魔王様、異世界に転生してVTuberになる

おだた

魔王様、異世界に転生する

 数多あまたの屍が、山深い深秋に積もった落ち葉の様に、朽ちて色あせ、暗く、腐って、蟲だけがうごめく暗闇。

 勇者は、腐臭と、蟲と、屍を踏みしめながら、歩みを進める。

 暗闇の向こうから、人なのか、獣なのか、蟲なのか。声と、悲鳴と、びちゃびちゃ、ずるずる。様々な音が入り交じり、それは泣いているのか、助けを求めているのか、怒りのむせびなのか、判別が付かない。さまざまな生き物の感情が入り交じった”念”が、強く、ねっとりと肌に纏わり付くように、漂ってくる。


 この先に、倒すべき敵がいる。勇者は気を引き締めて、暗闇の向こうへ歩みを進めた。


 うずたかい門にたどりついた。門には、あらゆる生き物が、自分の尾や足をむさぼり食う飢餓の図が掘られている。

 勇者は、門を開ける。


 門を開けた瞬間、灼熱の熱風が勇者を襲った。しかし、強靱な鎧がそれを防いだ。マグマが湧き、毒が煮立つ大地の向こうに、奴はいた。


「よくここまできたな、勇者ソラ」

「やっと会えたわね。魔王コラプサー」

「せっかく来てもらって悪いが、おまえには死んでもらおう」

「それは、こっちの台詞よ」

 勇者ソラは、光り輝く聖剣を振りかざし、魔王コラプサーに斬りかかった。




 剣と爪は火花を散らし。極炎は肌を焼き、吹雪のブレスは臓腑を凍らせる。戦いは一進一退。互いが死力を尽くし、極限まで体力を削り、息も上がり、目が霞み、汗がほとばしって、最後の好機チャンスをうかがっていた。


「はあ、はあ、はあ、はあ…」

「どうしたソラ。息が上がってるんじゃないか?」

「貴様こそ、片腕落として再生もできないじゃないか」

「自慢の鎧が剥がれ落ちてるぞ。その豊満な胸、首ごと削り落としてくれる」

「フッ。魔王に色欲があるとは思わなかった」

「冥土で、猥談のネタにすれば良い」


 地を蹴って、魔王の足に斬りかかる。がら空きの背に、魔王の爪が振り下ろされる。

「勝った!」

 その瞬間、勇者の影が消えた。

「!」

 キラッ!

 聖剣の閃光が、魔王の頭を捕らえると、そのまま身体をふたつに切り裂いた。

デコイか…。みごとだ…」

 魔王は倒れた。


 魔王の骸を見て、ソラは思った。

「お互い、こんな世界に生まれていなければ、違った運命があったのかも知れないな。さようなら。魔王コラプサー」




 深い闇の奥に落ちて行くのを、魔王は感じていた。これが死という奴なのかと思った。この感覚もやがて消え、無へ還元されるのだろう。俺の最期が、勇者ソラによるもので良かったと、今にして思う。人間に対してこんな感情を抱くとは、地獄行きも悪くない。




 目が覚めると、暗闇の向こうにまばゆい光が輝いている。

「ここが地獄か」

 魔王はゆっくりと立ち上がり、その光へ向かって歩き始めた。


 暗闇が開かれた先には、火より明るい松明が煌々と世界を照らし、天を貫く岩の建造物が数多あり、石畳で舗装された道。その道を行く、人の波。

「人が…。なんだこの人の数は…」

 魔王の知る人とは、多少、異なるいでたちだが、芋洗いの如く、地を埋め尽くすようにうごめいている。


 それは例えれば、人が見るゴキブリの様だ。


 ふと、人が魔王にぶつかる。

「触るなこの害虫が!」

 その人を突き飛ばした。

 魔王を中心に、人がパッと散る。

「ここが、地獄なのか? 今まで人を殺しまくった魔王に、人の海に埋もれよと」

 散った人は、ざわめきだし、突き飛ばされた男は鼻血を出しながら叫んだ。

「てめぇ! なにしやがる!」

 ギロ!

