魔王様、VTuberデビューする

 魔王コラプサー●ライブ

「はじめまして、人間の諸君。余が、真の魔王だ。なにか、余の名を騙る不届き者がいるようだが、それらは全てまがい者だ」

 『誰』

 『だれ』

 『だれ』

 『はじめまして』

「余を知らぬのもしかたがない。魔界から転生してきたばかりだからな」

 『転生してきたのか』

 『こんばんは魔王様』

 『働いてますか』

「これから少しずつ、真の魔王を異世界に知らしめてやろう」

 『魔王様』

 『魔王様』

 『あなたこそ真の魔王です知らんけど』



 魔王コラプサーは、VTuberになった。




 配信内容は、コラプサーが実際に生きていた魔界の話だ。異世界と異なる魔界での事とは言え、実話だ。内容には具体性があり、なんちゃって魔王にありがちな、矛盾点が無い。リスナーは、話の内容を、当然、信じてはいないが、リアルな話に納得し、登録者数は順調に伸びてゆく。


 魔王に恋心を寄せいていたパルサーにとって、これは僥倖だった。魔王には隣室を与え、同棲することにした。ふすまひとつ、隔てた向こうで、愛しの魔王様が寝ている。いつ、しかけよう? パルサーは、魔王を誘惑する機会を、辛抱強く待った。


