第24話 迷子の少女2
残念ながらエマの父親は、彼女がはぐれたという場所にはいなかった。
「お父さん……」
「エマ」
エマは弱気になって顔をうつむかせてしまう。
そんなエマの手を、隣に立つルムが腰を低くさせ優しく取った。
「そう泣きそうな顔をすることないさ。君の父さんは必ず見つかる」
「ほんとう?」
「本当本当。俺は探しものが得意だからな。それに運も人よりあるほうだ。だからほら、愛らしい顔を曇らせてばかりじゃ損だぞ」
ルムの自然体すぎる言動に、アナスタシアは「まるで絵本のなかの台詞みたいだ」という感想を抱く。
それだけ彼の一連の流れは様になっており、幼いエマも頬を赤くさせ見とれていた。
「ほら出たよ。シアさん、これが無自覚に人たらしめる男の姿だ。よくあんな台詞を意識せずに言えるよな」
バーンが何を言いたいのか、アナスタシアは薄々ではあるが理解できた。
たしかにここまでスマートに膝をつかれ優しい声音で囁かれれば、相手が幼い子どもだろうと関係ないのかもしれない。
「全部聞こえているぞ、バーン。一体誰が人たらしだって?」
苦笑を浮かべるルムは、バーンを見上げて異論をとなえた。
本人は全くそんなつもりないらしい。
「そんなことより、お前は駐在所で話を聞いてきてくれないか」
「はいよ、わかった。行ってくる」
ルムの指示通りバーンは駐屯所に、残ったアナスタシアたちは広場の方向に沿って進むことになった。
「よし、エマ。君は俺の肩に乗って父さんを探してくれ。そっちのほうが今よりも見やすいだろうからな。大丈夫、すぐに見つかるよ」
ルムは強く断言すると、エマを浮かせて軽々と肩車をしてみせる。
片方の手が懐の魔法杖に伸びていたところを見ると、風の魔法を使ったようだ。
「わ、すごい! お父さんみたい! あのね、お父さんもこうやってエマを乗せてくれるの」
「へー、エマの父さんは風魔法の使い手なのか?」
「ううん、ちがうよ。お父さんは穴掘りが得意なの。魔法じゃなくてね、腕に座らせてくれるんだよ」
エマは自分の二の腕を指さした。
「それは……話を聞くに、かなり強力な父さんなんだな」
「ごうりき?」
「力が強いってことだ」
「うん! お父さん、力持ちなの」
弱気になっていたエマの気を紛らわせるように、ルムは何度も相槌を打つ。
エマは夢中になって父親のことを話していた。
(紺色の外套で、黒のブーツと亜麻色の鞄に……)
エマの父親の外見、服装の特徴などを頭で整理する。
話によると、かなり体格の良い人のようだ。
それらしい人物がいないか、アナスタシアは周囲に目を向け注意しながら人混みを歩いた。
(大聖堂の屋根が見えてきた。もう広場まで距離がないけど、エマちゃんのお父様いないな……)
目と鼻の先に、大聖堂の屋根が半分ほど伺える。
おなじみの信徒らによる鎮魂歌が聞こえ、アナスタシアは気まずさから地面に視線を落としてしまう。
「エマ、父さんはいたか?」
「うーん、見つからない……」
「まあ、そう簡単にはいかないだろうさ。ひとまずバーンが戻ってくるまではここで待つとするか」
広場の入口横へと移動し、ルムはエマを地面に降ろす。
ここならば後から来るバーンもアナスタシアたちの居場所がわかりやすいだろう。
「それにしても……今日も盛況みたいだな」
ルムはここからでも十分に見える大聖堂を一瞥する。
大聖堂の建物の前には、聖女クリスタシアの石像が置かれていた。
また石像の下には、街の人々から捧げられる色とりどりの花と贈り物で溢れていた。
先日ばったり出くわしたケヴィンも、あの場所に花束を添えに来たのだろう。
「あ――シアさん、エマ、少しここで待ってて」
広場のほうを眺めていたルムが、何かを見つけたようで素早く走っていく。
ルムが駆けていった先には、買い物袋を落として転がった果物を追いかける老婆の姿があった。
「お兄ちゃん、やさしいね」
「うん、そうだね」
親切な人だとは、アナスタシアも思う。
「お姉ちゃん」
人助けをするルムを遠目に見ていると、エマがアナスタシアのローブの袖を引いて声をかけた。
「うん、どうしたの?」
膝を折って、エマの目線に合わせる。
エマはじーっと、アナスタシアのことを穴があきそうなほど見つめていた。
「お姉ちゃんは、どうしてお顔を隠しているの?」
丸々とした幼い眼が、疑問に満ち溢れている。
直球な指摘をしてしまうのは、相手が子どもで素直すぎるせいなのだろう。
「そ、それは……ええっと……それはね……」
「……?」
エマはこてんと首を傾げた。
思えばこの街の住人から、その類の質問を投げかけられたことがない。
広場で遊ぶ子どもたちも、普段から旅人や大道芸人を見慣れているせいか、アナスタシアを見ても気にした様子はなかった。
知らぬ間に気を遣われている可能性も大いにあるけれど。
「……か、顔を、隠しているのは」
本当のことなんて言えない。誤魔化さないといけない。
そうだとわかっているけれど、エマを前に戸惑う自分がいた。
「お姉ちゃん、どうしたの? エマ、聞いちゃいけなかった……?」
「そ、そんなことないよ。あのね、いつもこんな感じだったから、改めて聞かれてびっくりしただけだよ」
慌てて取り繕うアナスタシアは、口の両端をにこりと上げる。
そして言葉をゆっくり選びながら、エマに答えた。
「私が顔を隠さないと、嫌な思いをする人がいる。私の顔を見てしまうと、悲しいことを思い出す人がいる。だから……顔を隠してるんだ」
「いやな思い? かなしい?」
幼い子ども相手だからなのか、思いがけず弱音のような声がこぼれる。
それがエマに伝わってしまったのだろうか。
「エマはね、お姉ちゃんのお顔みたいよ。だってお姉ちゃん、エマのこと助けてくれて、優しくしてくれたもん。いやだなんて、思わないもん。エマはお姉ちゃんのお顔がみられたら、うれしいのになぁ」
「うれ、しい?」
きっとエマは、自分の考えをそのまま言葉にしただけだ。
アナスタシアの本当の事情など微塵も知らず、エマ個人の意見を述べたに過ぎない。
「お姉ちゃん?」
「なんでも……ない」
けれど――幼い少女の言葉は、アナスタシアの心に染み入るように、いつまでも残っていた。
「おーい! シアさーん」
「お兄ちゃん――あ、お父さんもいるっ!」
エマが嬉々とした声をあげる。
大通りからこちらに歩いてくるのは、駐屯所に向かったバーンと、大柄な体躯の男だった。
***
バーンが駐屯所から連れてきたのは、エマの父親だった。
ちょうど父親がエマの捜索を頼むべく駐屯所に駆け込んだところで、バーンと居合わせたらしい。
アナスタシアたちに感謝を伝えたエマの父親は、エマの手をしっかり握って、人ごみの中に消えていった。
『お姉ちゃん、また会えたら――今度はお顔、みせてくれる?』
去り際のエマの願いに、アナスタシアはただ無言で口元を笑わせることしかできなかった。
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