 魔王が一眼を放つと、男は血を手で拭いながら人ごみの中に消えて行った。

 歩みだす魔王を中心に、人が離れてゆく。それはまるで、猛獣を中心に距離を置く、小動物の様だ。


 やがて、人ごみの中から、黒い服を着た男が何人もやって来て、魔王に詰め寄った。

「ちょっとお兄さん。お話、いいかな?」

「良い身体してるね。トレーニングがなにかしてるの?」

「お名前、教えてくれる?」

「服は着ようか。さすがに裸はまずいよね」

「ちょっとそこの交番まで来てもらえる」

 矢継ぎ早に浴びせかけられる言葉の雨に、魔王は男達を薙ぎ払おうと、腕を後ろに振りかぶった。その時、小さな手が魔王の太い腕を掴む。

「こっちよ」

 小さな手は魔王を引いた。魔王はその手に引かれ、全力で走り出した。

「逃げるな!」

「待て!」

 黒い服の男達が追って来るが、魔王の脚力に及ぶはずもない。それ以上に、魔王の腕を引く小さな手は、小さな女で、どこかで会ったような、懐かしい感じがした。




 垂直に立ち並ぶ岩山の隙間を駆け巡り、天からの光がわずかに届く一角で、小さな女は止まった。黒い服の男たちは追ってこない。

「ふう。どうやら撒いたようですね」

 この声、聞き覚えがある。

「公衆の面前に裸で出るなんて、無茶ですよ。魔王様」

「その声、まさか…」

 小さな女が顔をあげる。見た目は、人間の少女だ。少女はひざまずく。

「お久しゅうございます。魔王コラプサー様」

「おまえは、軍師パルサー」

「さようでございます。魔王様」

「おまえは確か、勇者一味に殺されたはずだが…」

「はい。私は一度、死にました。しかし、異世界に転生したのです」

「異世界? 転生?」

「はい。魔王様しかり。私パルサーしかり。この、人間ばかりの異世界に転生したのです」

「フッ。勤勉で真面目が取り柄のおまえが、そのような戯れ言」

 パルサーは魔王の手を引き、窓ガラスの前に立たせた。そこには、ボディービルダーの様に引き締まった身体の、男の姿が映っている。

「これが、余なのか?」

「はい、魔王様」

 魔王は崩れ落ちた。

「なんということだ。勇者に殺され、落ちた地獄が、人間の巣窟。あまつさえ、肉体が人間とは」

 魔王の背に、パルサーが抱きつく。魔王の背に、ポタポタと、涙が落ちる。

「お会いしとうございました魔王様。たとえ地獄の底といえど、再会できたこと、このパルサーは感激と歓喜に打ち震えて存じます」

「パルサー…」

 パルサーは、ただ涙を流し続けた。


 パルサーが落ち着くのを待って、魔王は語り掛けた。

「パルサーは、この異世界に落ちてどのくらいになる」

「この異世界の時間で、三ヶ月ほど。魔界の時間に換算すると、一週間ほどになります」

「なんだと! 魔界の一週間が、異世界では三ヶ月に! 異世界は、時間の流れが早いと、噂には聞いていたが、それほどとは…」

「真に、不思議な事でございます」

「それほど永くこの異世界で生活した軍師であれば、知っていよう。異世界の事、この魔王に教えてくれ」

「御意」

「では、さっそくまいろう」

「お待ちください、魔王様」

「どうした?」

「お召し物を調達してまいります。しばし、お待ちください」

「うむ」

 パルサーが、闇の隙間、輝きの向こうに消えた。


 魔王は、その場にしゃがみ込む。しばらくのあいだ、茫然自失としていると、パルサーが衣服を持って帰ってきた。魔王コラプサーと、軍師パルサーは、再び夜の街に歩み出した。


 歩みを進めながら、異世界の成り立ちや、基本的なルールを教える。

 グ~

 おもむろに、魔王の腹の虫が鳴く。

「お腹がすきましたね、魔王様」

「そうだな。あの人間が旨そうだ」

「魔王様。人間を食すのは、この世界ではダメです」

「難儀だな」

「あれを食べましょう」

 ふたりが入ったのは、牛丼屋。

 カウンターに座り、差し出された牛丼から肉の香りが漂う。魔王は、牛丼超特盛汁ダク玉子紅生姜マシマシを10杯たいらげた。

「人間用の餌とはいえ、なかなか旨かった」




 木造の朽ちた一軒家が、都会の真ん中に放置されている。建てられたのは、台所やトイレ、浴室の構造から推察して昭和の高度成長期だろう。シンクやレンジは窓に向けて配置され、トイレは和式。浴室は、室内に追い炊き機能の付いたガス湯沸かし器があり、煙突が壁に向けて刺さって排気する構造は、当時、流行ったモノだ。

 家主は、当時の流行を取り入れてこの家を建てたのだろう。数十年のローンを組んで、家族で住み、子を巣立て、孫が遊びに来たこともあっただろう。しかし、住む人を失った家は、手入れされることなく放置され、瓦は割れて草が生え、雨漏りで濡れた畳からは茸が生え、カビや蜘蛛が静かに暮らす廃屋に成り果てた。人の消えた家には、ゴキブリやネズミすら寄りつかない。