 一週間後。


 風呂にまったく入っていないコラプサーが、人特有の臭いを発するようになる。

「魔王様」

「なんだ?」

「転生して一週間。まったく身を清めていません。人は体表からも汚物を排出する生き物でございます」

「そうなのか?」

「はい。失礼ながら、少々、匂いが」

「なんと! 余から腐臭がすると」

「残念ながら」

「わかった。体を清めよう」

「この国には、風呂といって、体を清める専用の設備がございます。風呂に入ることを、入浴といいます。入浴の準備は整えてございます。さっそく、お風呂へ」

「行こう」


 脱衣所にて。

「入浴の仕方はご存知ですか?」

「知らん」

「それでは、私が手順をご説明させていただきます。まず、お着物を全て、お脱ぎください」

「わかった」

 魔王は服を脱ぐ。パルサーも服を脱ぐ。

「パルサー、どうしておまえまで服を脱ぐ」

「水に濡れますので」


 浴室に入る。

「まず、髪を洗います」

 シャワーで髪を濡らし、シャンプーで魔王の髪を洗う。頭皮も入念に、マッサージするように。

「ほう。これは気持ちが良い」

 髪を洗い流して、いよいよ体を洗う。スポンジにボディーソープを含ませ、泡立てる。魔王の首から肩にかけて、締まった僧帽筋を撫でるように。


 これが魔王様の体。引き締まっていて、それでいて柔らかい。

 背筋を中心に、左右に広がる広背筋を、撫でるように洗う。パルサーの手は、腹直筋から大臀筋へ。

 はあ、なんて大きな背中。おもわず抱きしめたくなる。顔が紅潮し、ほぞしたが熱い。

 パルサーは、魔王の正面に回る。

「今度はこちらを清めさせていただきます、腕をお上げください」

「うむ」

 盛り上がった三角筋から上腕二頭筋を撫でるように、腕の先まで両腕を洗う。手の甲から指先まで洗うと、胸元に戻って、胸板を洗い始める。

 この時、魔王からは、パルサーの胸を見下ろす感じになる。

「パルサー。ここからは余がひとりで洗う」

「なにか、粗相がございましたでしょうか?」

「いや、余にもよくわからないのだが」

 その時、気がついた。魔王の男性自身が、大木の如く隆々といきり立っているのだ。

 パルサーは思わず息を飲む。


 大きい。


「清めさせていただきます」

「止めよ。洗い方は、だいたいわかった。後は余がやる」

「ですが」

「大義であった。下がっていいぞ」


 風呂場を追い出されたパルサー。

 魔王様が、私を見てした。ふふ、お可愛いこと。

 今日はこのまま風呂場を後にしますが、ひとつ屋根の下に住んでいるのです。あせらず、少しずつ、魔王様のお心を、私に振り向かせてみせます。




 魔王コラプサー●ライブ

「人間の諸君。余が、真の魔王だ」

 『魔王様』

 『魔王様』

 『魔王様』

「だいぶ、余が真の魔王であることが、浸透してきたようだな」

 『さようでございます魔王様』

 『そのとおりでございます魔王様』

 『働かない魔王様』

 『さすがマグドナルド幡ヶ谷店時間帯責任者とは違う』

「実はこのあいだ、ちょっと不思議なことがあってな」

 『魔王様にも不思議なことがあるんですか』

 『不思議とは』

 『怪異ですか』

「人のメスの裸の胸を見ていたら股間の臓器が大きくなってな」

 『なんですと』

 『メスの裸見たんですか』

 『生でですか』

「おう、目の前でな」

 『なんですとー』

 『うらやま』

 『リア充爆発しろ』

「人の体になって間もないから何が起こったかわからん」

 『勃起』

 『勃起ね』

 『勃起ですね』

「勃起とはなんだ」

 『えっとー』

 『それはですね』




 一ヶ月後。


 最近、PCを起動するとYouYubeのお勧めにVTuberのサムネイルが納めるようになった。

 おもむろに『ルナ』と自称するVTuberが目に留まった。転生前、余の部下に四天王がひとり、月の悪魔を名乗っていた『ルナ』だ。サムネイルも、そのルナに似ている。見てみよう。


 見て驚いた。


 声、話し方、口癖が、ルナそのものなのだ。魔界から、人間界に転生した、月の魔族を自称する。話の内容も、魔界と一致する。

 まちがいない。これは、余の知るルナだ。

「パルサー」

「なんでしょう? 魔王様」

「この者、ルナであろう?」

 見て言う。

「そうですね。ルナに似ていますね」

「是非、会いたい」

「VTuber同士が会うには、かなりハードルが高いですが…。ちょっと待ってください」

 パルサーは、PCを高速で操作する。


「ツイッターですが、魔王様をフォローしてます。VTuberは初配信からコメントしてますね。魔界についても体験に即した発言が見られます。これは私の予想ですが、ルナ本人と思われます」

