った太陽が、熱い陽を、三人の頭に降り注ぐ。
「この車ってなに?」
「馬にひかれなくても走っている」
「お尻痛~い」
「どういう仕組みで動いているのでしょう」
「わからないわ」
「暑~い」
「家でも、ランプや松明もなく光るアイテムとか、映像を映し出すアイテムとか、摩訶不思議なアイテムがたくさんありました」
「魔法とも違うし、呪法とも違うし…」
「もらったこの帽子、可愛くない?」
「カスミ。あなた、さっきから能天気なことばかり言ってるけど、この異世界についてなんとも思わないの?」
「なんとも思わないことはないけど、魔法が使えないことの方が不便だよね」
「それもありますね」
「さっきから、かなりの距離を走ってますが、モンスターがまったく出てきません」
「不思議な世界です」
「それにしても、どこまで行くのでしょう」
トラックが停まる。運転席から年配の男性が降りてくる。
「着いたよ」
男性が、三人に手を貸そうとしたが、三人は、ぱっとトラックの荷台から飛び降りた。
到着した場所は、見たこともない植物が栽培されている農園だった。
「ここが、あんたたちに働いてもらう農園だ」
「ここではどのような野菜や果実を栽培しているのですか?」
「いろんなもの、育ててるよ」
「はあ」
「仕事の前に、あんたたちの部屋を案内しよう」
三人は、男性について家に上がる。木できた急な階段をあがると、廊下沿いに、広さの違う和室が、二部屋ある。
「子供部屋だったが、今は空き部屋だ。ここを使うといい」
「ありがとうございます」
「見ず知らずの私たちに、どうしてここまでしてくれるのですか?」
「あんたたち、外国人労働者だろ?」
「外国人労働者?」
「なにそ…」
言い終わる前に、シズクがカスミの口をつぐむ。
「そうなんです」
「この農園は、完全有機農法でやっていてね。農薬、除草剤、化学肥料を一切使わず、肥料は堆肥だけ。水は井戸水や、雨水を貯めて使っている。そんなやり方だから、とにかく人手が足りなくてな。子供らはみんな都会で働いてるから、あんたらが来てくれてすごい助かるよ」
何を言っているのか、全然、わからなかったが、とにかく、農作業を手伝って欲しいというところだけは伝わった。
「わかりました。できる限り手伝わせていただきます」
「よろしくお願いします」
「お願いします!」
「どうもありがとう。こちらこそよろしく」
魔王コラプサー●ライブ
「昨夜初めて酒というのを飲んだ」
『なんですって』
『魔王様2000歳なのに初めてとは意外』
「人間はあんなに美味いものを飲んでいたのか」
『飲んでます』
『飲みます』
『なにをお飲みになったのですか』
「なに? なにとはなんだ」
『お酒にも種類がございます』
「純米大吟醸というものだ」
『なんだって』
『純米大吟醸』
『うらやましい』
ルナ『ビールなどいかがですか』
「ルナではないか。ビールとはなんだ」
ルナ『麦を発酵して作った炭酸を含む琥珀色のお酒です』
『うまいですよ』
『スカッとします』
「うむ。今度飲んでみよう」
ルナ『今度ご一緒しませんか』
「いいとも」
『ルナ嬢がデート』
『デートですか』
『うらやま』
『魔王様と四天王がデートだってヱヱヱヱ』
「デートとはなんだ」
『デート知らない』
『ご存じないのですか』
『男女が関係を深める催し物です』
「そうなのか? なおさら良いじゃないか。ルナとは異世界に転生してから、まともに話したことがないからな」
魔王の配信を同時視聴していたパルサーは、放心していた。
ルナ、あなた望月
パルサー『私も参加させてください』
「パルサーも同席か? 余はかまわないが」
ルナ『いいですよ。お店の選定もおまかせします』
「店の選定?」
ルナ『美味しいビールと料理はやはり、家飲みより、ビヤホールです』
「ビヤホールとはなんだ」
『何種類もの美味しいビールと、料理が提供される酒場です』
「そうなのか」
『異世界は広く、ビヤホールにも、提供されるビールや料理の種類、品質、値段によって星の数ほどございます』
「なるほど。なるべく美味しいビールが飲める店が良いな」
『店の選択なら、軍師様がお得意でしょう』
「そうだな。パルサー。頼む」
軍師ともあろう私が、はめられた。ビールはおろか、異世界の
パルサー『ルナ。都合のいい日を教えてください』
ルナ『後ほど送ります』
今、策はない。でもルナ。あなたには負けない。
ソラは、ハルの紹介で、いくつかのアルバイトを掛け持ちしていた。異世界を早くし理解し、世話になっている佐藤ご夫婦に、恩を返したいためだ。