「魔王様、こちらです」

 パルサーは、その廃屋の裏庭に回り、居間にあるサッシを開けた。

「これが、この世界の住居なのか?」

「標準的、とは言えませんが、とりあえず、私が住んでいます」

 居間には、テレビ、ちゃぶ台、食器棚など、生活を感じる家具が備えられている。

 魔王が部屋に入る。

「今、飲み物をお持ちします」

「ふむ」


 魔王は家を、つぶさに観察した。柱には、何本もの線が書いてあり、その線に名前が書いてある。天井は黒く変色し、歪んで、いまにも落ちてきそうだ。余が座っている、草を束ねて造られた床も、変色してカビや茸が生えている。どこからか、ぴちょん! ぴちょん! と、水が落ちる音がする。

「お待たせしました」

 パルサーは、お茶を出す。

 魔王は、お茶を飲む。

「変わった味の飲み物だな」

「日本茶といって、この国でよく飲まれいるモノです」

「うん。悪くない」

 パルサーもお茶を飲む。一時のあいだ、静かな時間が流れる。



「余も、パルサーも、この異世界に転生したといったが、転生とはなんだ?」

「私も詳しくは知りませんが、生まれかわり、というものの様です」

「生まれかわり、か…」

「はい」

「パルサーがこの異世界に転生した時、どうした?」

「私も魔王様と同じく、ビルの谷間に、落ちました」

「それで?」

「まず、人間を観察し、ルールを学びました。ゴミをあさって衣服を得、放棄された家を探し当て、そこを拠点にしました」

「それがこの家か」

「来たばかりのこの家は、雨漏りはする、隙間風は入ると、とても人の住める状態ではなかったのですが、まず、止まっていた水道、電気、ガスをつなげ、次に、家を直しました」

「脆弱な人の手足でやったのか?」

「はい」

ゴールドはどうした? 魔界でもそうだっが、人は働かなければ金が得られぬ」

「私は人間の16歳ぐらいに見えるらしく、女子高生という者によく間違えられたのですが、言いくるめました」

「おまえに、話術で勝てる奴などおらん」

「コンビニやファミリーレストラン、居酒屋、パパ活、キャバクラと、働いています」

「職業の内容はわからんが、うまくやっているのだろう」

「ネット回線を引いてVTuberもやっています」

「ネット? VTuber?」

「説明するより、ご覧いただいた方が、早いかと存じます。さっそくご覧ください」


 パルサーは、パソコンとモニターをつける。

「この国では、身元が明らかな者しか、正規の仕事に就くことができません。しかし、VTuberは、インターネットができる環境があれば、収益を得ることができるのです」

 パルサーは、自分のVTuberのアーカーカイブ動画を見せた。

「なんだこれは?」

「CGで作られたアバターのキャラクターになりきり、人気が出ると、投げ銭といって、お金がもらます」

「このアバターは、パルサーを模しているのだろう?」

「はい」

「ずいぶんと可愛くデフォルメされているな」

「この世界では、可愛いこそ正義という言葉がありまして、人気を得るには個性的で可愛いアバターは必須でございます」

 魔王は、パルサーのVTuberを観た。

「うむ。なかなか良くできているではないか」

「お気に召していただき、恐悦至極でござます」

「他にもVTuberというのは、いるのか?」

「はい」

 VTuberで検索すれば、数え切れないほどのライバーがヒットする。

「待て!」

「はい」

「これは、魔王を名乗っているが?」

「そうですね、魔王に限らず、いろんな異世界種族をモチーフとしたVTuberがいます」

 魔王は、その自称魔王の配信を観た。


 魔王の配信を見続ける魔王。コラプサーは、どんどんと顔が険しくなり、目尻口角をつり上げ、歯ぎしりをし、全身に血管を浮き立たせて、脂汗を流す。

「どうされました? 魔王様」

「ふ、ふざ…」

「ふざ?」

「ふざけるなー! 余が、このように下品で、ゲスで、不様なわけがあるかー!」

 魔王は怒り狂って、暴れ回った。廃墟の家が、グラグラと揺れ、お茶はちゃぶ台ごとひっくり反り、頭に木くずが降ってくる。

「落ち着きください! 魔王様!」

 パルサーは、魔王に抱きついて魔王を沈める。

「あれは、中の人が演じているのです」

「中の人?」

「魔王のキャラクターを演じている者の事です」

「なるほど、そうか」

 魔王は、落ち着きをとりもどす。

「ならば、余が、本物の魔王として、VTuberの世界を征服してみせよう」

「魔王様…」

「フフ、フフフ、ハハ、ハハハハ、アッハッハッハッハッハー!」


 朽ちた家の中で、魔王の高笑いがとどろいた。

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