「軍師のおまえが言うのだから、まちがいないだろう。是非、会いたいのだが」

「メールを送ってみましょう。向こうが本物のルナなら、レスポンスがあるはずです」

 驚くべき事に、メールの返信は10分で返ってきた。

 内容は、簡潔明瞭。魔王とルナしか知らない会話の内容をあきらかにすることで、ルナが本人である事を証明した。そして、『会いたい』の一言。




 ルナは、会う場所に、自分が住んでいるマンションを指定してきた。


 魔王とパルサーは、指定されたマンションにやって来た。ドアチャイムを鳴らすと、出たのはルナではなく、初めて聞く女性の声だ。

 入り口のドアが開き、エレベーターを上がって、部屋の前に立つ。ドアが開いて、出てきたのは、まったく知らない女性だ。

「はじめまして」

「どうも、はじめまして」

「はじめまして」

「どうぞ。ルナは中で待っています」

 部屋に案内されると、細身で色白、長身。長い髪に豊満な胸の女性が立っていた。突然、小走りに歩み寄り、片膝をつく。

「魔王コラプサー様。おひさしぶりでございます」

「お、おう」

「本来なら、こちらから出向くべきところ、わざわざお越しくださり、恐悦至極でございます」

「転生してから、息災か?」

「はい」

 ルナはそのまま動かなくなった。

「もうよい。頭をあげよ」

 しかし、ルナは固まったまま。

 出迎えた女性が言う。

「積もる話は、中でしましょ」


 リビングに、テーブルを囲って魔王コラプサー、軍師パルサー、ルナが席に着く。ルナは、長い髪をしなだれ、うつむいたままだ。

 女性がお茶を持ってくる。

「どうぞ」

「どうも」

「どうもありがとうございます」

 女性は、そのままルナの隣に座る。

「はじめまして。望月もちづき あかりといいます」

「えっと…」

「知ってます。魔界の魔王、コラプサー様。そのお隣は、軍師パルサー様」

「ルナから聞いたのですか?」

「はい」

「信じているのか? 我々が魔界から転生したと」

「はい」

「この世の常識に当てはめれば、とても信じられないだろう」

「ルナの言うことでしたから、信じました」

「どうして、そこまでルナの事を信じる?」

「ルナと会ったのは、一年ぐらい前になります」




 魔界。


 魔王コラプサーを倒さんと、城に攻め入る勇者パーティがあった。ルナは、魔王城を守る四天王がひとり。先鋒に挑み、敗れた。

 目が覚めた時、暗闇の中で雨にうたれていた。頭上から、太陽のように眩しい灯りが照り注いでいるが、なぜが世界は夜よりも暗い。

 濡れた手。身体。足。豊満な胸から雫がしたたり落ちる。

「人の体だ」

 あたしはいったい、どうなってしまったのだろう。ただ、街灯に光る雨粒だけが、すごく綺麗に見えた。


 寒い。


「ねえ、あなた」

 人間の女性。

「どうしたの? なにかあった? 警察呼ぼうか?」

 なにを言っているのか、まったくわからない。怖くなったあたしは、逃げ出した。

「ちょっと!」

 しかし、足を取られて転んだ。膝や肘から赤い血が流れている。なるほど、これが人間の身体か。

 女性が駆け寄って、手を差し出す。

「身体冷たい。怪我の手当もしなきゃ。とりあえず、私のマンションに来て」


 女性は、ルナを自室に招き入れる。

「まず、お風呂に入って、身体を温めましょう」

 裸のルナを浴室に案内する。ルナは、なにをどうしていいかわからず、呆然としている。

「お風呂、わかる?」

 ルナは、首を左右に振った。

「それじゃあ、あたしが一緒に入ってあげる」


 シャンプーを髪になじませ、洗い始める。まるで絹糸シルクのように滑らかで、指に絡むことなく、滑り落ちる。腰にまで届く長い髪の先まで、痛みも、枝毛も、まったくない。子供の髪を洗っているかのよう。

 洗い終わった髪をシャワーで流す。指を滑る髪が、きゅきゅっと音を鳴らす。ホントに奇麗な髪。

 スポンジにボディソープを泡立てて、ルナの背を洗い始める。首から肩甲骨、背筋を中心に背中全体を、撫でるように。

 自分と同じぐらいの長身。生まれたての子供のように、傷ひとつ無く、絹地シルクのように白く滑らかな肌。見た目は、高校生ぐらいだけど、今時の女子高生って、こんなにスキンケアが行届いているものなのだろうか。

 正面に回ると、豊満な胸が目に入る。

 か細い左腕を持ち上げて、肩から掌にかけてスポンジを走らせる。

「痛くない?」

「大丈夫です」

 いよいよ、鎖骨から豊満な、胸にかけて洗い進め、胸を洗っているうちに、あかりは、自分が性的に興奮していることに気がついた。大きな胸を持ち上げ、裏側を揉むように洗うと、

「ぁ」

 と、ちいさな吐息を、ルナは漏らした。その声に、輝の中で、なにかが切れた。沸き出でる欲情のまま、ルナのことを、愛撫するように、泡立てたスポンジを肌に滑らせ、ルナの、大事な部分にまで、指を入れる。

「待って」

「どうしたの?」

「そこは、ちょっと」

「ちょっと?」

「なんか、変な感じ」

「力を抜いて、あたしに任せて」

 ふっと、ルナの全身から力が抜けた。


 風呂から出て、傷の手当てをする。

 その後、ルナの身の上話を聞いた。魔界から転生したと、にわかに信じられない話を、輝は受け入れた。行く当てのないルナに、一緒に住むことを提案した。ルナはコクリとうなずいた。




「以上が、あたしとルナのなれそめです」

「それはつまり、女性どうしてパートナーとなったということか?」

「はい。あたしとルナは、共に、大切な関係です。ね? ルナ」

「はい」

「ルナ自身が納得しているのなら、余はなにも言わん」

「輝との生活は、あたしにとってかけがえのないモノです。今、とても幸せです」

「そうか、わかった。時にルナは、VTuberをやっているのだろう」

「はい」

「転生したのが一年前として、その頃から始めていたのか?」

「はい。輝が会社で家を空けている間、戸籍のないあたしでも、できる仕事はないかと探した時、魔界のことを話せば人気がでるかなと思って、始めました」

「そうか、わかった」




 魔王とパルサーは、マンションを後にした。

 日は暮れ、夜にとばりが降りる。電車に乗り、家の近くまで来た時、魔王はおもむろに、荒川の土手に登った。

 荒川の上流には千住新橋がかかり、ヘッドライトの灯りが流れている。下流には東京地下鉄千代田線、JR常磐線、つくばEX、東武伊勢崎線の橋梁がかかっている。電車が走るたび、川面がキラキラ光る。都会の真ん中にあっても、川の中央だけは真っ暗でなにも見えない。

「どうされました? 魔王様」

「いや、既に人間と深い関係になっている魔族…。元魔族がいたとは、正直、驚いた」


 突然、川の上空に、淡く光るたまごの様なものが現れた。その光の中に、人の姿が見える。

「パルサー、見えるか?」

「はい。魔王様」

 光が消えるのと同時に、人は川に落ち、大きな水しぶきをあげた。

 魔王は、走り出していた。河川敷を一気に走り抜け、川の中に飛び込んだ。

「魔王様!」

 しばらくして、魔王は裸の女性を掲げて、川からあがってきた。

 真っ暗な河川敷に、電車の光が当たる。魔王とパルサーはすぐに気がついた。

「こいつは」

「勇者ソラ」

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