勇者ソラの才能は、異世界においても遺憾なく発揮し、仕事を完璧にこなすその姿は、引き締まった長身に豊満な胸。長い髪は常に結んで、ポニーテールにし、前髪はピンで留め、業務に支障をきたさない完璧ないでたち。なにより、キリッとした目つきに端正な顔立ち。女性はもとより、男の気を引かない訳がない。
ある時、街中で声を掛けられた。普段なら軽くあしらうところだが、見せられたタブレットには、さまざまな衣服に身を包んだ、綺麗な人、可愛い人、素敵な人が写っている。
「ウチは、女性、男性、子供、外国人などが所属している、モデル事務所です。決して、いかがわしいところじゃない。まず、こそを信用して欲しい」
「それで、私にどのような御用でしょう?」
「モデルに興味、ありませんか?」
モデル? それは初めて聞く職業です。
「詳しく説明させて欲しい。30分でいいから、どこかでコーヒーでも飲みながらでも。どうかな?」
まあ、変な話なら断ればいいか。
「わかりました」
「それじゃあ、あそこのお店で」
カスミは、雑草をむしっている。
麦わら帽子のツバの端から日が射しこむ。額や眉間、うなじに汗が流れる。流れた汗は、背筋をつたってパンツを濡らし、胸元をつたってほぞに貯まる。
暑~い。
おっちゃんが言うには、もう次期、梅雨っていう、毎日がどんよりと曇った空から、シトシトと雨が降り注ぐ季節がやってくるらしい。この日の照り方! そんな季節が来るとは、とても思えない。
畦の端まで雑草を摘み取り、顔を上げると、ツバサと目が合った。
「そっち、終わった?」
「終わった~」
「シズク。そっちは終わった?」
シズクはタンクを背負い、伸びたホースの先に付いたじょうろから、シャワーの様に農薬を撒いている。農薬は、木酢液やニームオイルなどをブレンドした、天然由来の成分で作られている。
「あと少し」
時計は午後4時頃を指している。
「ちょっと早いけど、それ終わったら、あがろうか」
「そうしましょう」
上り坂を歩いて、家の屋根が見えると、シズクが脱兎の如く走り出す。
「お風呂、一番いただき~」
「まったく」
「元気だな」
最後に風呂を上がったツバサは、髪を拭きながら急な階段を昇って、自室の襖を開けた。
「ツバサ! ちょっと来て!」
カスミが手を引く。
「どうした」
「いいから早く」
部屋に入ると、シズクとふたりで、パソコンの画面を覗き込んでいる。
「どうした?」
「いいから、これ見て」
カスミが指したのは、ネットの広告だ。ごくありふれた、レディースの夏物ファッション広告だ。
「これがどうかした?」
「このモデルさん、ソラに似てない?」
うん? と思って、モデルを見る。
「似てる気はするけど、異世界には人がたくさんいる。他人のそら似だろう」
「別の広告見て」
別の広告は、顔のアップ。
「似てない?」
「似てるとは思うけど、異世界では化粧とか、加工とかあるのだろう。これだけじゃ判別つかない」
「そっか~。気のせいなのかな」
「そうともいえないんだ」
シズクは、テレビをつける。
情報番組の途中で流れる、めちゃくちゃ長い実況CMの中で、実際に広告の商品を付けているモデルが映る。放送時間のほとんどは商品が映っているが、一瞬だけ、モデルの顔が映る。
「ここ! 似てない?」
動画になると、輪郭や目元、口元、髪質が立体的に見え、顔の造形がはっきりと認識できる。確かに似ている。
「似てるな」
「でしょう」
「つまり、ソラも異世界に転生し、モデルとして広告に出ているということか?」
「そうだよ!」
カスミが、広告元やモデル、出演者などのキーワードを組み合わせ検索する。検索結果が出る。
『あの広告の美人は誰だ』
クリックするが、全く別のモデル。
『気になる広告美人を探してみた』
クリックするが、やはり別のモデル。
『あの美人は誰!?』
やはり違う。ソラを特定できそうな検索結果は得られない。
「待って」
カスミは、検索結果から、さらにリンクを追った。
『モデル事務所 エイ・ジー青山 所属 Sola』
「ソラ!」
「ソラだ」
「待って、このSolaがソラとは限らないでしょう」
事務所のサイトを開き、Solaのプローフィールを見る。それは間違いなく、勇者ソラだった。
「ソラ…」
「ソラ、生きてたんだ」
「ソラあああああ」
「カスミ、泣くな」
三人は、抱き合って、喜びのあまり、大泣きしたり、静かに涙を流したり、手を震わせたりしていた。
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